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短編【回るゴーストライト】小説


一幕。

僕は小説を書いて生計を立てているプロの物書きだ。大学を卒業して、ある小説家に弟子入りをしたのは五年前。今時、小説家になるために弟子入りをするなんて珍しい。だけど、僕はどうしても安西あんざい武彦たけひこ先生の下で文学を学びたかった。僕は安西先生の弟子となり、安西先生の小説のサポートをした。初めは資料集めや取材の手伝いだったけど、いつしか先生の作品も書かせて頂くようになった。つまりゴーストライターだ。僕が書いた小説を安西先生の名義で出版する。それでも僕は幸せだった。

鳴門川なるとがわ君、そろそろ自分の作品を書いてみてもいいんじゃないかな。私も君の小説を読んでみたい」

安西先生は、僕にそう言ってくれた。そして今、僕は堂々と自分の小説を世に出している。そんなある日、安西先生から電話があった。

「はい」
「やあ、鳴門川先生ですか?」
「先生はやめてください、安西先生。お久しぶりです。お元気ですか?」
「元気だよ。君ほどじゃないけどね。読んだよ、君の小説。こないだ出たばかりのタイトルは何て言ったかな」
「『ガラクタな世界』ですか?」
「そう、それ。良かったよ」
「ありがとうございます」
「でも、私の小説にも似たような設定があったけどね」
「え?どの部分でしょうか?」
「ああ、いい、いい。無意識にやったことなら仕方のない事だ。そんなことはどうだっていい。逆に嬉しいくらいだよ。真似てもらって。そんなことよりもね鳴門川君」
「はい」
「君に頼みたいことがあるんだ、実はね」

久しぶりの安西先生からの電話は、もう一度ゴーストライターとして短編小説を一本書いてくれないか? と言うものだった。

「悪いねぇ。いま長編小説を書いていて正直、手が足りないんだ。昔から世話になっている出版社からの依頼で無碍に断れないんだよ。君ならわかるよね?昔の受けた恩を大切にしたいという、私のこの気持ちを」
「もちろんですよ安西先生。先生がまた小説をお書きになっていると聞いて安心しました。先生の長編小説、たのしみにしています」

安西先生は三年前から小説を出していない。おそらく小説を書いているというのは嘘だろう。だけど僕は承諾をした。いまの僕が在るのは安西先生がいたからこそ。それは紛れもない事実なのだから。

しかし今抱えている連載の締め切りが迫っている。仕方がないので私は自分のゴーストライターに短編小説の依頼を回す事にした。

「もしもし、本庄ほんじょうくん?」


二幕。


「はい!本庄です。鳴門川先生ですか?」
「ああ。実は君に頼みたいことがあるんだ」


憧れの鳴門川先生から久しぶりにゴーストライターの依頼がきた。前に書いた小説から一年以上たっている。先生には気に入って貰えなかったんだと思っていた。今度は先生が驚くような小説を書かなくては。こんな時の為に私はゴーストライターを手に入れていた。


「あ、もしもし」
「何だ、君か。もう電話はやめてくれ」
「安西先生。実は短編小説を書いて欲しいんだけど」
「小説?なんで私が」
「断ったらバラすよ、私達の事。あの事もなにもかも」
「何もかもって、そんな事をしたら君も」
「一緒に行きましょうか?地獄に。私はいいんですよ」


三幕。


「ああ、分かった。だからもう電話はしないでくれ」

全く厄介な女に関わってしまった。私をゴーストライターに使うなんて。仕方がないもう一本頼むか。

「もしもし鳴門川くん」
「はい安西先生。どうしました?」
「実は、短編小説をもう一つお願いしたいんだが」
「え?でもさっき」
「わかっている。似たようなストーリーでもいいから。少し設定を変えた程度でも」


終幕。


「はい。わかりました。もしもし僕だ」
「はい鳴門川先生!」
「短編小説だけど、もう一本書いてくれるかな?」
「はい!喜んで!もしもし安西先生?」
「なんだまた君か!」
「短編小説、もう一本お願いしたいんだけど、もし断ったら」
「分かった分かった!もしもし鳴門川くんかね!」
「どうしました?安西先生」
「短編小説、もう一本お願いしたいんだが」
「はい。わかりました。もしもし僕だ」
「鳴門川先生!」
「短編小説だけど、もう一本書いてくれるかな?」
「はい!喜んで!もしもし安西先生?」
「なんだまた君か!」
「短編小説、もう一本お願いしたいんだけど」
「分かった!もしもし鳴門川くんかね!」
「どうしました?安西先生」
「短編小説、もう一本お願いしたいんだが」
「わかりました。もしもし僕だ」
「はい!」
「短編小説だけど、もう一本書いてくれるかな?」
「はい!もしもし安西先生?」
「なんだ!」
「短編小説」
「もしもし鳴門川くんかね!」
「どうしました」
「短編小説」
「もしもし僕だ」
「はい!」
「短編小説だけど」
「もしもし安西先生?」
「なんだ!」
「短編小説」
「もしもし鳴門川くんかね!」
「どうしました」
「短編小説」
「もしもし僕だ」
「はい!」
「短編小説」
「はい」
「なんだ!」
「小説」
「もしもし」
「はい」
「小説」
「もしもし僕だ」
「はい!」
「短編小説を」
「書いてくれないか!」


















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