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『枯れ葉』日記

思えば、朝からついていなかった。

そこそこの人数がひどい目にあうタイプの悪夢をみてぐったりしながら駅へ行き、
改札を出ようとするもPASMO残高が足らず、財布もなし
(西日本ではチャージしてなくても改札に入れるという話、本当だった)。

謝り倒してなんとか駅を出たものの、
電子マネーで買った昼食がわりのポテトを、一つも食べることなくすべて床にぶちまける。
なんなら体調もうっすら悪い。

すげ〜日だ。もはやすげ〜が過ぎてニヤニヤしてしまう。

ポテトには本当に申し訳ないことをした。けど、この際写真でも撮ればよかった、と無賃乗車ポテトぶちまけ人は思った。




ど平日なのに劇場はかなり混んでいて、みんなこの作品に期待をしていたんだと分かる。
アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』だ。

『枯れ葉』のポスター。上部背景はターコイズ色、ロゴは黄色で書かれている。下部は映画のワンシーン。主人公二人が食事を共にしている。
映画館のポスター、上手く撮れたためしなし



年末に『パラダイスの夕暮れ』を観てからすっかりハマってしまい、
ついで『真夜中の虹』、『浮き雲』も観た。
だから最新作が公開すると聞いたときからずっと待っていたのだった。


すべてを鑑賞したわけではないけど、カウリスマキ(弟)作品は台詞もかなり少なく、内容も大抵暗い。
主人公は高確率で追い剥ぎに遭う。
誰かがもうずっと酒を飲んでいるか、ずっとタバコを吸っている。

でもそんななかで、笑っていいのかさえ分からない、ちょっとクスッとする絶妙なユーモアが唐突に差し込まれる。

実際、今回も何度か笑いをこらえるのに必死になったし、何人か声をあげて笑っている人がいてよかった。
笑っていいんだな。

男性二人が酒場にいる。一人が酒を飲み、一人はじっと考え事をしている。後ろの方でミュージシャン二人組がパフォーマンスをしている。
のんでる(左が主人公ホラッパ、右が自称カラオケ王)


出てくる役はみんなほとんど表情がなく、愛想もない。

女性三人が険しい顔をしてこちらを見ている。
このシーンよかった(真ん中が主人公アンサ)


なんなら出てくるミュージシャン二人組もガチでずっと真顔で歌う。

パフォーマンス中のアーティスト(マウステテュトットという姉妹ユニット)
元々そういうスタイルのユニットらしい


いや、にこにこして歌う歌でもないからいいのだけれど、とにかくすごく徹底している。

乏しい表情、短い会話、
なのに出てくる人々はみんなことごとく、なぜかとてもチャーミングだ。



フィンランドという国の内情に詳しくはないけど、場面はとにかくすさんでいる。

勤務先のスーパーや工場の殺風景さとか、工事機材の砂にまみれた様子がある分、家具や衣服の鮮やかさが嬉しい。寒い国の映画だとわかる。

ポスターにも使用された一幕。アンサの家で向かい合って食事をするホラッパ
シーンがきれい


アンサとホラッパ、その仲間たちは労働、食事、気のない娯楽を繰り返す。解雇されたり、就職したり、また解雇されたり。

日々を過ごすために生きるのでなく、生きているから日々をやり過ごす。

経営者と話す主人公。4分遅刻中
遅刻して怒られながらはたらく



ときどきラジオが、今もなお行われている戦争を報じる。
情報だけが淡々と繰り返されるなかで見境なく奪われる命、その理不尽さ。
嫌になって局をかえたり、行き場のない怒りをぶつけたりしながら、結局何も出来ずに聞いている。
鑑賞者のわたしたちもそれをじっと見つめる。

状況も次元もまったく違うし、比べるものでもない。
けれど先の見えない不安は世界のそこかしこに曇っている。



そんなままならなさを継続するなかで、ある日誰かと出会い、ふとその人のことを考える。
瞬間、思いを代弁するかのような音楽が流れる。
まるでチューニングが合うように。

アンサとホラッパが握手している。まだお互いの名前を知らなあ
再会の握手


ミュージカルは歌に自分の心を乗せるものだから、この映画は実質踊らないミュージカルみたいなものかもしれない。
あまり表情は変わらず、むすっとしたままだったりするけど。

ホラッパを迎えに来たアンサ。ひょんなことから飼い始めた愛犬と一緒。
アンサ 本当に好き


愛があればなんとでもなる、という思想があったとして、わたしはそんなことはないと思う。

けどなぜかこの不器用さが愛おしく、人と人とが繋がった、その先に待つもののことを信じたくなる。

そういう風に思えた、とてもいい映画だった。
アンサが付けた愛犬の名前は監督のオマージュらしいけれど、
わたしにはちょっとした希望にも思えた。


映画が終わったあと、そういえばキーケースに現金あった! と気づいてこれまた平謝りをしながら駅に駆け込んだ。

悪いことは続くときは続く。でも人生はたまに楽しい。
愚かな乗客を許してくれた駅員さんに感謝して、今日のことを反芻しつつ家に帰った。

記事内の写真は1枚目を除いてすべて上記リンクより。

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