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ビジネスモデルの父が語る"企業力を強化するイノベーション思考"

多摩大学大学院グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」2021から(3)

イノベーション思考の未来へ
前回に続き、2021年の夏から秋にかけて行われた多摩大学大学院のグローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」シリーズに登壇いただいた識者・専門家の知見の一部を引き続き紹介したい(注目すべき思考家)。
イノベーション教育は話題になっているが、実は、イノベーション経営(Innovation Management)に関するMBAプログラムは多くはない。この分野ではこれまで、イノベーション研究、アントレプレナー教育やMOT教育は存在したが、企業がイノベーションを経営の中核に置いて実践する、という観点からのイノベーション・マネジメントシステム(IMS)や、イノベーションプロジェクトに焦点をあてたプログラムは世界でもまだ新しい、未来の領域だ。
しかし、2019年にはIMSの世界規格ISO56002が発行されるなど、世界のどの地域の、どのような規模の企業でもイノベーション経営を実践できる土壌ができつつある(筆者の授業でも展開している)。その基盤(いわばOS)のうえで、はじめてデザイン思考やリーンスタートアップなどの、イノベーションのための手法やスキルが活用されうるといえる。
その中でも大変重要なのが、ビジネスモデルのデザインツールだ。多摩大学大学院ではビジネスモデルキャンバスを活用したカリキュラムを10年以上前から行ってきた。世界的ベストセラー『ビジネスモデル・ジェネレーション』の共著者アレックス・オスターワルダー氏とイヴ・ピニュール氏にはグローバル・フェローをつとめていただいている。二人はThinkers50(経営のアイデアをリードする思考家を特定し、ランキングし、共有している出版社)の常連で、最新の2021年度のランキングでも第四位に位置している。

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『無敵の会社』をつくる ビジネスモデルのデザインとその実践方法」
さて、今回の「Innovate for Impact」シリーズでは、イヴ・ピニュール氏(ローザンヌ大学教授)に登場いただいた。
経営戦略として企業がビジネスモデル改革に取り組むための実践的なアプローチ方法をテーマとして、新著『インビンシブル・カンパニー(無敵の会社)
のエッセンスを中心に語ってもらった。抽象的なキーワードが飛び交う経営やイノベーションの領域で、どうやってイノベーション力を強化するかという実践の話である。

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講義の冒頭で、ピニュール教授は彼らのこれまでの活動を振り返った。
最初に作成したのが世界的に普及した「ビジネスモデル・キャンバス」だった。これはアントレプレナーが事業計画を策定する前にビジネスモデルを描くためのツールだった。次に「バリュー・プロポジション・キャンバス」を打ち出した。これは製品やサービスの提供価値をデザインし、テストするのに役立つツールだ。これら2つのキャンバスはいずれも当初は学生起業家や若い起業家を支援するのが狙いだったが、徐々に既存企業や大企業にも採用されるようになっていった。
「ただし、大企業や既存企業がこれらのツールを使うときは、スタートアップとは異なるゲームをします。既存のビジネスモデルを実行するだけでなく、この会社の未来を創造するために、衰退しているビジネスモデルに取って代わる新しいビジネスモデルを創造しようとしているかもしれません。この2つの異なる活動のバランスをうまく取ることができれば、私たちが無敵の企業、少なくともレジリエンスの高い企業になることができるでしょう。」

両利き経営を実践する企業のツール
最近「両利き経営」の話題が盛んだ。ちなみに筆者(紺野)は10年ほど前『知識創造経営のプリンシプル』(野中、紺野 2012)で米国企業における「組織的両手利き(ambidexterity)」としてこれを紹介していた。
それは「従来の戦略が資源の活用(exploit)か開発(explore)かの選択であったのに対し、それらをともに発揮できる能力」であり、米国に「日本的な曖昧さを容認することでイノベーションを実践する」転換が起きていると指摘した。実は両(手)利きは、戦略を明確にする米国企業より、むしろ日本企業の得意技であった。それがいま逆転、逆輸入されている感がある。しかし「両利き経営」は簡単ではない。いわゆる本業(右手)と新事業(左手)は同じ原理では動いていない。両者の原理の違いを超越する新たなプリンシプルか、実践のためのツールのどちらかあるいは両方が必要だ。
「『インビンシブル・カンパニー』とは、この「両利き経営」を守備よく実践する企業なのです。それは次の3つの特徴を持つ企業です。
1.常に自分自身を改革することができる
2.優れたビジネスモデルで競争することができる
3.業界の境界を越えること
そして、企業がこういった2つの異なる活動つまり、探索と開拓を行い、イノベーション文化を創造するために、そしてリターンとリスクのバランスをとりながら2つのビジネスモデルの集合体を可視化する、マップを作成しました。それが「ポートフォリオマップ」(下図)です。図の左下のボックスにあるのは将来のために探索しようとするさまざまなビジネスモデル群です。そして右上は、すでにあるビジネスモデル群であり、企業はこれらを実行し、改善し、成長させようとしています。」

