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第4部 豪邸に暮らす[22]ジョージアン様式 Phipps 邸

22-6 Country House の結婚式

 5月に入ると、デンヴァーの初夏の風物詩である「 Showers 」が毎日のように訪れる。傘をさすほどでもない軽い雨が、短時間に集中的にサーツと通り過ぎる。この「シャワー」は暑さを和らげてくれる恵みの雨であり、道行く人々に笑顔をもたらす。
雲ひとつない紺碧の空、晴天の日々が続く。街中を鮮やかに彩るヒヤシンス、チューリップ、デイジーなどの春から初夏にかけての花々が、一斉に花開く様子には驚かされた。人々の服装も、タンクトップやショートパンツに一気に変化し、夏の開放的なファッションが街を彩る。

 6月に入ると「シャワー」も収まり、日照時間が14時間を超える日々が続く。デンヴァーの年間日照日数が300日を超え、太陽の光を浴びながら「Outdoor」を楽しむライフスタイルが定着している。
 そして、この6月に「Garden Weddeing」 が、邸宅で行われることが決まった。これまでの小規模な披露宴とは異なり、今回は初めての大がかりな「Wedding Ceremony」となる。

 結婚式の準備に、流雲は多忙な日々になるると覚悟していた。しかし、意外なことに、流雲の仕事はイベント業者の会場設定の立ち合いの通常業務とほとんど変わらなかった。
 結婚式の準備はデンバーの老舗ホテル”The Brown Palace Hotel”が担当することになった。このホテルは1892年から、結婚式のプロデュースを手掛ける名門であり、ホテルの Catering Service が会場セットアップから飲食物の提供、配膳、撤収まで全てのサービスを提供する。

 流雲は結婚式の規模に驚いた。結婚式のセレモニーと披露宴は1日だけだが、会場の設営には2日間も時間を掛ける。屋外の”Lawn Bowling Green”でウェディング・セレモニーが行れる。そのために、祭壇やウェディング・アイルランナー、参列者席、音楽隊のステージ、披露宴用の木馬や遊具、模擬店のテントなどの設営が前々日に行われることになった。
 
 新郎新婦は、結婚式の前日と当日に邸宅に宿泊することになり、ホテルからメイドが派遣されると報告があった。
 邸宅周辺のセキュリティは、DUポリスが担当する。流雲とホーリーは、邸宅内の安全を確認をする役割が与えられた。特にゲストの子供達が邸宅内を遊び回るのを監視する。

 前日に花屋が大量の花を持って飾り付けにやって来た。
 この日、流雲は忙しくなった。ホテルの従業員は、アンティーク家具の取り扱いに慣れていたが、花屋の職人は、無造作にアンティーク家具の上に花瓶を置いていく。花瓶の敷物、水の差し方など覚えたての骨董品の手入れの指示に立ち会いに飛び回った。
 フラワー・アレンジメントに専門家の Wedding Florist が飾り付けに来た。室内やテーブルの上に、ピンクと紫を基調した花で飾られた。
 邸宅の薄暗い重厚感なインテリアが、見違えるように結婚式場らしい華やかな装いになった。外部は、パステルカラーのフラワーとグリーンの Wedding Arche、白を基調に、薔薇や百合の花が多用され、テーブルや椅子が美しく装飾された。 

