膝枕外伝 ”ウエスト”・サイド・ストーリー

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」と下間都代子さん作 ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜をミックスした2次創作、もとい2.5次創作といったところでしょうか。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

下間都代子さんによる朗読

kaedeさんによる朗読
(stand.fm)今井雅子作 膝枕

Noteに投稿されたスピンオフ

下記のマガジンをご覧ください。

Note以外に投稿されたスピンオフ
藤崎まりさん作
(stand.fm)今井雅子作・膝枕 アレンジバージョン

やがら純子さん作
落語台本「膝枕」

下間都代子さん作
ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜
(Youtube)大人の朗読リレー「膝枕は重なり合う」(朗読:下間都代子さん、景浦大輔さん)

kana kaede(楓)さん作
「単身赴任夫の膝枕」

賢太郎さん作
(stand.fm)「膝枕ップ」

松本ちえさんも「からくり膝枕」をお書きになりました。
(限定公開のようでしたので紹介に留めます)

視覚的にもお楽しみいただけるような仕掛けを施しています。
そのせいでこのままでは朗読に不向きになってしまいましたので、末尾に添付したpdfをご覧ください。

本編

ワタシは暗闇と振動の中で目覚めました。
小刻みな上下運動が、脛の下の柔らかなスポンジを介して伝わってきます。地震が起きているのでしょうか。
そもそも、ここがどこなのかワタシにはうかがい知ることができません。
なぜなら、ワタシは「膝枕」なのですから……

振動が止まりました。
ホッとしたのも束の間、背後から工場のプレス機のような音が聞こえました。
後から知ったのですが、トラックという車の荷台の鍵を外す音だったということです。
今度は、ギィという音と共に、暗闇がわずかにほころんだのを感じました。
次の瞬間、ワタシは自分の体が、正確には正座の姿勢をした腰から下が持ち上げられたのに気付きました。

「うへ、おもっ。なんだこれ」

 ​と男の人の声が聞こえました。
まあ、レディに向かって重いとは失礼な方ね。

「まくら……って重過ぎるだろ」

ワタシはお尻を下にした逆三角形の形で揺られました。
カン、カン、カンと音がするたび、膝と腰と足に痛みが走ります。
あなたも試して御覧なさって。
お姫様抱っこはね、足を伸ばすから安定するのですよ。

膝と腰への負担がピタッと止まりました。
ピンポーンという音の後しばらくしてガチャリと金属が鳴りました。

「ハンコかサインお願いします」

という男の人の声に続いて、

「ま、枕!」

とこちらも男の人の声が聞こえました。最初の人よりも年上のように聞こえました。

「受け取ってもらって、いいっすか?」

腰の上から、再び一人目の男の人の声がしました。
次の瞬間、体がフワッと浮いたように思いました。
ワタシは2人の男の人の間を移動したのだということが分かりました。
今度は、かかと、お尻、腰が正確に積み上がっているのを感じました。

周期的な振動が止まりました。
腰の上で、ガリッ、ビリビリという音がしたかと思うと、ワタシの世界はパッと明るくなりました。
すると、2本の手がぬっとワタシの脇を通りました。
ワタシはゆっくり持ち上げられ、今度はゆっくり降ろされるのを感じました。
なんということでしょう。ワタシは箱の中にいたのです。
文字通りの「箱入り娘」だったのです。

「カタログで見た写真より色白なんだね」

二人目の男の人の声でした。もう一人の声は聞こえません。
今、ワタシは男の人と2人きりのようなのです。
初めてのことで急に緊張してきました。
ワタシは自分に言い聞かせます。
落ち着くのよ、たくさん練習したでしょう。
正座した両足をもじもじとさせて、やや内側に向けました。
初めての人にはこうするよう教えられているのです。

彼も緊張していたのかもしれません。ところどころ言葉に詰まったり、うわずったりしていますが、優しく話かけてくれました。

「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」

この人ならきっと大切にしてくれる。
ワタシは安心して、膝をゆるめました。
すると、彼がしどろもどろに言いました。

「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて……」

ワタシは嬉しくなって、膝頭を少し弾ませました。
このときワタシはピチピチのショートパンツを履いていたのですが、正直なところワタシの好みではなかったのです。

「一緒に買いに行こうか」

願ってもない提案にワタシはさっきより大きく膝を弾ませました。

***

その夜、ワタシは自分の使命を果たすことができませんでした。
彼はワタシに手を出さず、いえ、頭を出さず、ワタシを布団の隣に置いて眠ったのです。
それでもワタシは"Tonight the world is wild and bright."と歌わずにはいられませんでした。
あら失礼。
膝枕は歌うことも、ましてやミュージカルを見ることもできませんのにね。

