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暁に祈れ

毎年、タイを旅行する。
初日は、やることが決まっている。
まず空港で、両替をして、simカードを買う。
つぎにデパートへ行き、その年に使うスマートフォン(中古の、高くても一万円ぐらいのもの)を買う。
それから花粉症の薬、ザイザル(日本では処方箋がないと買えない)を買う。これが初日の儀式だ。
それから、金、土、日曜日にも、決まってやることがある。テレビの前に陣取ることだ。
ムエタイを、観る。タイでは、金、土、日曜日にムエタイの中継をやっているのだ。タイ人のように、声をあげて興奮をするわけではない。静かに、集中して観る。
好きになりたいのだ。タイ人のように、ムエタイを。しかし、まだそうはなれないでいる。
ムエタイは、拳、肘、膝、脚による打撃が許されている。ボクシングに比べたらとても多い。なので、ラッキーパンチとまでは言わないが、そこには、偶然が入り込む余地がかなりある。そこが俺を興醒めさせる。もちろんボクシングにも、その要素はある。そしてそれが、興奮を呼び起こす起爆剤になる面もたぶんにある。それでもムエタイに比べたら、ほぼ無いと言ってもいいぐらいだ。それはひとえに、2つの拳のみでしか、打撃が許されていないからだ。しかも打っていい場所も、非常に限られている。
厳しいルールがそこにはある。だからこそ、観客は奇跡に立ち会えるチャンスがあり、魂が震えるような、感動が巻き起こるのだ。
想像してみてほしい。やみくもに振り回した一発のパンチが、出会い頭にあたり、失神KOしたところで、そんな試合に誰が心を熱くするだろうか。それはただの、一過性の熱狂に過ぎない。身震いするような「目撃」は、そこにはない。

以上書いてきたように、ムエタイについては、残念ながら俺はまだ感動したことがない。それでもタイに行った折には、テレビで観るだろう。タイ人のように、ムエタイが好きになりたいから。我を忘れて叫びたいのだ、タイ人のように。


そんな俺でも、この映画「暁に祈れ」には、心を鷲掴みにされた。熱い感動と、ムエタイが好きになれるかもしれないという、仄かな希望を、授けてくれた。この映画があってよかった。

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暁に祈れ

ท่านชาย

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ท่านชาย

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映画と本のこと

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