怖かった話 【プロ資格マニアの想い出】
私は怖い話研究家ですが、霊感はありません。だから、私が経験した怖かった話も、幽霊は出てきません。暑くなってきたので、怖い話を思い出してみたのですが、あまり涼しくなりませんでした。
椅子から落ちて失神
小学校2年生の時、学校の掃除の時間に、椅子から落ちて頭を打ち、失神したことがあります。
私にとって怖かったのは「自分が何をしていて、どうなって、気を失ったのか」がまったく分からないということです。当時は脳の仕組みや脳震盪の言葉も知りませんので、
自分のことなのにまったく分からない時間がある
ということが怖かったです。
携帯電話に着信
私が初めて手にした携帯電話は、プリペイド式のものでした。
まだ、友人たちに番号をほとんど教えていない時期、知らない番号から着信がありました。「もしもし」というと、知らない男性の声で
「あゆみちゃん? ぱぱ!」
とハートマークが飛びまくりそうな声で言われました。
驚いて「え? え?」と返答するのが精いっぱい。すると「あ!!」という声とともに電話が切れました。
横断歩道の上で止まった車
15年くらい前ですが、実家近くのお医者さんに診ていただいた帰り道、横断歩道の前で信号が変わるのを待っていました。すると、横断歩道の真上に一台の車が止まりました。
「なんか、運転手さんの様子がへん、かも?」
と戸惑っていると、釣り具を携えた2人の男性が通りかかり、やはり怪訝な顔で車をうかがっています。
車に近づくと、どうやら運転手さんの意識がない様子。2人の男性のうち1人から携帯電話を借りて、110番しました。あとは男性2人が見ていてくれるというので、その場を離れました。
アナフィラキシーショック
今から14年前、30歳くらいのときでしたが、ある抗生剤を飲んでいる途中で、蕁麻疹が出て歩けなくなり、玄関先でこけていました。
息が苦しく、身体がとてもだるかったのですが、自分の意識がすーっと白い光に包まれていき、意識がなくなりそうな最後の瞬間に
「もうちょっとちゃんとやってたら、結果は違ったのかもしれへんな」
という言葉が浮かびました。
この経験をして思うようになったのは「もし、死ぬ瞬間がこのようなものなら、死ぬことは案外怖くないんだな」ということです。
仕事部屋で仕事ができない
私がライターとしてキャリアを積み、自分の仕事部屋も確保して、平穏な日々が流れていたころのことです。
ある時期、なぜか仕事部屋ではまったく原稿が書けず、気が散ってしまうことが続きました。他の部屋に移動して原稿を書くことが続いたものです。気分を一新しようと、模様替えもしました。
この件とは全く関係のない用事で、古くから知っている工務店の方が家に来たことがありました。その方が、工事の準備のために屋根にのぼったところ、屋根の一部の瓦がずれていて、その下の資材が腐食しており、屋根が落ちそうだとのことでした。
もし屋根が落ちていた場合、私の仕事部屋を直撃するところだったとのことでした。
「お2人様ではなかったですか?」
今の自宅に引っ越し、近所にどんなお店があるか探索をしていた時期のことです。
あるコーヒー店に入ると、お水とおしぼりを2人分お持ちくださったスタッフの方が「あれ、お2人様ではなかったですか?」と。その時は「見間違いだったのかな?」と感じただけでした。
自宅に帰り、1人で夜を迎えるころになると、
「え? なんも、連れてきてないよね?」
と、怖さがこみあげてきたものです。気休めとわかりながらも、お線香をたいたりしました。
ホームとドアの隙間
2年ほど前のことですが、ヨット練習会の帰り道、電車に乗りました。
その日は人身事故があった影響で、休日なのに電車は超満員。ドアの近くの乗客は、駅に止まるたびにいったんホームに降りて、奥に乗車していた人を通していました。
ある駅に止まり、私がホームへ降りるとほぼ同時に、隣に立っていた人もホームへ降りようとしたらしいのですが、その人はホームとドアの隙間に落ちかけました。とっさにその人を支えたものの、ヨット練習会で疲れ切った腕では、そう長い時間は支えられません。幸い、他のドアから降りた人が駆けつけてくださったので、なんとか持ちこたえることができました。
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