***

朝、やわらかなマシュマロにうずもれる夢を見たと彼が教えてくれました。
それから彼は、今日はワタシの服を買いに行こうと言ってくれました。
彼はワタシをファスナーの付いた大きい鞄に詰めてくれました。
窮屈なのは変わりませんが、昨日の箱より居心地がよい気がします。ファスナーが少し開いていたから、そして

「窮屈でごめんね。少しの辛抱だから」

と彼が気を遣ってくれたからかもしれません。

その日はワタシにとって忘れられない思い出になりました。
電車の心地よい振動、春風のさわやかさ。
感じるもの全てが初めてのことだったのです。
なぜなら、ワタシは箱入り娘なのですから。

賑やかな場所に着きました。彼曰く

「デパートのレディースフロアだよ」

とのことです。

ワタシにはよくわからないのですけれども、異性の服を選ぶときはお店の方に流行などを聞くものだと思っておりました。ですが不思議なことに、鞄の外からは彼の独り言以外は聞こえてこないのです。

「君には白のイメージかなあ」

彼なりに一生懸命考えてくれたのだと思います。しばらくして、

「こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」

ひらひらが膝頭をくすぐります。

「裾がレースになっているスカートだよ」

と、教えてくれました。
ワタシは鞄の中で、最大限の返答をしました。

帰宅すると彼はすぐに新しい衣裳に履き替えさせてくれました。
ワタシにとっては非常に印象深い出来事だったのですけれども、それをワタシの口からお話するのは憚られます。
兎にも角にも、お色直しをしたワタシを彼はとても褒めてくれました。

「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」

突然のことで驚きましたが、初めて彼の頭を受け入れることができました。これこそが膝枕の本懐なのです。
男性の頭の重さは5〜6キログラムあるそうですが、生身の膝そっくりに作られたワタシ余裕で支えることができます。レースの裾から飛び出した膝を、彼はやさしくなでながら呟きました。

「この膝があればもう何もいらない」

天にも昇る気持ちというのは、まさにこのことを言うのでしょう。

***

今日も賑やかなところに連れて行ってくれると思っていましたが、朝からバタバタという音が聞こえるだけです。
どうやら、彼はお仕事に行かなければならないようです。
こればかりはワタシにはどうすることもできません。

暗闇と一人ぼっちには慣れていると思っていました。
ですが、誰かと一緒にいることを知ってしまっては、もうあの頃には戻りたくありません。
彼、早く帰ってこないかしら。
そのときワタシは膝をにじって動けることに気付きました。
ワタシは家の外と内とを隔てる扉の前で待つことにしました。

「ただいま!」

言ったそばから、彼はワタシの膝に飛び込みました。
彼もワタシのことをずっと思ってくれたのでしょう。
ワタシに膝枕をされながら、彼はその日の出来事を話してくれるのです。
まあ、必ずしもおもしろいとは思わないのですが、一生懸命さは伝わってきます。

会話の「さしすせそ」というものがありますでしょう。
「さ」は「さすがです〜」
「し」は「知らなかった〜」
「す」は「すご〜い」
「せ」は「センスある〜」
「そ」は「そうなんですね〜」
これも教わったんですのよ。

ワタシは膝の動かし方、震わせ方を微妙に変えることで「さしすせそ」を表現できるのです。
そうすると彼もどんどん話してくれるのです。

「僕の話、面白い?」

ワタシは膝頭を合わせて拍手しました。

こんな毎日がずっと続けばいいのに。

***

ですが、ワタシたちの幸せな時間は長くは続きませんでした。
すべてはあの女のせいです。

その日は彼の帰りがいつもより遅かったのです。
ほんのりお酒と香水の混じった匂いがしました。
彼はワタシの膝に頭を乗せると言いました。

「やっぱり君の膝枕がいちばんだよ」

やっぱり、とはどういうことでしょう。内蔵の辞書で調べてみます。
4つ目の意味が今の状況に合いそうです。

やっぱり【矢(っ)張り】いろいろと考えたり迷ったりした末に意見を変えるニュアンス。また元の意見に戻すニュアンス。
(Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ))

