特殊なケースでは免疫抑制療法を選択することもある

ここまで述べてきたような生活の工夫を行い、薬剤を使っても、あまり効果が出ずにほぼ一日寝たきりで起きられない患者さんがいます。その場合、次のステップとして免疫に働きかける治療を考慮することがあります。

これまでもPOTSの原因として、免疫の異常があるのではないかと考えられていました。というのも、免疫系が強くはたらく風邪や胃腸炎などの感染症をきっかけに発症する場合があるからです。また、POTS患者さんの約2割は、関節リウマチやシェーグレン症候群のように、免疫系が自分自身を攻撃してしまう自己免疫疾患を合併しています。以上をふまえて考えると、すべてのケースにあてはまるとは限りませんが、何らかの免疫反応がPOTSの発症に寄与しているのかもしれません。

もちろん、誰にでもこの治療を用いるわけではありません。日常の家事や、近所のコンビニエンスストアに行くなど、ごく軽い日々の生活が行えないほど症状が強く、かつ血液検査で自律神経に関係する特殊な抗体が検出された場合に限られます。

免疫の異常が原因である場合の治療法はまだ研究の段階

私たちの体は、つねに細菌やウイルスなどの病原体にさらされています。このような病原体に感染するとさまざまな病状が現れます。しかし、実際には大部分の人が健康に生活しています。これは私たちの体に、免疫能と呼ばれる病原体から身を守る働きが備わっているからです。

免疫グロブリン(Immunoglobulin、略称Ig)は、病原体から身体を防御するタンパク質です。これは血液や組織液の中に含まれていて、免疫能の中で大きな役割を担っています。

免疫グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類があり、それぞれの分子量に加え、働く場所や時期にも違いがあります。この中ではIgGがもっとも多く、血中の免疫グロブリンの8割を占めています。このように、特定の異物を体内から除去する分子のことを抗体と呼びます。

ふだんは体内で外敵に対して闘うはずの免疫システムですが、何らかのきっかけで、身体の正常な組織を攻撃したり、必要な機能を邪魔したりする抗体が作られることがあります。

たとえば、自分自身を攻撃してしまうような免疫ブロブリンが作られてしまうと、その結果として、細胞が傷ついたり、機能が十分に果たせなくなったりするのです。

これまでの研究で、POTS患者さんには、アドレナリン受容体や自律神経節という中枢から末梢の臓器へ枝分かれする途中の「乗りかえ駅」のような部分に作用する自己抗体があるケースが判明してきました。

これらの自律神経に関連する抗体が認められた患者さんに、正常な人から集められたIgGを大量に投与したり、副腎皮質ステロイドや、IgGをつくるB細胞リンパ球の働きを抑えるリツキサンという薬などの免疫能を抑える薬を使用したりすることで、POTSの症状が改善したという研究論文があります。

しかし残念ながら、日本ではPOTS患者に認められる自己抗体の測定は、海外や国内の限られた会社でしか行われていません。

現在のところ、診断そのものが困難なうえに、ここで挙げた治療法も健康保険の適用外です。重症で難治な患者さんのために、今後の研究に期待が寄せられます。


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