 流雲は、アメリカの ” Formal Wedding Ceremony” の豪華さに驚きを隠せなかった。
「Holly, are American formal weddings as magnificent as this one?」
「This time is special. Both the ceremony and reception will be outdoors, and it's rare to have a wedding so big that there will be a food booth. I'm sure it's a corporate reception, but a private one. I'm sure they're wealthy.....しかも、模擬店を設置する結婚式は珍しいわ。企業レセプションではあるけど個人ではね。相当なお金持ちでしょうね」
「Of course. Usually, weddings are indoors. I heard this time it's a reception for 300 people. How is that in general?」
「Usually around 100 people, I think. I've never been to a garden wedding before either. I'm interested to see where and how they cut the wedding cake......個人的には、ガーデンウエディングで、 ケーキカットを何処でどうするのか、興味があるわ」
 ウイリアムス教授が......「Holly, How are our guest wedding preparations going?」
「Preparations seem to be going well. We're taking a break until the chef and maids arrive this evening.」
「How's the mansion's "Inventory lists of furnishings" paperwork going, are you on track?」と、流雲に語りかけてくる
「Professor, I would like to research and look into the history of the Country House.....の歴史を調べて見たいのですが?」
「Call me Tom. ...... You're a good idea. Certainly, the Phipps house is influenced by the country house. I agree. I accepted this wedding request because I, too, experienced the atmosphere of a lavish English-style country house wedding recreated at the Phipps Mansion........ 良いアイデアだよ。確かにフィップス邸がカントリー・ハウスの影響を受けている。同感だね。この結婚式の依頼を引き受けたのは、私も、イギリス風の贅沢なカントリー・ハウスの結婚式をフィップス邸で再現した時の雰囲気を体験したかったからです」
「I see, Tom. When did the wedding at the country house begin?」
「According to some scholars, country house weddings became popular among British aristocrats during the 18th and 19th centuries......英国貴族の間で本格的に普及したのは、18世紀から19世紀にかけてとされている」
「Well, thank you for your time. I will try to learn a little more about country houses.....もう少しカントリーハウスについて勉強してみます」
「Research the country house and continue to work on "Inventory lists of furnishings"......カントリー・ハウスを調べ....." Inventory lists of furnishings"の制作を続けて下さい......  Please stop by my office later and I will lend you a reference book on the history of the country house.....後で、私のオフィスに...... カントリーハウスの関連書籍を.....」

 午後にケータリングのシェフ、メイド達が到着する。総勢10人程で現れ、新婚前夜の夕食準備にキッチンで調理を始めた。我々のキッチンが占領されてしまった。
 ホーリーがあわてて、ウイリアムス教授に...... 結局、シェフと教授の話し合いで、今晩と明日の食事はシェフが調理することになった。

 夕刻、新郎新婦が到着する。館は緊張感に包まれる。2階の寝室にチェックインすると、メイド達は夕食の準備に忙しそうに動き回っている。ディナーはダイニングルームでサーブされる。
 2人は、新郎新婦の邪魔にならないように2階の居室に上がる。何時も静寂に包まれる邸宅の階下からざわつく音が聞こえるような気がした。メインハウスの音が聞こえる筈が無いのに気配を感じてしまう。

 流雲は、夜10時過ぎにメイド達が帰ると邸宅の戸締りに階下に降りていく。館の中に新婚前夜のカップルが居るからか、緊張し何時もより入念に戸締り確認をする。
 館の中に新婚前夜のカップルが居るだけで、2人は居室で息をひそめて小声で話している。テレビも点けずに、ホーリーは本を読んでいる。

 流雲も、” The history of country house weddings in England” の本を開いて、読み始める。
「英国中世の封建制度時代に建てられた領主の館を Manor House と呼び、16世紀以降に貴族や裕福なジェントリ層が、建築した邸宅が Country Houseと呼ばれた」と、ある。

「Holly, what kind of people are the Wealthy Gentry class in the UK?」
「Ryu, That's the traditional upper class in the UK, with a lot of local political power.」
「Oh, I see. What kind of characteristics do they have?」
「Ryu, in medieval England, there were manors, and a Manor House was a mansion or castle owned by the lord of the manor......中世の英国には荘園があり、荘園領主が所有する邸宅や城を Manor House と呼んでいたの...... A country house is not a manor house, but a mansion owned by a noble and gentry in a farming community......カントリー・ハウスは荘園領主の邸宅でなく、貴族、ジェントリー層の地主が農村地区に所有していた邸宅よ」
「I see」
「Ryu, The gentry layer played a variety of roles, including local administration, maintenance of public order, and court proceedings..... ジェントリー層は、地方行政官や裁判官など様々な役割を......They also participated in politics as members of Parliament and contributed significantly to the stability and development of British society......また議会のメンバーとして政治にも参加し、イギリス社会の安定と発展に大きく貢献した」
「 What was their lifestyle like?」
「The Gentry were extensive landowners and lived in mansions called Country House. They lived an elegant life, enjoying sports such as hunting and horseback riding, and patronizing art and culture.....彼らは優雅な生活を送り、狩猟や乗馬などのスポーツを楽しみ、芸術や文化を愛好した」