考えたのね、迷ったのね、意見を変えたのね。
他に……誰かいたのね……

ワタシは膝をこわばらせました。
彼もワタシの変化に気づいたようです。

その時、朝の目覚ましと同じ音が聞こえました。
彼は驚いて飛び起きました。反動が膝に伝わり、脛に痛みが走りました。

「今から……行っていいかって……?」

彼の動揺した声をワタシは聞き逃しませんでした。
ワタシ以外の女がこの部屋に来る……?
彼と二人きりの楽園が崩壊してしまう。
そんなこと、誰が耐えられましょうか。

彼の手によって、ワタシはまた元の箱の中に閉じ込められました。
箱を残していたのは几帳面な生格ゆえかと思っていましたが、このときに備えていたのでしょうか。
箱が床を引きずって動かされ、暗い小部屋に入れられたことが分かりました。

間も無く女の声が聞こえました。

女は毎日やってくるようになりました。
初めのうちこそ、彼は女が来ているときだけワタシを「箱入り娘」にしましたが、いつしかワタシが箱から出されることはなくなってしまいました。

ワタシは暗い小部屋から彼らがいるであろう方向に注意を向けました。もしワタシに目があったなら、壁に穴が開くほど見たことでしょう。むしろ本当に目力で壁に穴を開けたいほどです。
現実はそううまくいくものではありません。かろうじて、彼が女に膝枕をしてもらっていたことだけはわかりました。

ワタシという存在ものがありながら、他の女の膝をも手に入れようとするなんて。

女の方はワタシが放つ念に気づいたようです。部屋の方からかすかに話し声が聞こえてきます。

「ねえ。誰かいるの?」

「そんなわけないよ」

どうして否定するの。ワタシはここにいるのに。
ワタシは箱の中で懸命に膝を動かしました。
クッションなどあるはずがありません。
動くたびにすねが擦れ、前に進めば膝頭が箱の側面を打ちます。

「ねえ。何の音?」


「気のせいだよ。悪い。仕事しなきゃ」

「いいよ。仕事してて。私、先に寝てる」

「違うんだ。君がいると、気が散ってしまうんだ」

バタバタと足音がしたかと思えば、急に部屋が静かになりました。
女の気配はもうありません。
彼はワタシを箱から出しました。
脛の擦り傷に手が当たり、膝をビクッを震わせてしまいました。
どさくさ紛れに彼の頬をはたけばよかったかしら。
ワタシは膝をこすりあわせていじけてみせました。

「焼きもちを焼いてくれているのかい?」

彼はワタシを抱き寄せ、傷だらけの膝をそっと指で撫でてくれました。傷だらけの膝をそっと指で撫でてくれました。

「悪かった。もう誰も部屋には上げない。僕には、君だけだよ」

あなたの言葉を信じましょう。
ワタシは左右の膝頭をぎゅっと合わせました。それから膝をこすり合わせて彼を誘いました。

「いいのかい? こんなに傷だらけなのに」

「いいの」と言いたいのに、声を出せないことがこれほど口惜くやしいことだとは。彼には想像がつかないでしょう。
代わりにワタシは左右の膝をかわるがわる動かしました。
彼は打ち身と擦り傷を避けて、ワタシの膝にそっと頭を預けました。

「やっぱり、君の膝がいちばんだよ」

「最低!」

あの女の声です。いつの間に戻って来たのでしょう。

「二股だったんだ……」
「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」

おもちゃ! ワタシがおもちゃ!
ワタシは膝をわなわなと震わせました。
彼が気づいてくれたかどうかは分かりませんが、おそらくは気づいていないでしょう。

彼は、あろうことかあの女への愛を誓うことにしたのです。

「ごめん。これ以上一緒にはいられないんだ。でも、君も僕の幸せを願ってくれるよね?」

まあ何と身勝手なんでしょう。この膝があればもう何もいらない、と言ったのはどこのどなただったかしら。

ワタシは彼の手によって元の「箱入り娘」に戻ってしまいました。
一度明るい世界を知ってしまった今となっては、箱の中は漆黒に漆黒を塗り固めたように感じました。

彼に運ばれている間、ワタシは不安と恐怖とで動くことができませんでした。


**
***

幾時間が経ったでしょう。
真っ暗闇の中、雨が降ってきました。
涙を流せないワタシに代わって、空が泣いてくれているのかもしれません。
箱の隙間から入った雫がスカートの裾を濡らします。
このスカートを買ってくれた彼は、もうここにはいないのですが。

