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短編【タバコ・ロードにセクシィばあちゃん】小説

喪服姿の二人の女性がベンチに座っている。二人は従兄妹同士で、いまは二人の共通の祖母の火葬の最中だ。その葬祭場は田舎の古い火葬場で、いまだに煙突があった。その煙突から黒い煙と人が焼けてゆく独特な匂いが漂っている。

喪服姿の広瀬ひろせ由花ゆかは、同じく喪服姿の三条さんじょうヒロシの顔と胸をまじまじと見ている。

「ちょっと聞いてもいい?」
「いいよ」
「幾らかかったの?」
「350万。顔だけで。今のところは」
「顔だけ?…あの…ここも?」

由花ゆかは自分より大きなヒロシの胸を指す。

「ここも」
「触っても…」
「どうぞ」

そっとヒロシの胸に触れる由花。

「うわ!これ!ホント?ホントにニセモノ!!ホンモノのニセモノ!?」
「ホンモノのニセモノ」
「ひゃーー!ちょっと待って!顔だけで350万でしょ?胸も入れて幾らなの?」
「胸も、って言うか、性転換手術もひっくるめて」
「ちょっと待って!性転換って、もしかして」
「うん。切ったよ。切って全部で500万ちょっと」
「えーー!ちょっと待ってー。ヒロシって昔からそうだっけ?サッカー少年っていうイメージが強すぎて…えーーー!ホントにー?」

ついさっきまで祖母の最後のお別れに大泣きしていた由花は、人工的に膨らんだヒロシの胸を触って大興奮している。そこへ、二人の従姉弟にあたる番場ばんば純也じゅんやがやってきた。純也じゅんやは右腕にギプスをはめている。

「あ、居た!由花ゆか姉ちゃん。ばあちゃんの」
純也じゅんや、ちょっとちょっと!この人、誰だと思う?」
「え?誰って…会ったこと、あります?」
「あのね、」
「ちょっと」

ヒロシは由花ゆかの言葉をとめて立ち上がる。

「覚えてませんか?純也じゅんやさん」
「え?」
「昔。ちっちゃい頃。おじいちゃんが亡くなった時に一度ここで会ってますよ」
「おじちゃんが亡くなった時って、もう、だいぶ前だけど」
「私たちが小学一年か二年くらいの時に」
「えーーと……」
「ほら、ここの火葬場の裏に雑木林があるでしょ?」
「う、うん」
「そこに小川があるでしょ?そこで大怪我をしたイタチがいたでしょ?どうせこのままじゃ生きていけないからって、アンタ、生きたままイタチの頭を潰したでしょ。河原の石で」
「そんな事したの!」
由花が叫ぶ。

「違う違う!俺じゃない!あれはヒロシ兄ちゃんだよ!俺じゃない!俺じゃないんだよ!信じて!由花姉ちゃん!」
「あ、あのね、あのね純也。この人がそのヒロシ」
「え?」
「久しぶり。純也」
「え?え?ヒロシ兄ちゃん?だって。え?どう見ても、え?え?訳わかんない?」
「性転換したんだって」
「え?性転換?なんだ!なーんだーー!性転換かぁー!なるほどねー!ふぅーーーー!」

何がなるほどなのか良く分からないが純也は一旦ベンチに座って「えーーーーーーー!!!」と飛びはねた。

「びっくりでしょ」
「嘘でしょ。なんで?」
「びっくりした?ふふふ。そんな事よりどうしたの?腕」

ショートボブの目元が色っぽい美人に生まれ変わったヒロシが純也の右腕のギプスを見て言った。

「え?ああ、交通事故で。いや、俺の怪我なんかより、ヒロシ兄ちゃんの性転換」
「もう、その話はいいよ。さっき盛りあがったから」
「もう一回、盛り上ろう!ね!もう一回、盛り上ろう!面白過ぎるだろ!あのヒロシ兄ちゃんが!女に!女になってる!アハ、アハハハハ!」

