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緑青の汚名を返上するのです。(一部未確認でごめんなさい)その2

「なんかの小説かなんかにな、緑青で殺人するってのがあってさ、それでみんな信じたまんまになっちまってるんだよなあ」と、僕の鋳造の師匠(大学時代の教授ですが)は仰ってたのですがその「小説かなんか」を僕は読んだことがないのです。

これが未確認の部分。どなたかご存知でしたら教えてください。

さて、JISの「靑」に驚きすぎて全く緑青の毒性について触れることができませんでした。で、これをFacebookに書いたところ皆さん反応がありまして。やはり80年代くらいまでは毒として認識、教育されていた模様です。

(佐原さまの記事で非常に丁寧に公式発表をまとめられたものがありましたこちらもぜひ参考にしていただければと思います→緑青が毒だという根拠は?

で、でも実際に亡くなった方もいる模様。それを考えると簡単に毒ではないと言い切れないところもあります。果たしてきちんと説明しきれるのか多少不安になりながらですが進めていきたいと思います。

結論から言えば「ヒ素」

緑青の中毒はそれに含有する「ヒ素」が原因です。ヒ素は「硫砒鉄鉱(FeAsS)」という形で銅や錫などの重金属の鉱床に伴って発見されます。現在の重金属産出国でもこの製錬技術研究がなされている、また併せて物性特徴が近いところを考えると(こちら)、分析科学が未熟だった時代では銅が毒であると言われても仕方のないことなのかもと思います。

実際に毒があるし、、なあ、、

弥生時代から飛鳥奈良へと銅の精錬技術は向上したのですが、やはり当然のことながらヒ素という概念はなかったと考えて良いと思います。なので「緑青は毒」は経験としては間違ってないとも言えます。ちなみにそのヒ素濃度の分析値により、奈良の大仏が山口県美祢市産の銅を用いたということもわかってきています。

いっこめの犯人(と、思われる)

こうして「緑青は毒」は、経験則としてある程度定着していたのではないかという予想が立ちます。そんな中19世紀のドイツで「花緑青」が発明されてしまいます。鮮やかなエメラルドグリーン。顔料としてヒット商品になったことは容易に想像がつきます。「花緑青」という和名がついていることから考えても江戸時代の日本にも持ち込まれていたと考えるほうが妥当な気がしています。

で、この花緑青、 Cu(C2H3O2)2·3Cu(AsO2)2という化学式で、銅の水酸化物とヒ素の酸化物が結合した形となります。実際これでヨーロッパもヒ素中毒が発生するという事態になっていました。これが決定打となって、銅・緑青は毒であると認識されてしまったのでありました。

ちなみにこの合成顔料である「花緑青」の出る前の緑は?というと「孔雀石(これも銅の化合鉱物)」を砕いたものであることがわかっています。銅鉱物と硫砒鉄鉱が同鉱から出ていることを考えると孔雀石にヒ素が含有されていないということも考えにくいですが、現在も孔雀石自体は天然顔料として画材屋さんに売っていることを考えると問題はないのだろうと思います。

古典技法の鼻薬

我々金属メーカーは古典技法による緑青色つけをする場合があります。実は緑青自体は「酸化」ではなく銅の錯イオン形成からの「水酸化」の「塩」です。そのため銅の表面に錯イオンを作るために使用するのがアンモニアになります。通常古典技法で使うのは「塩化アンモニウム」を水に溶かしたものです。その水溶液中で銅は[Cu(H2O)4]2+の錯イオンを形成します。

で、塩化アンモニウムだけでも塩(緑青)はできるのですが、様々な緑色を出すために古典技法では「酢酸銅」や「硫酸銅」を耳掻き一杯くらい添加してやるのです。昔はこのページの表紙のような「試薬」もなく、また緑青は「育つもの」として考えられていたので、古い仏像や銅器の緑青を削り取ってそれを「鼻薬」として添加しました。