<ポートフォリオマップ(探索と活用=開発のふたつのビジネスモデル領域からなる)>

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「企業は既存事業のポートフォリオと新規事業のポートフォリオの両方を同時にマネージしなければなりません。既存事業の開拓(活用)のポートフォリオにおいては、リターンと死や破壊のリスクを同時に考慮しないといけません。成長のはじまったビジネスモデルを拡張したり、衰退したビジネスモデルを改善したり、成功したビジネスモデルの回復力を高めたりする。買収、合併、パートナーシップ、投資などにより、外部のビジネスモデルを導入する。自社の戦略に合わないビジネスモデルは、事業分離や完全に解体して取り除く、などです。」
「しかし破壊的イノベーションの時代にはどんなに優れたビジネスモデルでも、冷蔵庫の中のヨーグルトのように賞味期限が切れてしまいます。新たな成長エンジンを探索するためには、主に2つの活動が必要です。①より良いビジネスモデルを設計することで期待されるリターンを増やし、②厳密なテストを行うことでイノベーションのリスクを減らす、ということです。アイデアをテストし始めると、エビデンスが道を示してくれるようになります。より強力な証拠を集め、ピボット(軸足転換)して、アイデアを少しまたは大きく適応させます。その結果、うまくいかないことがわかったら完全に撤退します。試行錯誤してリスクを回避したアイデアをスケールアップするには、そのアイデアを自社の開拓ポートフォリオ(右上)に移すか、自社の戦略に合わない場合はスピンアウトします。」

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ポートフォリオ利用のための考え方(評価とパタン)
少し具体的な話を付け加えておきたい。ポートフォリオマップの右上つまり既存事業群の強化、そして左下つまり新規のビジネスモデルアイデアについては、それぞれ(1)ビジネスモデルの評価、(2)シフトや強化の「パタン」が存在する。
ビジネスモデルのパタンをいかに変えて(シフト)していくかはポートフォリオマップ実践の要点だ。
既存事業(右上)ビジネスモデルのシフトには下図のような12のパタンがある。

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新規事業のビジネスモデルを再考したり強化するには下記のようなパタンが挙げられている。

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組織文化の革新とイノベーション・リーダーシップ
インビンシブル・カンパニーになるために最後に重要なのは、組織のイノベーション文化の革新だ。そのためにカルチャー・マップが用意されている。
「新しいビジネスモデルを開拓するために必要な組織文化は、スタートアップや若い企業にある文化と非常によく似ています。デザインテストや失敗を受け入れるためには、このような新しい考え方の文化が必要です。"実現要因"と"阻害要因"をマップ化し、イネーブラ(支援)を増やしブロッカー(障害)を取り除く。ここでは、リーダーシップのサポート、組織設計、イノベーションの実践という3つの柱が必要です。」

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あなた(読者)の会社では下記のどれがイノベーション文化の実態だろうか?

1.イノベーション・プロジェクトは秘密裡に公式チャネルの外で行われている
2.イノベーションは組織図上で公式に認められているが権限と影響力はない
3.イノベーションは組織図の最上部にあり、権限と影響力を持つ

さて、最後に重要な視点を挙げて締め括っていただこう。
「(みなさんの会社には)非常に革新的で起業家的なCEOがいるかもしれません。たとえばあるCEOは、自分の時間の50%以上をイノベーションに費やしていています。しかし多くの企業では、CEOは現業の実行に焦点を当てています。そこで会社の将来を担当する、いわゆるコーポレート・アントレプレナーを置くのが良いでしょう。つまり、実行を担当するCEOと同じように力を持つ、探索ポートフォリオを担当する人です。同時に両者の間の潜在的な対立を調整するための一種のアンバサダーが必要になるかもしれません。」
つまり、既存のCEOと並列のイノベーション・オフィサーの提言である。それだけ、イノベーションへの試みは大きな努力や変化を要請する。そうでなければ「無敵」とは対極の「脆弱」な企業への道を辿ることになるといえるだろう。

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なお同氏のレクチャーは下記日時で開催された。
7月2日(金)19:00~20:00

「『無敵の会社』をつくる ビジネスモデルのデザインとその実践方法」
[メインスピーカー] イヴ・ピニュール氏

1984年よりローザンヌ大学教授。ジョージア州立大学、ブリティッシュコロンビア大学、シンガポール国立大学、モントリオール商科大学で客員教授を務める。ベルギー・ナミュール大学で博士号を取得。学術誌『Systemes d'Information & Management』の前編集長。世界的ベストセラー『ビジネスモデル・ジェネレーション』の共著者。ビジョナリー、ゲームチェンジャー、チャレンジャーたちのための指南書であるこの本は、30ヶ国語に翻訳されている。 アレックス・オスターワルダー氏とイヴ・ピニュール氏が、経営思想界のアカデミー賞と言われる"Thinker50"では常に上位にランクされている。
[パネリスト]
紺野 登 (多摩大学大学院 教授)、山本 伸(多摩大学大学院 客員教授)
山本 伸氏は一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会代表をつとめている。
[モデレーター] 河野 龍太 (多摩大学大学院 教授)

(続く)

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