ワタシは雨の寒さと、捨てられた悔しさとで膝を震わせました。
ワタシを納めていた箱は雨に濡れたせいでお父様のお腹のようにブヨブヨしていました。
柔らかくなったことで膝を動かす空間を作ることができました。
それでも自力であの段差を上ることはかないません。
せめて街灯の下まで行くことができれば、心優しい誰かが見つけてくれるかもしれないのに。

雨に濡れてスポットライトが当たる自分を想像してみました。
まさに悲劇のヒロインではありませんか。

すると突然、キィーーーッと甲高い音が聞こえました。

「なんだよ、こんなところにあぶねぇなあ」

誰かの声が聞こえました。
ワタシは自分の存在をアピールするために膝頭で箱を蹴りました。

「え!」

と驚く声がしました。さっきと同じ人のようです。
雨音に混じって近づいてくる足音が聞こえます。

「これ……あ、枕」

思い出しました。ワタシのことを重いと言った男の人の声です。ワタシの直感がそう告げています。

何と運が良いのでしょう。
この人となら段差など軽々と超えることができます。

ワタシは膝を前に出す頻度を上げました。脛が擦れるのもお構いなしです。

「ってか、なんでコイツ動いてるんだよ」

ワタシに向かってコイツとはどのような教育をお受けになったのでしょう。もっとも、ワタシのことを重いと言い放った方です。お里が知れますわね。

それでもこの方はワタシの命の恩人です。
ワタシは膝の歩みを止めました。すると

「うわっ!」

という驚きの声と同時に光が差し込みました。
男の人が蓋を開けたのです。
ワタシの姿にびっくりしたのでしょう。
無理もありません。
なぜなら、ワタシは膝枕。
それも膝から血を流した膝枕なのです。

「だ、大丈夫か?」

男の人の声が聞こえました。
心配してくれているようです。

ワタシは彼の優しさに飛び跳ねずにはいられませんでした。

「おいおい! 怪我してるのに、ダメだよ飛んじゃ!」

彼は止めましたが、ワタシは膝を揺らして、何度も何度も飛び跳ねました。
家の方向へ飛び跳ねました。

「も、もしかして、お前、この階段?」

「そうです」とワタシは両膝を合わせパチパチと鳴らしました。
彼はワタシの言いたいことを理解してくれたようでした。

「わかったよ、連れて行ってあげたらいいんだよな」

ワタシを運ぶ間、かかと、お尻、腰が一直線を保つように気をつけていることが分かって嬉しくなりました。

「枕って、膝枕だったのか」

そう、ワタシは膝枕。
自分一人では家に帰りつくこともできない、捨て「箱入り娘膝枕」。

彼の腕の中でしばらく揺られた後、彼はワタシに声をかけてくれました。

「ここでいいよな」

雨と血で濡れた膝を上下させてワタシはうなづきました。
箱が静かに置かれるのを感じました。
ワタシにスポットライトが当たりました。
これは彼がワタシを確認するために蓋を開けたときの光なのですが。
たった一人の観客の前で、ワタシはヒロインを演じきることができました。
ワタシは両膝を小さくすり合わせてお礼を言いました。

「ヨシ、配達完了」

彼の足音は小さくなり、すぐに雨音にかき消されてしまいました。

***
**


永遠とも思われた夜が明けました。
ですが、彼が見つけてくれるでしょうかという不安はまだ晴れませんでした。
彼は仕事の日以外はほとんど外出しないのです。
ワタシは今日が、彼の出勤日であることを祈ることしかできませんでした。

きっと、祈りが通じたのでしょう。
金属の扉が開いて、彼が出てくるのが分かりました。
彼は驚いたに違いありません。
なにしろ捨てたはずの膝枕が戻って来たのですから。
彼はワタシを見て言いました。

