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第4部 豪邸に暮らす[22]ジョージアン様式 Phillips 邸

22-1  Phillips Mansion

 スプリング•ブレイクが終わったが、厚い雲がデンヴァーの空を覆っている。暖かさが来るのは、当分先になるだろう。未だ、未だ、春は遠かった。
 朝の薄明りに春の訪れを感じた3月末のある日の朝。ホッとしたのも束の間、午後には小雪がちらつく、冬日に逆戻りした。
(何故か。この日からサマータイムが始まった......不思議な国だ)
 流雲に決断の時が迫っていた。夏になれば決断しなければならない。このまま何も達成せずに帰国するのか。不法移民としてアメリカに残るのか.....。

 ホーリーは、スプリングブレイクの後、キャンパス外の大学施設で働き始めていた。ポカポカ陽気のある日。ホーリーは朗報を持ってきた。
「Ryu, I've found a great job.....素晴らしい仕事を見つけたの......We could work together and live together. What do you think?..... 私と一緒に暮らしながら仕事ができるの、どう思う?」
「Holly, I can't work in the US. I'm a foreigner.......僕は外国人だから働け無いよ」
「That's okay, Ryu. You can work up to 20 hours a week on campus.......大学内で週に20時間以内なら大丈夫よ」
「Really?」
「Ryu, I like you so much I want to live with you......あなたのことが好きだから一緒に暮らしたいの....... It will save money and increase convenience, so let's live together......経済的に節約になるし利便性も増すから、一緒に暮らそう」
(どうしよう。2人でイーストコストから旅した時に、何となくこうなる予感はあったが。まさか彼女から、同棲の......)
「Holly, I am not sure I can live in the U.S., so I can't promise to be married to you. Are you still okay with that?...... 僕はこのままアメリカで暮らせるか分からないよ。結婚の約束もできないそれでも良いの?」
「Who knows what the future holds?」
「Holly, why are you so optimistic ..... 何でそんなに楽観的なの..... You grew up in a Catholic family, and you have no problem living together?......君はカトリック信者の家族に育っているのに、同棲することは問題ないの?」
「Not at all.」
 彼女の両親の顔が、目の前にちらつく。ホーリーの実家で数日過ごしただけだが、両親のホーリーへの深い愛情を感じた......「What will you tell your family?」と尋ねると、心配ないわ。両親には、昨晩......「I already told them.」
(こんなに簡単に同棲生活を初めて大丈夫なのだろうか?)

「Well, the deal is a live-in job. Of course, it's rent-free, what do you think?......住み込みで働く条件なのよ。勿論、家賃はタダよ、どう?」
 ホーリーの「一緒に住もうよ」のラブコールに困惑するが、同時にその魅力に心を揺さぶられる。大学に通学しながら働ければ、滞在期間は延長できる。それに、ホーリーとの同棲生活に夢が膨らむ。その魅惑に魅了される。
 放浪旅の目的は......、ホーリーとの巡り合いで、大きく流れを変えようとしている。
「Sure, I'm interested. What kind of work is it?......勿論、興味はあるよ。どんな仕事?」
「Can I go for the interview now?」
 突然、仕事先の面談に出かけることになった。
 DUから15分程の高級住宅街の一角に、緑の庭園の中にシンメトリーの美しい邸宅が建っている。石造りのゲートを抜けて、芝生の前庭を大きくカーブすると、煉瓦と石造りの建物の玄関前に到着する。
「Holly, Where is this place, a fancy mansion?.....何処なの随分立派な邸宅だけど?」
「Here is the Phillips Mansion. It is an architectural heritage of the English Georgian style......英国ジョージアン様式を継承した建築よ...... Isn't it beautiful?」
「......?」 
 煉瓦とコーナーストーンの外壁と柔らかなコーニスが美しく調和している。屋根の上には、煉瓦煙突が左右対称に何本も突き出ている。神殿風の三角形のペディメントとピラスターのファサードが、重厚な雰囲気を醸し出している。玄関前の左右にある大きな花鉢から、春の花香が辺りを柔らかく包み込んでいる。石段を数段上がると、ピラスターに囲まれた玄関アルコーブがある。中に立つと、カットガラスのペンダントライトが乱反射し足元を照らしている。正面の玄関ドアは、有に3メートルはある。
 ホーリーは、非日常の豪華な雰囲気に臆することなく、大きな玄関ドアに押し入って行く。 流雲は、気後れする気持ちを奮い立たせ......躊躇しながら、後に続いて玄関に入る。
 玄関内部は、大きなドアに反してそれ程広くない。左手にコートクローゼット、右手に木製の回転ドアがある。天井からシャンデリアが下がり、床に描かれた幾何学模様の装飾タイルを照らしている。
「This space is a windbreak.....このスペースは風除室よ...... It's unusual for this region to have a windbreak room......この地域では風除室があるのは珍しいわね...... It is common in the north of the East Coast......東海岸の北部では当たり前だけどね」  
(玄関ではなく、風除室なのか。だからそれ程広くはないのか......)

