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風を読んだベテランのプレーと風が呼んだ若手の走塁、そしてそれを生んだ伏線

荒木貴裕選手の現役最後の試合を神宮で現地観戦でした。
試合評の更新は遅れますが、荒木選手がメインとなったフリーコラムがありましたので「スワローズ観察日記R別館」でも無料公開いたします。

この文章は2015年4月2日「スワローズ観察日記R」にフリーコラムとして掲載してものです。


神宮には強い風が吹いていた。
それも良い天候のときはホームからセンターへ吹くのだが、時折細かい雨が混じる天候に合わせ逆風となっていた。
“地の利”という言葉があるが、本来はその風を味方にするのはスワローズでなければならなかった。
しかし若い選手たちの多いスワローズに対し、タイガースのライトには日本に一時的ブランクがあるとはいえ、キャリア十分の選手が守っていた。
風はタイガースに吹いた。

その場面はスワローズが1点ビハインドの8回裏に訪れた。
1アウトから代打荒木が左中間を破り、山田が四球、この回からマウンドの松田を追い詰めていった。
ここで打席に川端。
川端が2-0から叩いた打球は、角度のついたライナーとなってライトを襲うが、福留はゆっくりバックしながら捕球態勢に入った。
しかしこれはフェイクだった。
打球が頭の上を超えた瞬間、福留は反転してクッションボールを素早く処理。
中継の上本に強い送球をした。
2塁ランナーの荒木はすっかり騙されていた。
二三本間で打球の行方を追いながら二塁へ戻ろうとしてから、再スタートを切った。
かなり外野寄りに中継へ入り、福留からの送球を受けた上本。
やや内野手としては遠投になることに賭け、福地3塁ベースコーチは腕を回す。
荒木も必死にホームを突くが、余裕でブロックに入れる好返球を受けた梅野の前でベースに触れることも出来なかった。

福留のフェイクプレーはたびたび見られるものだ。
さらに福留は、「打った瞬間に決めた」。
これはキャリアが長いだけでは説明のつかないプレー。
打球勘、普段の練習、状況、環境を見た準備。
ドーム球場では見られない、屋外球場ならではの好プレーだった。

その福留の動きにごまかされた形となった荒木。
この走塁だけを見れば、凡ミスである。
ただその伏線となる打球があった。
4回川端の2打席目、先発岩本のストレートを叩いた打球は完璧にとらえたもので、ライトオーバー、スタンドに飛び込むそんな当たりに見えた。
しかし打球は強い逆風に押し戻されフェンス前で失速。
福留はウォーニングゾーン手前当たりで捕球した。
ベンチスタートだった荒木は、今季ユーティリティプレーヤーになることを求められ、ライトにも入る選手。
実際代打に出た後、ライトのポジションについている。
おそらくベンチでこの川端の打球を見ていたことだろう。
それが二塁ランナーとなったときに頭をよぎった。
「打球が戻るかと思った。判断が早かった」
荒木のコメントにそれが感じられる。
入団以来荒木は、松山で行われる“宮本塾”に参加していたメンバー。
その宮本がもっとも大切にしていたのは、“準備”である。
「真面目過ぎる」という評価を受ける荒木だからこそ、その“準備”を忠実に果たそうとしていたのは想像に難くない。
だからこそタイガースの和田監督さえも騙されたという、福留のフェイクに引っかかってしまったといえる。
二軍監督時代から荒木を知る真中監督が「荒木は責められない」と言ったのも、そういったことがあるのだろう。
荒木は神宮を本拠地にするスワローズの選手だが、一時のブランクはあるとはいえ福留の方がこの球場で守った試合数は多い。
その経験の差、川端の2打席目の打球、普段とは違う風、いろいろな伏線があってこのプレーは生まれた。

ただそれでもあの場面でしっかりスタートを切れるのがプロ。
福留の経験プラス打球勘に荒木の未熟さが負けたプレーだというのは間違いない。
そんな中唯一それを救える立場にいたのが、福地3塁ベースコーチ。
しかし流れを考えれば廻すのもわからなくはない。
もし3塁で止めても、“1点が入ったはずが満塁”というミスはミスという状況。
2安打している田中浩だったが、そのミスを取り返そうと力みが入る場面となる。
本来楽に入っているはずの点、どんな形でも入れたかったというのが福地3塁ベースコーチの考えだったと思われる。
得点を防ぐだけでなく、相手を精神的に追い詰めた福留のワンプレー。
“守りにも攻めがある”と思い知らされたものだった。

スワローズが本拠地開幕としてタイガースを迎えて2試合が終わった。
福留は初戦、まだシーズンへ入ってまだ無安打の大引のライト線の当たりを好捕している。
そしてフェイクプレー、ユウイチの落球も福留の打球だった。
「前へ飛ばす」「準備をする」「その状況で自分が出来るすべてのものを出す」
もっとも基本的な選手としての姿勢。
それが流れという“風”をタイガースへ吹かせた。
フェイク、凡ミス。
あのワンプレーだけを見ればそうなるが、そんな単純ではなくいろいろなものが絡んでいる。
すべてが伏線になりうるのが勝負事。
その事に数多く気づいた方が勝つということだ。
ファインプレーや飛距離のある本塁打もいい、ただそれだけではない。
駆け引きというのも長いシーズンを戦うプロ野球の楽しみであり、記録には出ない部分を想像させるのもプロのプレーだ。

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公式戦は現地観戦、テレビ観戦すべて試合評として挙げる予定です。FC2「スワローズ観察日記R」では13年連続公式戦、ポストシーズンすべて書いてきました。球団への取材などは行わず、あくまでもプレー、作戦などから感じた私的な試合評になります。

プロ野球東京ヤクルトスワローズの試合評を、オリジナルデータやプレーを観察したしたうえで、1年間現地、テレビ観戦を通して個人的なや評論を書き…

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