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短編小説、ショートショート

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短編小説、ショートショートはこちらにまとめています。創作作品はタイトルに『二重カギカッコ』をつけています。
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2019年8月の記事一覧

『余白』

仕事中、ふと視線を感じて後ろを振り返った。 私の背後には、部署を仕切るように配置されたキャビネットがある。 子どもの身長くらいの高さで、立てばフロアを見渡せるが座っていると視界は遮られる。 念のため立ち上がって周囲を見回してみた。 キャビネット越しに誰かが立ち寄った様子もなく、少し離れた部署で数人の社員がモニターに向かって黙々とキーボードを打つ姿が見えるだけだった。 似たような感覚は、打ち合わせ中にもあった。 簡易パーテーションで囲まれた会議スペースは、密室ではないものの視

『ビール』

ポストに入っていた不在通知には、実家からの荷物が記されていた。 連絡後すぐに来てくれた再配達のお兄さんにお礼を言って、使い回された信州リンゴの白い段ボール箱を受け取った。 ガムテープを剥がすと、中身はいつものレトルト食品、果物、缶詰、菓子類。 地元銘菓の詰め合わせは職場への配慮だろう。 そして、これら不揃いの荷物の隙間を埋めるように、缶ビールが詰められていた。 大手メーカーのラガービールと、地元のクラフトビール。 発泡酒ではなくビールだ。 就職を機に実家を離れて数年。 一

『ヨーグルトからシューズへ』-工房2-

ショーケースに並べたヨーグルトを見て、男は一息ついた。 完成した素材は朽ちることなくその姿を保ち続ける。 作品を仕上げるまでは本当に大変だった。 必要に応じていくつも買い込んだヨーグルトは、次々と賞味期限を迎える。 悪くなる前に食べる。 そして不足したヨーグルトをまた買い増す。 作品に取り組んでいる間も常に、どれかのヨーグルトの賞味期限がやってくる。 永遠に終わらないのではないか。 そんな不安とともに過ごした2ヶ月は、ショーケースに並んだ完成品を眺める事で深い満足感に変