美意識中心で生きているものにとって、実はこれが厄介なところなんですが、ヒ素(というかヒ素含有の緑青)が入った緑は青が深く、非常に美しくなることが古典技法の経験値として知られていたそうなのです。もっときれいなものを目指したらそうなってしまうのは仕方ない気もします。仕方なくないんだけど。

ここで余談ですが。

塩化アンモニウムを使う方法を書きましたが、実はアンモニア(NH3)なら銅の錯体から緑青を作ることができまして、アンモニア水による色つけをする方法もあります。アンモニアを容器に移しその上に銅を置くと気化したアンモニアが銅に付着し緑青を形成します。藍色に近い濃いブルーでとてもきれいなのですが、反応速度が早く皮膜がすぐに表面を覆ってしまうため、指で触ると取れてしまうような弱いものになります。

で、これまた面白いのですが、古典(どこまで古典かわからないですすいません)技法の中で「便所吊るし」というものがあるのです。ポットン便所の中に紐で銅製品をぶら下げて1年くらい放っておくそうです。汲み取られる前の糞尿から蒸発したアンモニアが複雑な緑青の景色を生み出す。今ではなかなか真似できないやり方ですが経験的にアンモニアが結果的に緑青をつけるということを学んだ先人の知恵だよなあと思います。ちなみに僕の師匠のご自宅は福岡県の宗像市ですがそれをやりたくて水洗化を断ったとおっしゃってました。

もう一人の犯人

記憶から辿る、緑青、というか銅を毒にしたもう一人の犯人は「足尾鉱毒事件」です。僕が子供の頃は「足尾銅山事件」と習いました。「天皇陛下に直訴までした田中正造」北九州も同じように公害のあった地ですからより熱心に教科書に載っていたのかもしれません。しかし「足尾『銅』山」でした。本件も結果的には硫砒鉄鉱によるヒ素汚染、またイタイイタイ病の原因でもある「カドミウム」も検出されたことがわかっています。

しかし日本最初の公害訴訟として足尾『銅』山が我々の記憶に100年刻まれたわけで、「銅は有害である」は1980年代まで常識とされたのだろうと推察します。

もちろん「銅」は金属ですので、過剰に接種して良いものではないです(もちろんふりかけみたいに食べる人はいない)。ただ他の重金属(カドミウムや水銀)と比べればとるに足りないものであることは間違いないことだと言えます。

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緑青の化学組成は塩基性硫酸銅や塩基性炭酸銅だと思うのですが、銅を含むので当然多量摂取は人体に有害ですね(大方の金属は多量摂取すれば有害ですが)。毒物かどうかという話になれば、塩基性硫酸銅でLD50=2000mg/kg以上, 塩基性炭酸銅でLD50=1350mg/kg (いずれもラット経口投与) なので、毒物どころか劇物ですらないですね。ヒトに換算すると、一度に100g以上食べれば死ぬかもしれないといった感じです。

ちなみに他の物質の毒性と比べると、例えばカフェインのLD50=200mg/kg, ビタミンDのそれは22mg/kgなので、カフェインは緑青の7〜10倍、ビタミンDは60〜90倍毒性が強いのです。(カフェインは劇物、ビタミンDは毒物)カフェインはまだしも、ビタミンなのに毒物って意外ですよね。

(巣山 治彦さま調べ・LD50についてはこちら
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まあこうやって書きながらも「あの美しい緑はそりゃあ体に良いものには見えないよなあ」とか「やっぱカビと重ねちゃうよね」とか「奈良の大仏舐めても平気とはとても言えないよなあ」とかいろいろ考えましたけど、少しでも参考にしていただけたら良いなあと思うのです。




参考文献(順不同)

銅系緑色顔料の多様性とその使用例
日本画における青色をめぐる心象の遠像・近像表現
銅原料中のヒ素低減技術動向
最近の研究から -毒の華-
東大寺大仏に使われた「銅の軌跡」
ウィキペディア「花緑青」
第4節 遷移元素とその化合物
東横化学NH3
ウィキペディア「足尾鉱毒事件」
佐原 誠さまnote「緑青が有毒だという根拠は? 厚生労働省の書類を文字起こし(抜粋)しておく。」



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