 重厚な回転ドアを押し室内に入ると、大きな吹き抜け空間がある。
 ロビーのような大広間の空間がある......「Holly, It's a big room. What is it?」
「This is a foyer.」
「何?フォイエ?何に使用する部屋なの?......Foyer? What is this room used for?」
「Lobby, entrance hall. A formal entrance to welcome guests......ここは、ゲストをお迎えするためのフォーマルな玄関よ」

 大広間のフォイエに入る。天井を見上げる......良く見ると、天井面にレースのような繊細な草花の風景のレリーフが刻まれている。高窓から差し込む陽光に反射し、微妙な浮き彫り加工されたレリーフが天井に趣のある雰囲気を造り出している。
 天井の廻りに縁どられた飾りを見上げていると.....すかさずホーリーが......「That's Crown Molding, a trim material to decorate the boundary between walls and ceilings......クラウン・モールディングよ。壁と天井の境目を装飾するトリム材......」

「Crown Molding......Elegant curves give the room a sophisticated feel......エレガントな曲線が部屋に洗練された雰囲気を与えているね」
「Crown's lineage reaches back to the ancient Greeks, who created the profiles and the rules of proportion that we still use some 2,500 years later......古代ギリシャ人が開発したの? 2,500 年経った今でも使用されているの?」
「.....Not just in historic buildings?.....昔の建物だけではないの?」

「Only, in the 18th century, American craftsmen began working with plaster and wood crowns,.....昔は重厚な石材、18世紀に入るとアメリカの職人たちはより柔軟で比較的軽量な漆喰や木製のクラウンで制作を...... rather than heavier stone, which was more flexible and relatively lightweight......より柔軟で比較的軽量な材料を」
「そうなの。この館のモールでイングは?......How about the moldings in this mansion?」
「The ceiling is plaster, and the walls seem to be made of wood......天井はプラスター、壁は木材が使用されているみたい」
「......」

 花草木や貝殻が彫刻された大理石の暖炉が向かい合っている。暖炉脇の漆喰壁に天井からタペストリーが架けられている。
「Ryu, the back side of this tapestry is hollow and leads to the basement.......タペストリーの裏側は空洞になっていて、地下室につながっているのよ」
「Why?」
「When welcoming guests to Foyer, background music......フォイエにゲストを迎える時のBGMよ......There is a pipe organ in the basement, and it serves as a speaker that plays music through the tapestry......地下にパイプオルガンが置かれてあり、両壁のタペストリーから音楽が流れるスピーカーの役割を果たしているの」
「Oh, really?......」

 フォイエに穏やかな笑顔湛えた白人男性が立っている。
「Ryu, This is Dr. Tom Williams, a psychiatrist, and professor at DU in charge of managing Phillips' estate.......トム・ウィリアムズ博士です。 精神科医で フィリップス邸の不動産管理を担当する DUの教授です」と、紹介する。
 真正面のフレンチドアを開き、全面ガラス張りのサンルームに招き入れられる。窓の外に広々としたパティオと芝生の庭が広がっている。暖かな陽射しが、ガラス越しに室内に差し込んでいる。窓際に置かれた花柄のソファーを薦められた。

「Nice to meet you. My name is Harumo Hongo, please call me Ryu.」
「How do you do? Good afternoon. Nice to meet you, Mr. Hongo. What are you studying now?」
「I'm still an ELS student. In Japan, I worked as a photographer. When I graduate, I want to study art..... 写真家として働いていました。卒業したら、美術の勉強を考えてます」
「The Phillips Mansion owned by DU...... フィリップス邸はDUが所有しています......I am currently in charge of the management of Phillips Manor.......私はフィリップス邸の管理を任されています........ We currently rent it out for corporate events such as seminars and conferences......現在、企業のセミナーや会議などに貸し出しています...... This year, we are planning to utilize it for parties such as weddings, dinners, etc.......今年度から結婚式や食事会などのパーティー会場に活用する予定です ....... So we are looking for staff to set up the event space.......そこで、会場の準備をするスタッフを募集してます」

 流雲は説明を聞く限り、単純な肉体労働のようだから仕事は問題無いだろうが......。本当に働けるのだろうか......。
「No problem. I think I can do the job......仕事は問題ありませんが...... I am a foreign student, can I work?......僕は留学生ですが、働けますか?」と確認すると.....。
「No problem for foreign students to work as long as the work is approved by the University.....留学生の就労は大学が承認した仕事であれば問題ありません」
「What exactly is the job of setting up the event space?」
「It's a simple job of setting up tables and chairs, cleaning, etc. Full-scale cleaning will be handled by a cleaning company......テーブルや椅子のセットやクリーニングなどの簡単な仕事になる。本格的なクリーニングは清掃会社が担当する」
 ホーリーの仕事はイベントの予約受付やスケジュール調整を行うアシスタント業務。流雲の仕事は、単純なイベント準備と後片付けの肉体労働になる。
(これで住む所が無料なら、楽な仕事だ.......)

