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「美味」は新明解のみにあらず〜「ズワイガニ」の例〜

『新明解国語辞典』(以下、『新明解』)はその独特な語釈で有名である。中でも、食べ物の語釈に「美味」、「うまい」、「おいしい」などの感想ともとれる言葉を使っている点はしばしば話題になる。

『新明解』は1972年に初版が発行され、最新第八版が出版されている。版を重ねるごとに語釈が見直されている。ここでは「ズワイガニ」を例に、①語釈の変化、そして②『新明解』への「美味」の輸入について紹介する。

『新明解』第四版、第五版、第八版の語釈の比較

新明解国語辞典 第四版(三省堂、1989年)
〔「楉(ズワイ)」は、若い小枝の意〕海にすむ、大きなカニ。ゆでると薄いだいだい色になる。雄の足には肉が多く付いている。石川・福井・鳥取諸県のものが有名。マツバガニ。エチゼンガニ。〔クモガニ科〕
1997年1月20日 第36刷発行
新明解国語辞典 第五版(三省堂、1997年)
〔「楉(ズワイ)」は、若い小枝の意〕海にすむ、大きなカニ。ゆでると薄いだいだい色になる。雄の足には肉が多く付いている。石川・福井・鳥取諸県のものが美味で有名。マツバガニ。エチゼンガニ。〔クモガニ科〕
2000年12月1日 第23刷発行
新明解国語辞典 第八版(三省堂、2021年)
〔「楉(ズワイ)」は、若い小枝の意〕海にすむ、大きなカニ。ゆでると薄いだいだい色になる。雄の足には肉が多く付いている。石川・福井・京都・鳥取諸府県のものが美味で有名。マツバガニ。エチゼンガニ。〔ケセンガニ科(旧クモガニ科)〕
2021年1月10日 第1刷発行

なお、第六版・第七版は第五版と同じである。

変化した部分だけをピックアップすると、
 第四版:石川・福井・鳥取諸県のものが有名。…〔クモガニ科〕
 第五版:石川・福井・鳥取諸県のものが美味で有名。…〔クモガニ科〕
 第八版:石川・福井・京都・鳥取諸府県のものが美味で有名。…〔ケセンガニ科(旧クモガニ科)〕
このように「美味」は第五版(1997)から取り入れられたことがわかる。1997年という年は鍵になる。

三省堂が出版する他の辞典の語釈

『新明解』の出版社である三省堂の別の辞典では、どのような語釈なのだろうか。手元にある『三省堂国語辞典』、『三省堂現代新国語辞典』、『大辞林』の語釈を紹介する。

三省堂国語辞典 第七版(2014年)
日本海でよくとれる、脚(アシ)の長いカニ。おすはからだが大きく、北陸では越前(エチゼン)ガニ、山陰(サンイン)では松葉(マツバ)ガニと呼ぶ。めすはコウバコなどと呼ぶ。
2020年5月10日 第6版発行
三省堂現代新国語辞典 第六版(2019年)
日本海産の大形のカニ。足が長い。雌は小さい。冬は特に美味。えちぜんがに。まつばがに。
2020年12月10日 第3刷発行
大辞林 第四版(2019年)
クモガニ科の海産のカニ。甲は丸みを帯びた三角形で、雄は甲幅一五センチメートル、歩幅を広げると八〇センチメートルに達する。冬、美味。雌は成熟すると成長が止まり、雄の半分ぐらいの大きさで、一年中抱卵する。寒流域に分布。日本海側の重要な水産物。北陸ではエチゼンガニ、山陰ではマツバガニと呼ばれる。雌はセイコガニ・ゼンマル・コウバコガニとも。
2019年9月20日 第1刷発行

『三省堂現代新国語辞典』と『大辞林』の二冊で「美味」という単語が使われていた。

「美味」を入れたのは『広辞苑』の方が先

さて、『新明解』の「ずわいがに」の語釈に「美味」という単語が登場したのは、1997年出版の第五版であることを見た。実は「ずわいがに」に限れば、「美味」を入れたのは1991年出版の『広辞苑』第四版が先なのである。

広辞苑 第四版(岩波書店、1991年)
クモガニ科のカニ。甲はほぼ三角形で、茶褐色、表面に疣(イボ)状突起があり、幅約一三センチメートル、脚を拡げると五〇センチメートルに達する。脚は長く丈夫。肉は美味。日本海・ベーリング海などに分布。北陸地方の重要水産物の一つで、冬が旬。雌は小形で、「せいこがに」「こうばくがに」とも称。まつばがに。えちぜんがに。
1991年11月15日 第1刷発行
広辞苑 第七版(岩波書店、2018年)
ケセンガニ科(旧クモガニ科)のカニ。甲は丸みのある三角形で、茶褐色、表面に疣状突起があり、雄は幅約一三センチメートル、歩幅を拡げると五〇センチメートルに達する。肉は美味。日本海・ベーリング海などに分布。北陸地方の重要水産物の一つで、冬が旬。雌は雄の半分ほどの大きさで、「せいこがに」「こうばくがに」などと呼ばれる。地方名が多くまつばがに、えちぜんがにが代表される。
2021年2月15日 第4刷発行

想像の域を出ないが、第四版から第五版への改訂中に『広辞苑』の語釈を参考にしたのかもしれない。無論コピペは論外だが、語釈の輸出入の関係を考えてみると新たな発見があるだろう。

画像はいらすとやさんより。


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