ヒロシは純也のギプスをした腕を蹴り上げる。

「痛い!何すんの!やっぱりヒロシ兄ちゃんだ!あんた、ヒロシ兄ちゃんだ!」
「で?何?」
何か言いに来たんでしょ?と由花は純也に促す。

「ああ、ばあちゃんの火葬、あと30分くらいで終わるって」
「そっか。あと30分。あんなに元気だったのに。でも、ばあちゃんらしい死に方だよね」
と由花はしみじみと言う。また少しだけ悲しみが込み上げてくる。

「ばあちゃんらしいって?え?病気じゃないの?」
「知らないのヒロシ兄ちゃん?ばあちゃんが何で亡くなったのか」
「もう90歳でしょ?普通に病死だと思ってたけど違うの?」
「違う違う。ばあちゃん、じいちゃん探して施設、抜け出したんだって」
「え?じいちゃんって、ずっと前に亡くなったでしょ?」
「なんかね、認知症が進んでたみたいよ。亡くなる数日前から、おじいちゃんに逢いに行くって言ってたみたいだし。ねぇ純也」
「うん。この前、面会に行った時も『純也、ばあちゃんをタバコ・ロードに連れて行きなさい』って言うんだよ。じいちゃんが待ってるからって。ネットで調べたら、タバコ・ロードって特定の場所じゃなくて、小説のタイトルでさ」
「小説?」
「そう。だから、わざわざ、その本、買っていってやったら字が小さくて見えん!って言われて」
「ばあちゃんらしいね」
「おじいちゃんてさ、昔、刑務所に入ってたって本当かな」
ヒロシは細いタバコを取り出して言った。

「あ、その話し聞いた事ある」
「え?何それ。俺、初めて聞いた」
「15年くらい入ってたみたいよ。その間、ばあちゃんが毎月毎月、面会に行ってたんだって」
「15年?そんなに?え?じいちゃんて、人、殺したの?」
「まさかぁー。あのじいちゃんが」
「だよなー。でも、15年って…」
「おばあちゃんとおじいちゃんて、本当に仲、良かったよね。いつも一緒にいてさ。私も歳をとったら、ああいう夫婦になりたいなって思ってた」
「え?じいちゃんに成りたかったの?ばあちゃんに成りたかった?どっち?」
「お前、ちょくちょく俺の事バカにしてるな?頭潰したろか!ああ!」
「ごめんなさい」
と純也は半ば笑いながら、おどけて頭を庇う。そして、もうすぐ火葬終わっちゃうから戻ってきてね、と言い残して本館の方へ走り去って行った。

「…じいちゃんが亡くなって20年くらいだよね」
「17年だって」
「そっか。ずっと会いたかったんだね、じいちゃんに。で、最後はどうだったの?おばあちゃん」
「夜、施設から居なくなったのに気付いた職員さん達が、一生懸命、探したんだけど見つかったのは翌朝だったんだって。施設の近くの雑木林で。その時はもう」
「そっか………」
「人は諦めながら年を取っていくんだ。夢を捨てながら年を取っていくんだ」
黒煙を吐き出している煙突を見て、由花はぽつりと言った。

「なに?それ」
「ばあちゃんが私に言った言葉」
「夢を捨てながら年を取っていく。なんか悲しい事を言うね」
「だから夢を沢山持ちなさい。若い内に沢山、夢を見つけなさい。年を取っても捨てきれないくらいに沢山探しなさい。それが長生きの秘訣。人は寿命で死ぬんじゃない。捨てる夢がなくなった時に死ぬんだ。そう言ってた」
「ばあちゃんの最後の夢ってなんだったんだろうね」
「じいちゃんに…じいちゃんにもう一度、逢う事だったんじゃないかな」
「そうだね。あんなに仲良しだったもんね」
「会えたかな、ばあちゃん。タバコ・ロードで。じいちゃんに」
ヒロシは吸い終わったタバコをスタンド灰皿にもみ消して入れた。

「…会えたと思うよ。きっと。言ったことは絶対にやる、そんなばあちゃんだから」

煙突から吐き出ていた黒煙はだいぶ薄くなり、雲ひとつない水彩画のような青空が広がっていた。


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