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そのメンチカツ、美味しいだろ?

*このお話はシナリオセンター課題を編集したものです

登 場 人 物
藤谷実(57)パン屋「pane Bread」店主
加藤真央(14)中学生

○pane Bread・店内・厨房(夜)
   藤谷実(57)が無表情で窯の中を見ている。
藤谷「・・・燃えて無くなっちまえ」
   含み笑いをする藤谷の瞳に写る窯の中で燃え盛る炎。
藤谷「次は・・・」
   蛇口で手を洗う藤谷。
   シンクに流れる真っ赤な血。
   藤谷、手を拭き、スマホで電話を掛ける。
藤谷「あ、もしもし加藤くんかい?ごめんね、こんな時間に。あのさ、伊藤くんが急用で明日来れないらしいんだ。明日加藤くん一人になってしまうけど、構わないかな?」
   電話を切り、真っ黒なディスプレ イに無表情の藤谷が写る。
藤谷「じゃあ、明日待ってるよ」
   藤谷、首の関節を鳴らし、ほくそ笑む。
   窯の中では、縮こまった真っ黒な人型が燃えている。

○pane Bread・店内(朝)
   藤谷が鼻歌を商品を並べている。
   扉が開き、学校ジャージ姿の加藤真央(14)が入ってくる。
真央「おはようございます。今日もよろしくお願いします!」
藤谷「はい、おはよう」
   ×  ×  ×
   ジャージにエプロン姿で旨辛メンチカツパンを並べる真央。
真央「おじさん、この新メニュー旨そうですね!もう良い匂いしてますもん」
藤谷「そうだろ?もし良かったら、あとでお昼の時に食べてみてよ。肉汁溢れて美味しいよ?きっと」
真央「え!良いんですか?食べます、食べたいです!」
   藤谷、パンを並べる真央を見て笑みを浮かべる。

○pane Bread・店内・厨房
   藤谷がパン生地を練る横で椅子に座り、真央がスマホを弄りながら、旨辛メ
   ンチカツパンを頬張っている。
真央「んん!おじさん、やっぱこれ美味しいです!」
藤谷「ふふ、良かったよ。せっかくの職場体験だ。辛い部分ばかりじゃなくて、美味しい部分もちゃんと味わないとね?」
真央「おじさん、それ今味わってます!」
   楽しそうに笑い合う二人。
藤谷「真央くん、休憩終わったら冷蔵庫からトレーに入ったお肉出しといて欲しいんだ。旨辛メンチカツパンまだまだ売れそうみたいだから、今のうちに補充し
ておきたいんだよね」
真央「あ、わかりました!」
   真央、パンを口の中に詰め込む。

○pane Bread・店内・厨房・冷蔵庫中
   冷蔵庫が開き、真央が顔を覗かせる。
真央「えーっとどれだ?」
藤谷の声「ねぇねぇ加藤くん?」
真央「はい?なんですか?」
藤谷の声「加藤くんって、彼女いるの?」
真央「何ですかいきなり?」
   思わず笑い出す真央。
藤谷の声「いやぁね、加藤くんの歳なら部活と友達と遊ぶだけじゃ物足りないでしょ?」
真央「俺のこと何歳だと思ってます?まだ中2ですよ」
   質問に答えながら、トレーを探す 真央。
藤谷の声「はは。それは失敬失敬。じゃあ、気になる人とかいないの?」
真央「んーいないですね」
藤谷の声「そうなんだ。つまんないんなー」
真央「いや、そもそも面白がらないでくださいよ」
藤谷の声「じゃあさ・・・。嫌いな子っている?仲悪いって子」
真央「何でですか?」
藤谷の声「いやね、うちの娘が最近苦手な子がいるみたいで、みんなはどうしてるのか参考にしたいんだよ」
真央「あーそういうことですか。んー俺なら、無視しますかね?そんな奴ロクでもないヤツに決まってるんで、無視します。それでも調子乗るみたいなら親とか先生に言えば良いんじゃないですか?」
藤谷の声「そっかぁ。でもさ、それでもどうにもならない場合どうしたら良いのかな?」
真央「やり返すことも大事でしょ。自分の意見はちゃんと口に出さないと、相手に伝わらないし、少しでも抵抗すれば相手も自分の過ちに気づくんじゃないですか?」
藤谷の声「そうなの?おか・?な・・でむ・・めは・・」
真央、藤谷の声がよく聞こえず振 り返るが、結局首を傾げて再び冷蔵庫を漁る。
真央「お、あった!」
   真央、トレーを手に取り、冷蔵庫を閉める。
   トレーの真横に置かれていた黒い ビニール袋がバランスを崩して、チャプ
   チャプと音を鳴らす。
真央の声「店長、この肉なんかグロいですね」
藤谷の声「新鮮って言って欲しいな。それ昨日特別に入荷したものだから、まだ生
きが良いんだよ」
真央の声「そうなんですね!すみません」
藤谷の声「良いよ良いよ。それ表面の血を吸水シートで拭き取ってから、そこの機械に入れてくれるかな?それで挽き肉になって出てくるから」
真央の声「わかりました!」

