ミーコ姫

クラニーせんせい(作家・倉阪鬼一郎)の秘書をしています。黒猫のぬいぐるみです。よろしくにゃ。

青い花瓶のある室内

その花瓶がいつからそこに置かれているのか、もう知る者はいない。
 集合住宅の七階の久しくドアが開いていない室内に、青い花瓶が置かれている。うっすらと埃をかぶっている花瓶は値打ちのあるものには見えない。見たところは名もなきただの花瓶だ。
 その花瓶に特別な価値があるとすれば、置かれていた場所だ。七階の窓際の室内からはかなり遠くまで景色を見晴らすことができる。
 あの日、青い花瓶は見た。いともたやすく

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迷宮

迷宮の扉が開くのは、百年に一度だと伝えられている。
 あくまでも伝承だから、真偽のほどはわからない。そもそも、迷宮それ自体がどこにあるのか、黴臭い地図は何も伝えない。
 迷宮の扉は、古い書物の一度も開かれたことがないページに似ている。なぜかそこだけが封印されており、いまだかつてだれにも読まれたことがないのだ。
 ただし、それはうらぶれた伝承によくあるような禁断の書のたぐいではない。古い書物のそのペ

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牧場

飼育されているのは、一匹の猿だ。なぜ牧場で猿が飼育されるようになったのか、経緯はひどくわかりにくい。ゆえに、だれも語ることができない。
 風采の上がらない一匹の猿は、べつに乳を出すわけではない。旨い肉になるわけでもない。ただの猿としてそこにいる。
 年取った猿はときおり青空を眺める。そのさまは何かを思い出そうとしているように見える。
 だが、猿はずっと猿だった。猿以外の何者でもなかった。猿がかろう

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踏切

その踏切は開かずの踏切ではない。
 開かずの踏切ならさして珍しくはない。警報機が頻繁に鳴り、列車が通る。昏倒しそうになるほど長いあいだ待たなければ、遮断機が上がることはない。
 しかし、その踏切は開かずの踏切ではない。なにしろ、いままでに一度も開いたことがないのだから。
 そこでは常に警報機が作動している。かなり間延びした、弔鐘のような警報が鳴りつづけている。遮断機の手前には、白い目をした人々が並

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氷山

氷山ではときおり薔薇が咲く。赤い薔薇が咲く。
 増殖と分裂を繰り返す氷山は氷の塊だ。氷であり、氷でしかないそのつるつるした表面に、真っ赤な花弁が嘘のように浮かび出ることがある。いや、本当に嘘なのかもしれない。氷であり、氷でしかないものから薔薇など咲くはずがない。
 長く氷でありつづけたものがありもしないまぼろしを見るのは、さして珍しいことではない。それが赤い薔薇だったとしても、何の不思議があるだろ

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干潟

干潟では大規模な開発事業が企画されている。目玉になるのは、大きなこけしを立てることだ。普通に大きいだけではいけない。見るものが卒倒するほどの大きさでなければ、わざわざ造る値打ちがない。
 全国から集められたこけし職人たちは首をひねった。それほどまでに大きなこけしは、だれも造ったことがなかったからだ。
 とにかく首が造られることになったが、絵付けの段階で意見が分かれた。目の直径を何メートルにするかで

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