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森の番人

振り返ると、そこは暗闇だった
目を凝らすとかろうじて一筋の光が見えた

あれからだいぶ時間が経った
相変わらず、暗闇のなかにかろうじて光の筋が見えた
だが、よく見ると色が違っているようだ
いまでは青みがなくなり、赤みを帯びている

これはドップラー効果だろう
暗闇のかなたにあるものは、まるで逃げるように遠ざかっているのだ
しかも逃げ足が速まっている
ということは、光の波長はやがて肉眼では見えない赤外線領域になってしまうのか

この原理は宇宙観測に用いられている
ジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡は遠い天体からの赤外線を観測する
130億年以上前の初期宇宙の時代の天体から発せられた光は、膨張する宇宙では、既に赤外線になっている
それをいま捕えているのだ

森の神様は言った
赤外線が見える者を連れてまいれ

蛇と吸血コウモリが現れた
彼らはこうして森の番人になった
以来、ずっと森の暗闇を見つめ続けている

番人の前を木こりが通りかかった
何をしているのか、と尋ねた
いや、頼まれたから、赤外線監視カメラみたいなことをナチュラルにやっているんで
森の神様は、宇宙望遠鏡の大ファンなんだって

木こりは首を傾げた
逃げ足早く遠ざかる敵よりも、接近する敵を見張っている方がいいのではないの?

番人たちは笑った
この森に接近する敵なんていないよ
たちまち殲滅されてしまう
だから逃げ足早く去ってゆくばかりだ
それを見張るのが番人の仕事だ

振り返ると、そこは暗闇だった
目を凝らしても何も見えない暗闇だった
(612字)

2023年4月下旬頃からシロクマ文芸部の企画に毎週参加させて頂いています。2024年4月まで1年ぴったりの継続のつもりです。金曜午前(早朝)に投稿します。今回のお題は「振り返る」が書き出しでした。どうぞよろしくお願いいたします。


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