学部生に大学院進学を勧めない理由

博士後期課程の頃から、学部生から大学院の博士前期課程(修士課程)への進学を相談されることが何度かありました。大学の図書館でレポートなどの学習相談に乗るバイトをしていたことが大きな理由です。私の所属は社会学研究科だったので、当然、社会学部の学部生が多かったです。

その際、私はほぼすべての相談に「大学院への進学はお勧めしないかなあ」と答えてきました。巷では、院生自身による大学院への進学を勧めるような記事が散見されます。しかし、私はそのような記事には、いわゆる「生存者バイアス」が働いていて、書き手自身にも気づかない自己欺瞞があると思います。私には学部生に大学院への進学を勧めない理由は考えられますが、勧める理由はあまり考えられません。

以下、学部生に大学院進学を勧めない理由について書きます。大学院進学を考えている学部生は、参考にしてもらえると幸いです。

理由その①:「新卒」は最強の手形

いきなり最大の理由です。現代日本社会の就活は、「新卒採用」が基本かつ主流です。「しごとウェブ」の記事によると、「新卒」とは、一般に「3月末に卒業見込みで就活する学生」を指します。具体的に言えば高校・大学の在学中に就職活動を行い、卒業後間を置かずに内定企業に就職する社会人を「新卒」と言います。勤続年数での一律処遇ができるため、社員の処遇の管理のしやすさから重宝されるそうです。ただし、同記事で紹介されている厚生労働省の調査によれば、2018年のリーマンショック以後、大学卒業後3年以内の既卒者を「新卒」扱いにしている企業も増えているそうです。また、近年は博士後期課程でも新卒扱いで採用する企業もあります。しかしいずれにせよ現代日本社会の就活の主流が「新卒採用」なのは変わりません。

また、院卒は学部卒に比べると初年度の給与が高いのが一般的ですが、その分、求められる水準も高くなるのも事実ですし、文系院卒は理系院卒に比べ企業側に「即戦力」としてアピールするポイントも少ないことも事実です。

この点、「アカリク」のあるコラムには、文系院生について採用担当者側が抱く懸念事項として、以下の五つが挙げられています。

1.採用時の年齢が高くなる為に、社員年齢構成バランスが崩れる
2.就職浪人の延長線上で院進学をした学生がおり、目的意識が乏しい学生が多い
3.職場において(理系に比べ)文系院生の専門性を活かす場が少ない
4.自分の基礎能力ではなく専門的知識に固執し視野が狭くなっている
5.仕事を進める上で必要なコミュニケーション能力が低い人が多い

耳が痛いですね。。以上のような負のイメージを持たれている分、文系院生は学部生以上に戦い方を工夫しなければいけないと言えるでしょう。

逆に言うと「新卒」に採用担当者は負のイメージを抱いていません。そして何より、「新卒」の就活は「実績」よりも「可能性」を重視される、唯一の機会です。中途採用も文系ポスドクの就活も、最も大事な評価軸は「実績」です。しかし、大学の4年間では、「実績」ではそれほど大きな差は開きません。みんな大体、似たり寄ったりの経験しかできません。スタートラインは大きくは違わないので、自分を信じてがんばってください。

理由その②:大学院は「就活の逃げ道」にならない

過去の自分に言いたいですね。。再三ブログで書いていますが、大学院に進学しても大学教員や研究者の道はレッドオーシャンです。「就活の逃げ道」として大学院に進んだ人間が、そのようなレッドオーシャンを勝ち抜けると思いますか? 

答えは。新卒での就活のほうがまだマシだ!!!

理由その③:就活は研究の「リハーサル」になる

これは「大学院への進学を勧めない理由」というよりも、もう少し積極的に「大学院進学希望者に、就活を勧める理由」と言った方がいいですね。

就活のとき、私たちは「業界研究」をし、「自己分析」を元に「志望動機」をエントリーシート(ES)に書きます。このとき、いわゆるブレインストーミングを行って自分のこれまでの経験や興味・関心を全部アウトプットし、筋道立てて整理し、自分がどのような動機でその業界と、その企業を選んだのか、採用担当に伝える努力をします。

実のところ、就活の作業は、研究と大して変わりません。研究計画書には、つうじょう、先行研究、自分の研究の背景や動機、リサーチ・クエスチョンが必要になります。ESと研究計画書を並べてみると、「業界研究」は「先行研究」「研究の背景」に、「自己分析」を通じて得た「志望動機」は「研究の動機」に重なります。つまり、就活は研究の「リハーサル」になります

また、就活は自分の「社会的な価値」が客観的に評価される、数少ない機会です。私たちは自分を大きく見積もったり小さく見積もったりします。他者に自分の「社会的価値」を評価してもらう機会はなかなかありません。自分を知るためにも就活はして損はないと思います。

その④:就活も「やりたいこと」の手がかりになる

これも「大学院進学希望者に、就活を勧める理由」になります。すでに示唆しているように、大学院に進学を希望する人の中には、進路に迷っていて、「つかの間の逃げ道」ないしは「モラトリアムの延長」として大学院進学を考える人がいます。私も半ば、そうでした。しかし「進路に迷っている人」こそ「就活」はやるべきです。

業務改善や品質管理の方法として有名な「PDCA」という技法があります。Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)というサイクルを繰り返し行うことで継続的な業務改善を促す技法ですが、私はこの技法は個人が「やりたいこと」を見つけていく方法としても使えるのではないかと思います。

すなわち、とりあえずどこかの業界・起業を選び、その採用試験合格(内定ゲット)に向けて計画を立てる(Plan)。採用試験を受ける(Do)。うまくいった場合でもダメだった場合でもその理由を考えて(Check)、別の企業の採用試験を受けるか、別の業界も受けてみる(Action)。このサイクルを繰り返しながら、「自分は本当に働きたくないのか」を試行錯誤しながら、「自分がやりたいこと」を見つける※

このように、そもそも本当に自分は研究をしたいのかを考える機会として、就活は使えます。進路に迷っているなら、とりあえず本気で就活してみる。そして、就活がしっくりくるなら研究はいったん保留する。うまくいかなくても、やっていて楽しいなら就活をしたほうがいいです。

※ 実際のところ、研究もPDCAサイクルの繰り返しです。計画を立てても(Plan)、研究を進める過程では(Do)、自分の研究がうまくいっているのかを反省しつつ(Check)、計画もリサーチ・クエスチョンを何度も何度も練り直していきます(Action)。一番難しいのは「改善」(Action)です。うまくいっていないのはなぜなのか、どう計画を改善していくのか。これは指導教授や友人に頼りましょう。その意味では、就活はやはり研究のリハーサルになります。

それでも大学院に進みますか?

以上、大学院への進学を勧めない理由を述べてきました。私は博士後期課程を修了しています。大学院への進学を後悔していません。しかし、①今後も日本社会が文系大学院生を厚遇しないと考えられること、そして、②就活も研究も「人生で本当にやりたいこと」を見つけるための方法としては同じであることを考えると、大学院への進学を考え、就活をしないという選択肢はもったいないのではないかと思います。だからこそ、学部生には大学院への進学を私は勧めません。

それでも皆さんが大学院への進学を考えるならば、私は止めません。まずは過去問を取り寄せよう!!!


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