「英国 Country House Weddings の歴史は中世にまで遡る。当時は、新郎新婦は豪華な衣装を身に纏い、盛大な披露宴が行われた。18世紀になると、ウェディングはより洗練されたエレガントなスタイルへと変化し、貴族階級にとって自分たちのステータスを示す重要なイベントになった。また、披露宴も形式化され、現代の結婚式に近い形へと進化した。
 20世紀に Country House Weddings が流行した。その背景には、自然回帰運動を推奨する William Morris の『Arts and Crafts Movement』と『Romanticism』の影響があった。さらに、写真技術の発達により、魅力的なカントリーハウス・ウェディングの写真が雑誌に掲載されるようになり、その流行に拍車をかけた」と、記述されていた。

 時代的に、中産階級が裕福になり貴族階級が経済的に困窮し、邸宅の維持が困難になり、邸宅をビジネスに活用するしかなかったのだろう。アーツ・アンド・クラフツ運動が、カントリハウス・ウエディングに影響を与えたのは、少し驚きだった。

「Holly, I wonder how the Arts and Crafts Movement influenced the Country House Weddings?」
「Ryu, It is. I think it has something to do with William Morris's novel News from Nowhere.....それはね。ウィリアム・モリスの小説『News from Nowhere』が関係していると思うわ」
「Holly, William Morris is not only a designer, he also writes novels. I didn't know that.」
「The novel is about a journey in search of a utopian ideal, but it is set in the country house where Morris lived, a "Kelmscott Manor"......ユートピアの探求を題材にした小説に、モリスが住んでいたカントリーハウスの『ケルムスコット・マナー』が……」
「What is it about?」
「The rustic décor of country life and the return to nature of a country house are beautifully portrayed……素朴な装飾と自然回帰する Country House の生活を美しく描いているの」
「I see what you mean, It's like the origin of the Arts and Crafts Movement..... アーツ・アンド・クラフツ運動の原点のようなものだね」
 確かに、カントリーハウスの写真を見れば、誰もが憧れる優雅なインテリアと美しい庭園囲まれた自然豊かな暮らしが、表現されている。

  結婚式当日の朝。5時半にコックとメイド達が来ると、早朝から忙しかった。朝7時にはケータリング・スタッフが続々と到着する。二手に分かれ、セレモニー会場の設営と披露宴のセットアップが、本格的にスタートした。衣装係が到着すると、ウエディング・ドレスの着付けが2階で始まった。すると、ケータリング・マネージャーから、流雲とホーリーもスタッフ用の礼装が貸し出され、スケジュール表が手渡される。

