ほくほくと

 

    ほくほくと温かいものを胸に抱いて、土手の道を歩いた。
 顔をお貸ししましょうと娘が言うから、ありがたく頂戴することにした。ただし、きちんとすげ替えるまでだれにも見られてはいけません、覗いてもいけません、もし約束を破ったら顔は顔ではなくなります、とくどいくらいに念を押された。だから、慎重に包みにくるんで、ここまで運んできた。
 土手の寂しい道は相変わらず人影が乏しかったが、たまさかすれ違う人は例外なく驚愕の色を浮かべた。わたしの顔を指さしたまま腰を抜かした老婆もいた。
 これはいったいどうしたことか。驚き怪しんでいるうち、急に包みが冷たくなってきた。狼狽したわたしは約束を忘れた。胸に抱いていたものを覗いてしまった。
 それはもう顔ではなかった。美しかった娘の顔ではなかった。ただぶよぶよとした、冷たい塊にすぎなかった。

(『ふるふると顫えながら開く黒い本』より)

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