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ヒロシイズム8

里山、田圃、左手に大きくオートバイ、焚火台の上、バウルーにのせたジョンソンヴィル、立ち昇る煙、戦闘飯盒、空からシャワーみたく斜めに降り注ぐ陽光。オートバイとソーセージと戦闘飯盒。そうキャプションを付けたインスタグラムの写真が入賞した。

ロスコスケーターズランタン発売記念フォトグランプリ開催、審査員は焚火会メンバーの、ベアーズ島田キャンプさん、スパローズ大和さん、第一弾は戦闘飯盒、第二弾はランタンで計100名に景品が当たる、グランプリ、準グランプリ、島田賞、大和賞、ロスコ賞、いいね賞、それぞれ一名ずつ、入賞44名で50名、それが2回開催されるので景品が当たるのは計100名。第一弾の戦闘飯盒のコンテストで俺の写真は入賞作品44分の1に選ばれた、のである。郵送された入賞景品は、ボールペン、手拭い、ステッカーの3点だった。グランプリは焚火台、準グランプリはリュックだから、はっきり言って参加賞みたいな粗品である。まあ一応は選ばれたので、何も貰えないよりは無論、嬉しかった。どうやら燻る承認欲求は少し満たされたようだったが、今度はもっといい賞を取りたい、憧れのキャンプ芸人から賞賛されたい、周囲に自慢したい、欲望は果てない、俺はミリタリーショップスワットでスケーターズランタンを購入した。第二弾フォトグランプリで賞を取りたいが故に。結果発表はYouTubeの生配信で行われる。第一弾戦闘飯盒フォトグランプリ結果発表の生配信で審査員の大和さんは選考基準について仰った。飯盒が中心、主役の写真を選んだ、似たような写真が多かった、キャンプ場で焚火にくべた飯盒的な、それでもいいけどライバルが多くて違いを出さないと目立たない、例えばだけど街中でOLが信号待ちで飯盒持ってる写真とか目を引くよね、うろ覚えだけどそんな感じの事を語っておられた。成る程。にゃるほど。

ランタンを購入したその足で、俺は珈琲店へ向かった。そこの店主は野人、雑誌にコラムを寄稿しているオートバイ野営の達人である。俺は野人に何故か酷く嫌われているらしく、金ば払よるけん話ば聞いてやりよるだけたい、アンタが帰った後は二度と来んなって塩ば撒きよるったい、こん挙動不審が、などおよそ客とは思えない罵詈雑言を面と向かって浴びせられる関係であるが、中古のテント、珈琲豆の麻袋を無料で貰ったりととても世話になっている。野人に新しいランタンを買った旨を伝えたところ、見せろ、開けろ、点けろ、今客おらんぞ、写真ば撮れ、デカか、小さか、光の具合ば考えろ、助言を頂きながら、珈琲店内でランタン写真を撮りインスタにアップすると、審査員の大和さんからコメントが届く。キャンプ場じゃなくてもいいっすね。手応え、アリ。夜、ミリタリーショップのキュートな看板娘ギャル店員氏に協力を仰ぎ、写真撮影、モデルを依頼する。コンセプトは寒い冬の夜、マッチうりの少女みたく頭に赤い頭巾(百均のバンダナ)を巻き、ランタンを売りつつ暖をとる、貧しく哀れな少女、でも爪は派手にデコレーションでめっちゃギャル、そのギャップ萌え。渋滞してねえスカ、ギャル氏は軽く異論を挟むも、ランタンうりの少女と題した写真に、これめっちゃいいっすね、入賞しますよ。第一弾戦闘飯盒で準グランプリを受賞した方からコメントを頂いた。イケるかも。フラグが立つ、とはこういう事だろうか。

右足水漏れ、左足踵に痛み。ヒロシさんコスプレ用で買ったサバゲー用ブーツが潰れた。ネットで安く買ったヤツでキャンプで使い沖縄にも履いて行った。一年間もったからいいとしよう。そういや年末にヒロシさんはベアーズ島田さんとお揃いのブーツを買ったらしい。茶革でサイドジッパー付きのモデルだ。3月中旬に熊本でイベントがあるから俺も同じブーツを買おうか。どのメーカーか調べるの面倒臭えから、ワロシさんにLINEした。あの人は既にお揃いを購入済みである。二、三万で買えたら買おう。ワロシさんから早速返信が届き、俺はブーツの画像をタップする、数字が目に映る、71500(税別)な、なな、税込で8万くらいっすね、は、ははは、はち、た、高いっすね、無理して買わなくてもいいんじゃない、買えねえです、俺はネットで6000円のサバゲー用ブーツを注文したものの、71500という数字がまだずっと瞼の裏で回転し続けたままだった。