  • 午前11時 :ゲストは会場に到着し、歓迎ドリンクや軽食をサーブする。

  • 12時前  :挙式の準備を完了。ゲストは式典会場に案内する。

  • 12時      :セレモニーが始まる。

  • 挙式後   :新郎新婦は式典会場、ゲストは祝福の花束を投げる。

  • 午後       :新郎新婦は写真撮影。ゲストはカクテルパーティーへ。

  • 午後2時頃:披露宴が始まる。

  • 午後4時頃:新郎新婦はケーキ入刀。

  • 午後5時頃:ゲストはディナー。

  • 午後6時頃:新郎新婦は最初のダンス。

  • 午後8時頃:新郎新婦は退場し、パーティ解散。

 流雲とホーリーは、2階に上がり正装に着替える。ウイリアムス教授もタキシード姿に着替えると、セレモニー会場のローン・ボウリング場に向かっていった。
 10時半を過ぎると、ゲストが続々と到着する。ゲストをフォイエに迎え入れると、メイド達が、トレイに載せた歓迎ドリンクや軽食をサーブして回っている。
 流雲とホーリーは、交代でゲストのグループをローン・ボウリング場の挙式場に案内する。ローン・ボウリング場の正面に、緑とピンクと白の花で美しく飾られた緑豊かなウェディングアーチが立っている。

 祭壇の前に牧師が登場し、セレモニーが始まる。
 2人に束の間の休息が訪れる。流雲は2階のテラスから、ローン・ボウリング場のセレモニーを見下ろす。カメラを取り出しレンズを磨きながらファインダーを覗く。
 鮮やかな緑の芝生と糸杉に囲まれた中で、緑葉のウェディングアーチに純白のウエディングドレス姿はメルヘンな世界のように輝いている。豪華な結婚式の風景を切り撮る。

 午前中から、庭園にテントが設営され、300席のテーブル席とパティオにカクテル・バーが設けられ、披露宴の準備が完了する。
 午後にはセレモニーに参加した100人程のゲスト。そして披露宴に参加する200人のゲストが、館に押し寄せてくる。 
 新郎新婦の写真撮影に流雲も駆り出される。カメラマンはダイニングルームの撮影を希望していた。ダイニングルームは、この館の中で最も高貴な雰囲気の漂う空間であり、撮影に最適な場所だろう。壁と天井には上質なチェリー材のパネリングが使用されている。赤褐色の木目がシャンデリアの光に反射し、室内に高級家具のような趣を演出している。
 部屋の中央には、ダイヤモンドのように煌めく Waterford のクリスタル・シャンデリアが2つ、部屋を照らしている。
 シャンデリアの下には、26人が座れる豪華なマホガニーのテーブルがあり、優雅さと格式を醸し出している。
 カメラマンは宮殿のような優雅さが漂う空間を眺め回し、流雲に.....「Could we move the dining room table out of the way?」と尋ねてくる。「I can't put it away, but can I remove the leaf and make it smaller?......リーフを取り外し小さくすることは出来ますが?」と流雲は答える。

 ダイニングテーブルは、George Prince of Wales の時代に用いられた Regency 様式の壮麗な大テーブルである。このマホガニー製のダイニングテーブルは片側に12人、総勢26人が座れる。長手方向は長さ30フィートもある。両端に主人の座る場所があり、その幅は4フィートを超える。また、主人の足元には「呼び出しボタン」が設置されている。
 テーブルは直線的でシャープな鋭いラインに特徴があり、その縁にはルネサンス期にイタリアで発展した美術技法のインレイ加工が施されている。木材の表面に唐草模様の細かな溝が彫られ、ローズウッドが嵌め込まれた木象嵌細工の唐草模様が、職人技の高さを表現している。このテーブルには、「leaf」と呼ばれる拡張用天板が複数枚あり、外す順序に特定のルールがある。繊細なアンティーク家具を扱うには、ウィリアムズ教授の技量が必要だった。作業が終わると、ダイニングテーブルは丁寧に部屋の隅に置かれた。

 初めて見るウェディングフォトの撮影に、流雲は興味深そうに見入っていた。すると、カメラマンが「Aren't you a photographer too?」と尋ねた。
「What? How do you know?」
「You are in sync with my breathing. The photographer's awareness comes naturally......君は僕の呼吸に同期している。カメラマンの意識が自然に出ている」
「I'm sorry. If it interferes with the filming, I will leave the room.」
「Nope. Good. You're not a caretaker in this building, are you? I'm David, and you are?」
「Ryu, I am an international student and I work and live here.」
「Why don't you just do your wedding photography here?」
「I have no experience shooting wedding photos and I have experience shooting only nature subjects.......ウエディング・フォトの撮影は経験が無く、自然相手の撮影経験しか......」
「My specialty is ski photography, but I don't have work in the spring and summer, so I do wedding photography......俺の専門はスキー写真だけど、春と夏は仕事がないからウエディング・フォトさ...... It's easier to work with people than with nature because it's less dangerous......自然相手より人間相手の方が、危険が少なくて楽だよ」