○pane Bread・店内(夕)
   ジャージ姿の真央が厨房から出てくる。
   それに続く藤谷。
真央「じゃあ、本日もありがとうございました!」
藤谷「うん。今日もありがとうございました。真っ直ぐ家に帰るんだぞ?」
真央「今日はこれから生徒会の集まりなんです」
藤谷「そっかそっか、頑張るんだね!じゃあ、これ持ってって!」
   藤谷、メンチカツパンを真央に 持たせる。
真央「ありがとうございます!それじゃあ、また明日!」
   笑顔で送り出す藤谷を背に真央 が扉を開けて出ていく。
   扉が閉まると、ガラス越しに真顔で裏拍手をしている藤谷の姿。

○駅・ホームの待合室(夜)
   真央が音楽を聴きながら、スマホ を弄っている。
   真央の影が掛かり、顔を上げると笑顔の藤谷が立っている。
真央「こ、今晩は!」
   真央、驚いて慌てて挨拶する。
藤谷「はい、今晩は」
藤谷「真央と向かい合わせになるように、座る」
真央「今お仕事帰りですか?どこかに行かれるんですか?」
   藤谷、ずっと笑顔のままで、
藤谷「僕が来たんだ。逝くのは君だよ?」
真央「へ?」
   藤谷の言動に緊張する真央。
藤谷「加藤真央くん。君は馬鹿な子供だな。
私が誰か今までずっと気づいてない。私が誰の親なのか・・・」
   目を見開き、真央を見つめる藤谷。
   真央、緊張しながら、首を傾げる。
藤谷「君は見たんだろ?娘、愛の死に顔・・」
   真央、目を見開き、身体を震わす。
藤谷「遅いよ。お友達の伊藤くんはすぐ気づいたよ。で、全部話してくれた」
真央「あ、あの伊藤に何・・」
藤谷「美味しかったかい!新鮮だったろ?伊藤くんのメンチカツ」
   真央、倒れ込んで、何度も胃液を吐き出す。
   藤谷、真央の頭を掴んで、
藤谷「まだ話は終わってない。私の目をよく見なさい」
   藤谷の目に写る、泣きそうな真央の顔。
   真央、藤谷の手を振り払い、逃げるように待合室を出る。
真央「冗談だったんです!でも、愛さん冗談通じないから!」
   藤谷、一気に間合いを詰めて、鼻先の距離まで顔を近づける。
藤谷「私は怒ってなんかないんだよ。悲しいんだ、安心できないんだ。なぁ、教えてくれないか?君はこれからどうしてくれる?君には何ができる?」
伊藤「やめてください!」
   伊藤、藤谷から離れようとしてバ ランスを崩して、線路に落ちると同時に
   電車が飛び込んでくる。
   藤谷、ホーム飛んだ血見て、涙を流しながら、その場を後にする。

○駅・改札外(夜)
   騒然としている駅員。
   改札から出てくる藤谷。
   藤谷の前を女子校生が過ぎ去る。
藤谷「愛?」
   藤谷、目を見張る。
   藤谷、女子校生の後を追いて行く。

   〈了〉

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