ディディガルガル入荷。ヘレナイフ、ノルウェー生まれの美しいナイフ。ヒロシさんが誕生日に焚火会メンバーから貰ったナイフだ。価格は2万ちょっと。今使っているスウェーデン製モーラナイフは2千円ちょっとだったからおよそ10倍のお値段、品薄だったけれどミリタリーショップスワットにやっと入荷したらしい。ヒロシさん使ってる逸品すね、高いっすよね、やっと入荷しました、そこをなんとか検討して下さい絵文字、そんなやり取りをネットで交わし、俺は検討した。回転する71500という数字が俺の金銭感覚を狂わせていた。2万、や、安いじゃないか。でもモーラ10本分か、買おう、買うけれども何か条件が欲しい、買う理由を明確にしたい。そうだ。スケーターズランタンフォトグランプリの結果次第にしよう。俺は考えられる三つのパターンを想定した。

A:入賞。やったー、嬉しい、その勢いでナイフ購入。
 
B:落選。悔しい、クソが、その勢いでナイフ購入。

C:落選。ナイフ売り切れ。

フォトグランプリの結果に関わらず、ナイフが売り切れてない限り、俺はディディガルガルを買う。どうなろうと2万払うのだ。俺はヒロシさんと同じナイフを買う。ヒロシイズム。

生配信が始まった。

おーい後にしましょう、後にしましょう、これだけこれだけ、大和賞としてこれだけ、僕もこれ思ってました、だから後にします、OK、はい、いーや、フハハハハ、俺の言う事、なんで俺の言う事、これだけお願いしやす、なんで俺の言う事聞くの嫌なんすか、島ちゃん、フッフフフ、はあい、これね、ランタンうりの少女、やっぱね、わかるわあ、ちゃんと表に出て来てるしマッチうりの少女という、感じとか、やっぱなんか人と違う事やってる感じで、と、迷った、あと人がいる事でより温もりが伝わりますよね、火のありがたみとか、あのー、どのように扱ってるかとか、すごく良くわかって、家でね、ほっかむり被ってしてんの想像したら、この両手で両手でこうやって置くところがまた、この可愛らしい、でツーパターンかスリーパターンかで撮ってて、えー、ランタンうりの少女にしようか迷ったんですけど、聖なる光、猪木……。

結論から申し上げると、俺の送った作品は名が付いた賞からは、漏れた。審査員の大和さんは惜しくも選外になった作品を途中で発表しようとし、島田さんは最後に言った方がいいと揉めていた。まあどっちも一理あるが、俺の中では、落選した事に変わりは無い。受賞作品が発表されるたびに、チャット欄では、おめでとうございます、すごい、いい写真ですね、受賞者を称えるコメントが溢れた。俺は自分の事しか考えていなかった。考えられなかった。コメントを送る気にならなかった。他人を祝福出来なかった。正直に言おう。俺は、悲しかった。悔しかった。落ち込んだ。胸の中にあった淡く小さくない期待が身体から音もなく外に抜け落ちた。俺は、抜け殻になった。膝から崩れ落ちそうな、感覚。配信が終わる。仕方が無かった。別に落選しても何事も無かったかのように日常は続く。俺には死ぬまで俺の人生があるだけだ。オートバイでソロキャンプに出かけ、過疎YouTubeかけうどんチャンネルを懲りずに上げ続けるだけだ。ただフォトグランプリの結果発表生配信が始まるまでの胸の高まりは、平坦な日常を刺激するスパイスだった。W杯の日本戦の前、若しくはWBC準決勝メキシコ戦の9裏くらいの、ドキドキ。縄文土器弥生土器。

外は雨だった。俺はバスに乗った。スワットでナイフを買う。Bだ。落選、悔しい、ナイフのパターン。ディディガルガルありますか、えっと、一昨日売れちゃって、はあ!なんすか!Cじゃないっすか!なんでCになるんすか!……は?C?みたいな会話があったかと言えば、まあ無かった。けれど実際にヒロシさん使用モデル、ディディガルガルは無かった。ヘレナイフの別モデル、テマガミが一本あった。お値段はディディガルガルより少しお安い。シースが茶色で格好いい。現行のディディガルガルのシースは黒、ヒロシさんのディディガルガルのシースは、茶色。俺は何が何でもヒロシさんと同じ物が欲しい訳じゃない。同じような物、で十分なのだ。だって俺は偽偽ヒロシ、自称三代目偽ヒロシ、初代偽ヒロシたるワロシさんより、クオリティが大分落ちた、謂わば劣化版なのだ。

というわけで、俺はヘレナイフ、テマガミを手に入れた。やたあー!これはセルジオ越後がアジア杯2004準決勝バーレーン戦、延長前半3分玉田圭司のゴールの際に叫んだ台詞であり、俺はフォトグランプリで受賞したらチャット欄に、やたあー!(セルジオ越後風)、と書こうと思っていたのである。誰にも伝わんねえだろうけど。

ロスコからDMが届く。画像付きだ。入賞しました、惜しくも上位入賞から溢れてしまった作品として紹介されてます、おこぼれ作品としてささやかながらおまけでステッカーを付け足します。

で、俺は。やたあー!(セルジオ越後風)


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