「早く手当てしないと!」

彼はワタシをやさしく抱き上げ、家の中に入れてくれました。
膝から滴り落ちた血が床に落ちないようワイシャツで受け止めてくれました。
ワタシの膝に傷薬を塗りながら、彼は申し訳なさそうに言いました。

「大丈夫? しみてない? ごめんね」

傷だらけの膝を前にこれまでの行いを反省するといいわ。
これからはワタシだけを愛して。あなたの頭はワタシだけのもの。
そんなことを考えていますと、彼の手がピタリと止まりました。
そしてこう呟いたのをワタシは聞き逃しませんでした。

「これもプログラミングなんじゃないか」

プログラミングですって?
機械のことはよく存じあげませんが、ワタシのこの感情や動きは紛れもなくワタシ自身から出たものです。
もちろん、一人前の箱入り娘になるための訓練は受けましたよ。
ですがワタシへの愛が別のひとへ向いたならば、怒ったりいじけたりするのは当然の反応だと思いません?

「明日になったら、二度と戻って来れない遠くへ捨てに行こう」

嗚呼、神様。ワタシは不様にもまた捨てられようとしています。
ワタシがいったい何をしたというのでしょう。
膝枕として生を受け、ただ膝枕としての役目を果たそうとしただけではありませんか。

その日一日をどう過ごしたか、ワタシは覚えていないのです。

はっきりしているのは、彼がワタシの膝枕に頭を預けたこと。
これが最後の務めになるかもしれません。
そう思うとワタシの膝は強張ってしまいました。
いけません、これでは寝心地に満足してもらうことはできません。
あの女の膝にますます差をつけられてしまいます。

ワタシはひたすらに祈りました。
祈り、祈り、祈り続けました。

信じていれば奇跡は起きるのですよ。

ワタシはたった一言、彼に想いを伝えることを許されたのです。

「ダメヨ ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ」

***

翌朝、目を覚ました彼は、異変に気づいて言いました。

「あれ? どうしたんだ? 頭が持ち上がらない」

そうでしょう、そうでしょう。頭がとてつもなく重いでしょう。
あなたの頬はワタシの膝枕に沈み込んだまま一体化しているのです。
皮膚が溶けて貼りついているのですから、どうやったって離れませんよ。

「これじゃあまるで、こぶとりじいさんじゃないか」

まあ、こぶとりじいさんとは面白い喩えですこと。
もっとも、今のあなたは意地悪なおじいさんの方ですけれどもね。

保証書の電話番号にかけても無駄ですよ。
それよりも、注意書きを御覧なさい。

「なんだこれは? 商品をお買い上げのお客様へのご注意……?」

やっと気付きましたのね。
規約や約款には隅から隅まで目を通した方が良いですわよ。

「この商品は箱入り娘ですので、返品・交換は固くお断りいたします。責任を持って一生大切にお取り扱いください。誤った使い方をされた場合は、不具合が生じることがあります」

身勝手にも別の女との愛を誓おうとしたのです。
でしたら今度は、ワタシの身勝手で彼への愛を押し付けてもよい順番ではありません?
ワタシの願いは、愛する人と一生一緒にいること。
愛する人と一つになること。

ずっと大事にしてくださいね。
そう、ワタシは箱入り娘……

(了)

あとがき

タイトルに関しては、ファンの方本当にごめんなさい。

(11月16日追記)前作「薫の受難」が好感をもって外伝として迎え入れられ、気を良くした僕は2作目に取り掛かった。景浦大輔さんと下間都代子さんの「絡み膝」を聞いた7月1日(膝枕リレー32日目)だったように思う。

タイトルと主役は既に決まっていた。全体の流れも正調「膝枕」と下間都代子さん作「ナレーターが見た膝枕」(の一部)をmixさせるつもりで、先にセリフを抜き出していった。

本外伝の「箱入り娘膝枕」はカメラがついていないという設定である。つまり視覚情報が入ってこない。代わりに聴覚・触覚、さらにジャイロを使った"加速度覚"をフル活用するため、元の地の文をいくつか台詞として書き換えた。これは音声SNSであるclubhouseと非常に相性が良いのではないかと自負している。

