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武者は花のように

旅から帰ると嬉しき便りが。

倉岡邱人先生は書家にして明暗尺八練達の人。
風雅を愛し、尚武を尊み、度々義侠を行う。

私にすれば酒飲みの師にして、錬誠館道場の篇額を刻みだして下さった大恩の方だ。

今は故郷の熊本益城に隠棲して、白髪長眉まさに仙人のような様子で暮らしておられる。

この度の便りは端午の節句の祝い。
男という文字が、二枚の便箋のなか実に二十箇所も記されていたのが師らしくて良かった。

手紙には、昨今の男の男らしさの廃れ行くを、さむらいの居ない世を嘆くともなく嘆き、憂うと書かずに憂いているのがよく解った。

やむにやまれぬやまとたましい

一途に黙々と生きてきた師にすれば、女が女らしくなくなった責任はひとえに、男が男を廃業し、さむらいが護ることを辞めた処に在る、と。

世に花が咲かなくなった、と。

私に言わせれば、それこそ時節、世相がそれを歓ばないなら仕方無し、なのだが、師にしてみればそんな時節にこそ狂を以てさむらいを任じる生き方を貫け………と言うのだろう。

世の中、意味のない処に意味があり、有意義に見える所に空虚さが漂うこともあり。

渾身無着処………精進を誓う結びの言葉として、この偈が添えられていた。

喜寿を前に、文武の意気益々軒昂なる倉岡先生にして、満々と湛えし渕の静けさを観た。

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