悪所

    その橋を渡ると悪所になる。
 遠い昔から、そこは悪所として知られていた。橋向こうへ行けば、悪に染まる。ひとたび悪に染まれば、もう普通の生活に戻ることはできない。
 銭を数える代わりに、骨の数を勘定する。その手で殺した屍体にいくつ骨があったか、正確に申し立てることができるようになったら、もう一人前の悪だ。だれに憚ることなく、思うさま悪所へ通うことができる。
 悪、と染め抜いた黒い法被を着て、男たちは走る。橋を駆け抜け、夜を走る。母のように光る悪所へといっさんに走っていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?