 カメラマンのデヴィッドは、シャンデリアの光が..... 滝を流れる雫が降り注ぐような、煌めく幻想的な光景を演出し、その光景の中に、花嫁の姿を切り撮っていた。
 彼の構図選びのセンスに彼の技術力が伺えた。そしてデヴィッドはポラロイドを活用して構図を確認する方法を取り入れていた。これは、花嫁にポーズを確認するのに最適な方法だろう。日本ではポラロイドを使用するプロを見たことがないが...... いるのだろうか。

 ダイニングルームの撮影を終えると、デヴィッドは大階段に移動した。
 吹き抜け空間の中に、大理石の円形廻り階段がある。渦巻き状にカーブを描きながら地下まで続いている。白いドーム天井からは自然光が差し込み、円筒形のシャンデリアが大理石の階段を照らしている。唐草模様のアイアン手摺と優雅なバーガンディ色のペルシャ絨毯がエレガントな空間を演出している。
 彼は大階段を見上げて.....「Marble Circular Staircase with plain design. A simple iron handrail is sophisticated and nice. Nothing flashy or showy.....大理石の円形廻り階段のプレーンなデザインが上品だし、シンプルなアイアンの手摺も洗練されている。ゴテゴテした派手さが無くて」......と呟きながら......「Is this chandelier also Waterfold?」と尋ねてくる。
「Yes, this is also Waterfold's crystal chandelier」と応えると.......「 I love the sparkle, it's not glittery and it has a nice calm glow to it.....ギラギラして無くて落ち着いた輝きが」

 階段踊り場に、人の背丈より大きな「Grandfather Clock」が置かれている。
「Have the bride stand in front of this grandfather clock for a photo!.....時計の前に花嫁を立たせて、写真を撮ろう」
「Hi David. To give a little background, the Grandfather was a gift from Mr. Andrew Carnegie, and the portrait hanging on the wall is of Mrs. Margaret.......時計はアンドリュー・カーネギィー氏の寄贈品であり肖像画はマーガレット夫人です」
「Actually, I'd like to get rid of the portrait. Shoot agitatedly from below so it won't be in the background......本当は肖像画を消したいんですけどね。下から煽って撮って背景にならないようにするか......」

 円形廻り階段の踊り場で撮影を開始する。花嫁を踊り場に立たせて、華やかなウェディングドレスを足元いっぱいに広げる。グリーンの小花と緑葉が白バラを包み込んだシンプルなブーケを持たせる。まるで妖精が舞い降りたかのようなシーンは、花嫁をより可憐に、華やかに美しく引き立てている。緊張と興奮に花嫁の頬がほんのりと紅くそまり、初々しく美しく輝いている。階段の下では、花婿と両親が花嫁を見上げて微笑んでいる。

 邸宅内の撮影が終わると、デヴィッドは庭園の撮影に新郎新婦と伴って出て行く時、流雲に名刺を手渡しながら......「Ryu, If you ever consider making a living as a photographer, contact me, I'd love to see your work......カメラマンで飯を食うことを考えたら連絡を.....君の作品を見たいな」と、声を掛けて庭園に向かった。

 流雲とホーリーは、披露宴に出席するゲストをフォイエで迎えている。
 新郎新婦のために写真撮影用にダイニングルームと2階は立ち入り禁止にしたが、披露宴に参加するゲストの邸宅見学は避けられない。フォイエで迎えたゲスト達をビリヤード室から図書室を経由し、グレートルームを抜けて、庭園で行われる披露宴会場に導くルートを決めていた。

