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短編【そんなヒロシに騙されて】小説

婚活立食パーティー会場で俺は安物のワインを飲みながら獲物を探していた。そしてパーティー会場の隅で手持ちぶたさで立っている女に俺は標準を合わせた。

「どうも」
「あ、どうも」
「何か、飲み物持ってきましょうか?」
「あ、いえ。大丈夫です。…すみません」
「僕も苦手なんですよ」
「え?」
「あ、すみません。僕も、何て言っちゃたりして」
「私も苦手なんです。こういう所」
「でも、どうして貴女みたいな人が」
「え?」
「いや、貴女みたいな綺麗な人が」
「綺麗…ですか?」
「はい。すごく」
「実は私…整形してるんです」
「え?」
「引きますよね?そうですよね。一応、大事な事なのでコレだけは隠さずに言おうと思って」
「いえ。ちょっとビックリしたけど、素敵だと思いました。普通は隠すような事を正直に言えるって素敵だと思います」
「ありがとう…。そんな事を言ってくれる人、貴方が初めてです。他の人はみんな…」
「あの、カード交換して貰っても良いですか?」
「え?」
「誰にも渡せなくてこんなに」
「もちろん!じゃあ、私のも」

俺は会場で配られた交換カードを広げて見せた。このカードには名前や趣味、特技が簡潔に書かれている。俺は女から貰ったカードを読んだ。

「ミヤケ ヒロコさん」
「はい。タミヤ ヒロシさん?」
「ヒロシとヒロコ。名前も似てますね」
「ホントだ」
「あ、何かゲームが始まるみたいですね」
「…それじゃあ、ヒロシさん。また…後で」

結婚詐欺師に必要な要素。それは、整った顔立ち。ちがう。巧みな話術。それもちがう。最も必要な要素。それは安心感だ。不細工だろうが禿げていようが結婚詐欺師にはなれる。無口だろが吃っていようが結婚詐欺師にはなれる。だがしかし、安心感がなければ結婚詐欺師にはなれない。誠実そうで、正直そうで、実直そうで。良心的で、紳士的で、知性的で。そういう諸々をひっくるめて安心感を醸し出せる者こそが結婚詐欺師になれるのだ。俺はミヤケヒロコという女と後日、会う段取りをつけた。タミヤヒロシという名は勿論、偽名だ。

パーティドレスではなく、ラフな格好のミヤケヒロコと再び出会ったのは婚活パーティーから数日後の事だった。

「どうしたの?ヒロシさん」
「ん?なにが?」
「なんだか様子が変だから」
「ああ。しばらく会えないかも知れない」
「え?どうして?」
「僕の弟が交通事故を起こして」
「弟?兄弟がいたんだ」
「十年以上会ってないから他人みたいなもんなんだけど去年、突然、連絡があって。ピアノ調律師をしてて」
「ピアノ調律師?」
「うん。独立して会社を興すから資金を少し援助して欲しい。300万程出してくれないか?って。申し訳ないけど、それは出来ないって断ったんだ。そしたら一か月くらいして、あいつからまた連絡が来て、銀行から資金を借りれるかもしれない。だけど条件として共同経営者が必要だから名前だけでも貸して欲しい。って頼まれて。一度断ってるし、何よりも兄弟だから、力にはなってあげたくて」
「それで、共同経営者に?」
「うん。とりあえず銀行から840万の融資を受けれる事になって、小さいけどピアノ調律とメンテナンスの専門店を出す事になって。ゴメン、こんな大事なこと言ってなくて」
「ううん。それで、どうなったの?」
「おととい、その弟が交通事故に遭って、右手が駄目に。ピアノ調律って、とにかく握力を使うらしいんだ。僕はよく知らないけど。そんな訳で会社の話は無くなってしまった。それを知った銀行が融資を取りやめてしまって」
「え?取り止めた?そんな事ってあるの?」
「実はまだ審査中だったんだ。本当に審査中だっかは分からないけど、銀行側がそう言ってい
て。てっきり審査は終わったもんだと。店の内装工事はすでに始まっている。とりあえず、その分のお金の300万は用意しないと」
「わかった。私が何とかするよ300万。だから心配しないで」

と、まぁ、こんなもんだ。恋は盲目って言うけれど真っ暗で見えないんじゃない。明る過ぎて見えないんだ。未来が明る過ぎて自分から目を塞いでしまう。そういうふうに仕向ける。

結婚詐欺師の仕事は獲物に眩し過ぎる未来を見せる事が第一。ピアノ調律事務所。銀行融資。全ては作り話。ちょうど今、俺は結婚詐欺とは別件で、あるピアノ調律師に起業詐欺を仕掛けている。ところがソイツが本当に交通事故を起してしまった。起業詐欺は潰れてしまったけど、上手い具合に結婚詐欺に繋げる事ができた。俺って本当に天才的詐欺師だ。

「もしもし」

それから暫くして、ヒロコから電話があった。

「もしもし、ヒロシさん?ごめんなさい。300万円、用意できなかった」
「え?…そうか。大丈夫、気にしないで。もともと俺の問題なんだから。でも、100万円くらいなら、どうにかならないかな?」
「ヒロシさんの事、父に話したの」
「え?お父さんに?」
「実は父、八井物産の専務で」
「え?八井物産って、アノ八井物産」
「うん。その八井物産。父に話したら「そんな話、信じられない。お前は結婚詐欺に騙さ
ているんじゃないのか?もし本当なら、その男に100万だけでも用意させろ。詐欺なら絶対に金は出さない。それが出来たら300万でも1000万円でも用意してやる」って。ゴメンね。そんなの無理だよね」
「無理だよ。無理だけど、なんとかしてみるよ。そうか、八井物産の…今週中に出来るだけの事はするから!」
「ゴメンね。無理はしないでね」

八井物産と言えば日本を代表する総合商社じゃないか!物凄い金のパイプを掴んだ!これは一人じゃ手に負えない仕事になりそうだ。何人か仲間を集めて、大掛かりな仕掛けをする必要がある!その為にも、この金のパイプを手放す訳には行かない!俺は100万円を用意してヒロコに手渡した!

そして、そのままヒロコは…姿を消した。あれから一年がだった。俺は必死になって、あいつの情報を集めた。それで分かった事は、あいつは女じゃなくて男だったという事。そしてもう一つ、あいつの、あいつの本当の名前は……。


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