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短編【心オーナー】小説

『いらっしゃいませ』

という橙色の文字が光っている自動受付機のモニターをタッチする。何人で来たのか、カウンター席にするのか、などの設問に、それぞれ『一人』と『どちらでもよい』を選ぶ。すると13番と書かれた発券伝票がでてきて「番号に書かれたお席にお付き下さい」と女性の声を模した電子音声のアナウンスが自動受付機のスピーカーから流れる。

《おき寿司》の従業員たちは、お客様の邪魔にならないように、汚れたカウンターを拭いたり、寿司皿を片付けたり、箸や紙おしぼりの補充を素早く行っている。よろしい。合格だ。店長の指導が行き届いている証拠だ。

我が《おき寿司》は一年前から回転式レーンを廃止してストレートレーンに替えた。従来の回転式レーンは厨房からレーンに乗って搬出された寿司がカウンター席を巡って再び厨房へ戻ってくる。その間、お客様に選ばれなかった寿司は少しずつ水分を失い鮮度が落ちてゆく。その点、ストレートレーンには、そんな心配はない。ストレートレーンは回転式レーンと違って一直線のレーン。お客様の席へピンポイントで寿司を届けるシステムだ。見せ物のように、ただただお客様の横を通り過ぎてゆく憐れな寿司は、この《おき寿司》に存在しない。

私は伝票に書かれた通り、13番のカウンター席に座った。従業員たちは私が何者なのか分かってはいない。席につくなり、私は慣れた手つきでタッチパネルのメニュー表を立ち上げる。まずは【マグロ一貫】を注文して同時にスマートフォンのストップウォッチもスタートさせる。

ストップウォッチが32.35と表記された瞬間に最初に注文した【マグロ一貫】がストレートレーンに乗って私の目の前で止まった。注文して約32秒。まずまずのタイムだ。続いて【あぶりサーモン一貫】を注文してストップウォッチを開始。あぶりサーモンが届くまで、マグロを箸でつまむ。うむ。鮮度も味も問題なし。マグロ一貫を食べ終わったころ、あぶりサーモンが届いた。ストップウォッチを止める。35.15。合格。続いて【海老の食べくらべ三点盛り】を注文して時間を計る。約42秒で届いた。

それから幾つか寿司を注文して到着時間を測定する。平均32秒。他のライバル店、《悟浄ごじょう寿司》が平均48秒。《海鮮イッカン》が平均53秒。《魚味うみ坊主》に至っては平均68秒。圧倒的に、《おき寿司》が早い。

その秘密も、このストレートレーンにある。《悟浄寿司》も《海鮮イッカン》も《魚味坊主》もいまだに回転式レーンを使用している。それが良くないのだ。

回転式レーンだと誰にも選ばれなかった寿司が厨房に戻ってくる。それが厨房を煩雑にさせる。戻ってきた寿司の状態を見てもう一度レーンに載せるか破棄するか、それを見極めなければならない。その手間の分だけ厨房の効率は悪くなる。

《おき寿司》はその手間がない。手間がない分、調理に集中できるのだ。それが寿司の提供の早さに繋がっているんじゃないなかあ、と思いながら届いたばかりの【ずわい蟹天うどん】をすする私の趣味はオーナーになったつもりで外食をする事。

つぎの休みはイタリアンレストランに行こう。

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