みんみんと

    みんみんと蝉が泣いているから、遠くの山があんなにも青い。
 足元に帽子を置き、こうして揺れてみるとわかる。蝉の泣き声が響く世界は色彩に満ちている。空は遠く、山よりもさらに濃く、青い。
 風に吹かれて、白い帽子が転がっていく。わたしの帽子が消えていく。こうして静かに揺れているあいだに、風に吹かれて消えていく。
 わたしの帽子がだれかに拾われることはない。道のない斜面を転がっていった帽子は、やがて川に落ちる。濁った水に慕われて少しずつ重みを増していった帽子は、だしぬけに沈んで見えなくなる。そして、二度と姿を現さない。
 これは何かの寓話ではない。蝉の泣き声を聞きながら揺れてみて初めてわかる、鈍器のような真実にすぎない。

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