箱入り娘の視点に少しでも近づくために、自分でもいろいろ試してみた。段ボール箱に入ったまま動くにはどうすればよいか。腰から下くらいが収まる程度の大きさのダンボールに座り、動いてみた。押し入れの中にノートパソコンを持ち込んだこともある。流石に正座の姿勢でお姫様抱っこは叶わなかったが、お尻を下にして壁にもたれると腰と膝がものすごく痛い。「お姫様抱っこはね、足を伸ばすから安定するのですよ。」という台詞は作者の悲鳴から生まれたと言っても過言ではない。

前作に続き、noteを黙読される方が面白いと思う表現手法はないだろうかという欲が出た。膝枕外伝以外にもいくつかの記事を書いていた僕は、noteの様々な機能を使いこなせるようになっていた。そこで、箱入り娘が箱の中で聞いた声は「コード」を使って背景を黒く、副次的に文字を少し小さくできた。

「コード」を使うと,背景が黒く、文字が小さくなる。

また、辞書を引く場面では「引用」を用いて本文と区別した。

「引用」は背景が灰色(?)になり、本文よりインデントが下がる。

公開して怒られるとしたらタイトルくらいだろうと思っていたが、11月16日時点で苦情は来ていない。むしろ言葉遊びが大好物の今井先生はじめ膝枕erの皆様には大変面白がっていただいた。自分の記事全体でも閲覧数・いいねの数ともに1位をキープしている。

スクリーンショット 2021-11-16 12.48.04

これはもちろん、膝開きいただいた徳田祐介さん、そしてホリべさん、kanaさん、夛華さん、小羽さんによる膝ジェット団、さらには総勢100人を超えた膝枕erの皆様、まだ見ぬ潜在膝枕erのおかげである事は言うまでもない。ありがたいことにに小羽さんは事あるごとに宣伝してくださっている。

また、きぃくんママさん作「箱入り娘膝枕の願い`七夕によせて’」、かわいいねこさん作「転生したら膝枕だった件」、「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢の膝枕に転生してしまった」に使っていただいたことも嬉しく思う。

最後に、箱入り娘膝枕がなぜ"Tonight"を知っていたのか。脳内設定はあるが、プログラミングでないことは断言しておく。

7月4日 記事公開。藤崎まりさんのstand.fmリンク、さんがつ亭しょこらさん作「無限膝枕編」を追加。
7月5日 今井先生作「箱入り娘に聞かせるピロートーク」版を追加。
7月6日 今井先生作「それからの膝枕」(6月16日twitter投稿)を追加。
7月7日 note本文を一部修正。(pdfに変更はありません)
7月8日 きぃくんママさん作「箱入り娘膝枕の願い`七夕によせて’」を追加。
7月9日 下間都代子さん、景浦大輔さんのYoutubeリンクを追加。
7月13日 今井先生作「脚本家が見た膝枕」、下間都代子さんの朗読を追加。
7月15日 今井先生作 「ワンオペ育児朗読」版を追加。
7月16日 今井先生作 「執刀医が見た膝枕」を追加。
7月18日 ホリべさん、kanaさん、夛華さん、小羽さん(膝ジェット団)が演じてくださいました。特別なアイコンに着替えていただき、僕自信が楽しんでいます。

初演時のスクリーンショット

7月19日 note本文を修正。「(書いていこう).pdf」、かわい いねこさん作「膝枕・禁断のBL展開!?」を追加。(気付くのが遅くなってすみません)
7月23日 kana kaede(楓)さん作「単身赴任夫の膝枕」(note)、河崎 卓也さん作「ヒサコ」、「僕のヒサコ」を追加。
7月25日 きぃくんママさん作「膝枕のねがひ 〜〜 わにだんバージョン」、観相家 サトウ純子さん作「占い師が観た膝枕 〜宅配の男編〜」を追加。
7月30日 かわい いねこさん作「転生したら膝枕だった件」を追加。
8月3日 原案・縁寿さん、潤色・今井先生「私が「膝枕」になった日─ある女優のインタビュー」を追加。
8月5日 まえがきを改訂。
8月15日 ホリべさん、kanaさん、夛華さん、小羽さん(膝ジェット団)が再演してくださいました。
 “Tonight“の部分を、このとき再放送していたラジオドラマ「走れ歌鉄!」(脚本:今井雅子)のメロディーに替えて歌ってくださるというサプライズ!
 青春アドベンチャー「走れ歌鉄!」については今井先生のnoteをご覧ください。

9月22日 kanaさん、賢太郎さんのstand.fmを追加。


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