 流雲は、ビリヤード室にゲスト達を案内する。木壁は淡いモスグリーンにペイントされ、粗い木綿織のラグがフロアリングの上に敷かれてある。
「This is an Üşaklag, an antique rug made in western Turkey. It features a floral design like this one......これはウシャクラグでトルコ西部で作られたアンティークのラグで特徴は花柄のデザインです」 
 ビリヤード室の中央に置かれた革張りの天板を取り外すと、ビリヤード・テーブルが現れる。クラシックな英国風の壁掛けのランプ、レザー張りのソファーや椅子が置かれている。上品な室内の天井に色鮮やかなフレスコ画が一面に描かれている。
「There is a hidden wall door where billiard balls and cues are stored......壁には隠し扉があり、ビリヤードのボールやキューが保管されています...... The ceiling mural is an illustration of the War of the Roses......天井の壁画は、中世バラ戦争のイラストが描かれています」
「Oh, that's very beautifully painted.」と、感嘆の声が上がる。 

「Next to this room is the Library room.....この隣の部屋は図書室です」       
「This library's paneling and ceiling material were all brought from a castle in England......この図書室のパネリングも天井材も、全てイギリスのお城から持ってきたものです」
「Amazing.......」
 暖炉上の壁にある植物の彫刻が飾られている。ゲスト達は、植物の細かな詳細が浮き彫りされた素晴らしい木彫に見惚れている。
「This limewood sculpture was commissioned by Mr. Phipps, who liked the sculpture at Windsor Castle so much that he commissioned a replica of Grinling Gibbons' sculpture....ライム材の彫刻は、フィップス氏がウィンザー城の彫刻を気に入り、Grinling Gibbons の彫刻のレプリカを依頼した物です」
「.......」        
 書棚に物凄い量の書籍が整然と並んでいる。ホリーが、部屋の隅にある真鍮製の梯子を移動させて、書架から書籍を取り出す。革装丁にPhipps家の家紋が刻印されている。
「The library has a collection of approximately 10,000 books. Inside are first editions from all over the world.....蔵書は約1万冊あります。中には、世界各国の初版本が並んでいます」

 ホールウエィからダブルドアを開き、ホーリーがゲストを部屋に招き入れる。
「This is the Great Room. It's 1,000 square feet of space.....ここはグレートルームです。広さは1,000平方フィートあります」
「Great Room, huh? That's a big room to call a living room. Is this the family living room?.....確かにリビングルームと呼ぶには大きな部屋ね。家族のリビングなの?」
「The family's living room is located on the second floor...... 家族のリビングルームは2階にあり....... I understand it was used for family concerts and big parties........家族の演奏会や大きなパーティの時に使用されていたと聞いています」

 自然光が降り注ぐ「Great Room」は明るく、飴色の木地を白ぽっく染めた独特の色合いのオーストリア産オーク材の羽目板が室内を暖かく包んでいる。部屋の中央に、縦横180センチはある大きな暖炉がある。暖炉の上に白頭鷲が羽を広げた木彫が掲げられている。
「Well, it's a large sculpture. The room is so big, it doesn't feel out of place........まぁ、随分大きな彫刻ね。部屋が大きいから違和感がないのね」
 白頭鷲の彫刻とゴールドの刺繍に縁どられたワインレッドのソファーが、豪華さを演出している。北側の高窓の前には、2台のグランドピアノが配置されている。
「The wood carving above this door is the Phipps family crest!.....ドア上の木彫は、フィップス家の家紋です」と、ホーリが説明している。
 グレートルームのワインレッドのテーブル上に、ひと際大きな薔薇の生花が飾られ、古き良き英国の趣を感じさせている。赤ワインのような深い色合いの薔薇を包み込むように、白薔薇やガーベラやカーネーションの花々が、貴婦人のように艶やかな香りを漂わせている。
 南側の大きなガラス窓から、広大な庭が隅々まで見渡せる。