「How is the working condition?......労働条件は?」
「According to DU regulations, the pay will be $120 per week for twenty hours of work per week,.....DUの規定で週20時間労働の週給120ドルになる.....The universities set hourly wages that consider the student's living support......大学は学生の生活支援を考慮した時給を設定している」
(なるほどね。学生の生活支援で時給が良いのか。月に500ドル近くなるからアルバイトとしては悪く無いな......)

「The place to live will be in the Servant's Quarters of the old days. It's small, so if two people live there, you can use three rooms......住む所は昔のサーバント居住区になる。狭いから二人で住むなら3部屋を使用できるけど」
「...... 」
「The Bathroom has been renovated, but you and I will share the kitchen in the mansion. I also live in this mansion, so we will be house-sharing......バストイレは改築されているが、キッチンは館のキッチンを僕と共同使用する。僕も、この館に住んでいるから、ハウスシェアリングすることになる」
「Professor Williams, if you hire me, I would like to work for you......ウィリアムズ教授、もし私を雇ってくださるなら働きたいと思います」
「Tom will be fine.  Yes, you will be working with Holly,.....ホーリーと一緒に仕事をすることになるから.....so if you need anything, please ask her......何かあったら彼女に聞いてください...... By the way, do you have a car? It's not convenient to take the bus to work.」
「Hi. I have a car.」
「You can't use the garage, but I hope it's ok. If you agree to these conditions, I think we're good to go......ガレージは使用できないけど良いかな。この条件で良ければ、決まりで良いかな」
「Yes. Would that be okay?」
(えぇ。決まりなの......? ラッキーだ) 

「Holly, I have a meeting at the university so I will first show you guys around Servant Quarters which will be upstairs.......私は大学で会議があるから、先に2階のアパートになるサーバント居住区を案内する...... After that, can you give him a tour of the mansion?......その後、彼に邸宅を案内してくれるかな?」
「Okaey, Tom. 」

 フォリエからダイニングルームを抜け、キッチン脇の階段を上がり2階に案内される。
 2階の廊下の両側に、沢山の部屋が並んでいた。母屋に比べ殺風景な味気ないスペースが広がっている。

「Holly, this is the Servant Quarters, but first time for you too, right?」
「Yes, it's my first time. There are a lot of rooms here......沢山が部屋があるのね」
「Half of it's used for storage......殆どが倉庫になっている......The rooms on the south side of the building will be your apartments......こちらの南側の部屋が、君たちのアパートになるスペースだ」
 天井が高く明るい部屋だが無機質な部屋は狭い。ひと部屋だけ間口の広い部屋があるが、間口が狭く奥行きのある部屋が並んでいる。すると、ホーリーが......。

「Tom, We can't live like this.  We need a remodel, but we don't have the extra money to renovate.......このままでは住めないわ。リフォームが必要だけど、私達にはリフォームする余分な費用は無いわ」
「Can't we just leave it as is?」
「It's nothing we can't live in, but it's not comfortable......快適には暮らせないわ」
「I see. Well, I'll ask the university's repair department.....そうか。大学の修繕課に相談してみるよ」
「If they're covering the cost of repairs, we could do simple DIY work like paintings?.......修繕費用を負担してくれるなら、DIYでペンキ塗りくらいはできるけど?」
「Okay, I'll negotiate with the university......分かった。大学と交渉するから...... I'll go to the university then, and show him the mansion......それじゃ大学に行ってくるから、邸宅を案内して......」
「We'll decide the start date later, while we look at your class schedule......開始時期は、後で、君のクラススケジュールを見ながら決めよう」
「……」

 2階で教授と別れる。
「Holly, Maybe you didn't have to negotiate so hard. I could put up with it......そんなに強気に交渉しなくても、我慢できるけど......」
「Ryu, No way. That way of thinking is not good...... 駄目よ。その考え方は良く無いわ......Negotiating benefits is essential, and you must not hesitate......待遇の交渉は重要よ、我慢するのは禁物よ」
「I guess so?」
 「Don't worry, you'll be fine.  Tom will prepare a budget for the renovation.......心配しないで大丈夫よ。トムは改築の予算を準備するから」
「.......?」
(この館に住むことができたら、素晴らしい経験になるけどなぁ.......) 



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