 流雲は、フレンチドアを開けて、パティオからゲストを庭園に案内する。まばゆいほどの陽射しが降り注ぐ、庭園に足を踏み出す。パティオの前には、緑の芝生に囲まれた鏡のような水面がある。反射プールの静かな水面に、絵葉書のようにくっきりと美しく邸宅をに映している。微かな風が水面をそっと撫でると、糸杉の若草色の並木が波紋になびき、若草色の帯が揺れている。陽光のきらめきに反射する水面、そこに投影された邸宅と庭園の美しい風景は、名画鑑賞に匹敵する。反射プールの脇を歩き、薔薇園に足を踏み入れる。

 赤薔薇や白薔薇など鮮やかな色彩の薔薇が咲き誇り、風に揺れる春色の薔薇たちが豊かな色彩と芳醇な香りでゲストを魅了する。
 薔薇園から新緑の葉が香る常緑樹の生垣を抜けると、庭一面に新芽が芽吹いた柔らかな若草色の絨毯が広がっている。微風に芝の葉が揺れる、緑のさざ波のように揺れている。柔らかな触感が足元を包み込む。

 流雲はゲストを披露宴が行われるテント内の椅子席に案内する。
 テーブル席に着席したゲストに、メイドが......「The reception food will be served at the tables, but please feel free to bring your appetizers and drinks from the food booth over there.......披露宴のお食事は、テーブルでサーブされますが、アピタイザーやドリンクはあちらの模擬店でご自由にご注文ください」と、アナウンスしている。
 続々とゲストが到着する。何時も静寂に包まれている庭園から、パーティの騒めきと元気にはしゃぎ回る子供の声が聞こえてくる。300名を超えるゲストが見守る中、披露宴が始まった。披露宴の始まりと共に流雲とホーリーにやっと休息のひと時が訪れる。

 パティオの椅子に腰かけると、メイドがアイスティをサーブしてくれた。
「Thank you for your hard work. It must have been hard for you because you are not used to it......お疲れさま。なれないから大変だったでしょう...... After this, it will be our turn to work, so please rest well......私たちが働く番だから、ゆっくり休んでね.....シェフが夕食をの準備が終わる頃.....下に降りてきて本当にお疲れ様」と、忙しそうに披露宴に向かっていった。

 2人は裏階段から自室に戻る。パティのざわめきが、庭園から聞こえてくる。何時も静けさの中に沈む邸宅に、時折、どよめきが流れてくる。明るさを取り戻した灯りのように、邸宅が暖かさに包まれる。人の賑わいが、新たな息吹を与え、邸宅に活気をもたらしてくれた。

 ダラダラと続くと思われた披露宴は、割とあっさりと終わった。
 9時を少し回った頃に招待客が帰り始めた。2人は慌ててフォイエに降りて行く。フォイエは、車待ちの招待客が混雑し始めている。
 招待客の車は、Valet Parking の駐車係がテニスハウスの駐車場から移動させなければならない。
 ホーリーは招待客の接待に当たり、流雲は招待客の車種とプレート番号を聞き、3人の駐車係に手渡す。駐車係がフル回転で車を移動させる。車が到着すると次々とゲストは帰路に着く。

 10時過ぎにパーティはお開きになった。300人を超える招待客の豪華な「Country Wedding 」はどんな終わり方をするのかと……興味津々だったが、結婚式はあっけなくお開きになった。本格的な後片付けは明日になり、メイド達が帰ったのは11時を過ぎていた。

 新郎新婦は、新婚初夜をメインハウスで迎える。
今宵も、2人は息を潜めるように、音をたてないように静かにベッドに…..。
 翌朝、ケータリング会社が、朝食サーブに来る。新郎新婦は、2階のパティオで優雅な朝食を済ませると、リムジンが迎えに来て、ハネムーンに旅立っていった。

 


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