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ヒロシイズム6

「魂を送ります」

初代偽ヒロシことワロシさんからLINEが届いた。添付された画像には、人気芸人イベント開催決定!!ヒロシさん大和一孝さんトークショー、Q&A、サイン入りグッズが当たる抽選会などを予定。50名様限定。そう記されてある。URLにアクセスし、応募フォームを入力し、送信すると、5分と待たずに、ご当選おめでとうございます!!抽選の結果、お客様が当選されましたのでご連絡いたします、とメールを受信した。ラッキーである。僥倖である。

その日、夜勤を終えた俺は、首元を鋏で切り、ほつれた糸屑をライターで焼いた黒のHIROSHI DEATH Tシャツの上に、つい先日届いたTHE SPIDER LILLYパーカーを重ね、アウターにカッツアーマーのドカジャンを羽織り、野外洋袴ヒロシ特別モデルを履き、足元はAmazonで買ったサンドベージュのサバゲー用ブーツ、中身は汚れた仕事用のシャツ、下着やタオルしか入っていないサイバトロンのザックを背負い、頭にヒロシコーポレーションタオルを巻き、黒のマスクを着け、勇躍、地下鉄に乗り込んだ。単独犯はちと恥ずかしくて車内では不貞寝を決め込んだ。川端商店街を抜け、キャナルシティ博多に辿り着く。地下の喫煙所でセブンスターを一本吸ってから、エスカレーターでアルペン福岡、会場入りする。外から見えないように衝立で仕切られた空間かなと思ったが、外から丸見えで黄色い鎖が張られ、人数分の簡素な椅子が設えてあるだけであった。前から二列目の席に陣取り、見知った顔のファンの方に軽く会釈して、開演時間まで不貞寝する。夜勤明けで実際眠くて良かった、と思う。どうやら地方都市福岡に於いて、完全コスプレの酔狂野郎は今日に限ってかどうかは知らぬが、ただ俺一人だけ、のようだった。普段していないマスクの下が蒸れて熱を帯びていた。アルペンの係員がマイク越しに、本日は許可を得ているので写真動画撮影自由だと説明する。俺はドカジャンのポケットから携帯を取り出すも、少し考えて、またポケットに戻した。時が、来る。

天孫降臨。

係の拍手お願いします、の後、舞台の左手、店内の奥の方からヒロシさん、大和さんが歩いてくる。ちと距離があり登壇するまで間があって微妙な空気が流れる。ヒロシさんは黒のパーカーに野外用袴、頭にタオル、靴は黒の多分ドクターマーチンだ。大和さんはメイドインヤマトのオーバーオールだ。お二人は会場を見渡し、緑の服の人が多いね、キャンプ好きが集まってるのかな、と仰る。出だしに何を話されたか、俺は記憶が曖昧だ。写真、動画を撮ろうか迷っていたのだ。自由と言っても、まあ、YouTubeに上げるのは話が違ってくるだろうし、撮ったら上げたくなるだろうし、ヒロシさんを神と崇める俺がその御姿を無断掲載するのは不敬、冒涜、背徳行為に当たる気がしたのだ。俺は、一切写真も動画も撮らなかった。神と目が合う。

「あら、今日も来てるね。この人はワロシさんと言ってね。この前テレビにも出て共演して…」

「もうタレントさんですよ」大和さんも乗っかる。完全に勘違いされていた。俺を二人ともワロシさんだと思ってトークが進んでいる。一観客が大きい声を出してトークを遮る訳にもいかず、大和さんに手を振って合図を送る。大和さんは半年程前に東京でお話しさせて頂いたから、記憶にある筈だ。「あっ、この人、ワロシさんじゃない。偽偽ヒロシ…。かけうどんさん、だ」「…俺、かけうどんさんの事は知らないんだけど」神の口から、おお、かけうどん、という言葉が発された。記念すべき瞬間であった。これで認識して貰えたのかも知れない。やったじゃん、俺。「前に出る勇気ある?」「はい」大和さんに促され登壇する。畏れ多い。みんなヒロシさん(と、大和さん)を見に来ているのに。俺は単なるしがないサラリーマンに過ぎないのに。まあ、知名度皆無の弱小YouTubeもやってるけれど。サイバトロンのザックを見せたり今日の服装を説明したりする。神の目は、優しい。「真似するに当たって難しいものってある?」神が秋冬に着てるカーキ?のジャケット、おそらく北欧で買った物、と答えると「ああ!あれね!一点物だから、作ろうか考えてたんだけど、結構金かかんのよ」神の声が弾んでいて俺は安心する。パーカーを捲り上げて中に着ているTシャツを見せると、意に反し、神は俺の股間を指差し「包茎?」と一言。「むけてます」俺の返事で会場に笑いは、起きなかった。俯いたまま俺は、マスクの下、頬を赤く染めて席に戻った。

即興クイズ大会。正解者にはサイン入りタオル。「欲しい人、挙手!」登壇したしタオル持ってるし、しゃしゃり出過ぎるのは良くないかな、じっとしていると「何、俺はいらねえって顔してんの?」神に弄られる。「焚火会メンバーの頭文字クイズ、最初の一文字言うから誰か当てて」大和さんから出題される。俺はどの頭文字が出てもカンニング竹山!とボケようかと考える。「入ってねえよ!絶対入れねえよ!」で盛り上がる、かもと。「こ!」「河本太!」所詮サラリーマンの俺には勇気が無かった。普通に正解を出してしまった。速攻でサイン入りタオルをゲットしてしまった。申し訳ない。次の問題から流石に遠慮した。「このケトルのブランドは?」女性ファンの方が「コールマン」見事に正解される。また神と目が合った。「いや、この人、わかってたのにわざと手を上げなかったんだよ。奥床しい、ね。これが俺のファンだ!」神に褒められた。感激である。本当はトランギアかコールマンどっちかな、とわかってなかったんだけど。

「ちょっと過激な発言もありましたんで、動画をSNS等に上げるのはご注意頂いて…」「はあ?どこが」トークショーの終わりにアルペンの係員とヒロシさんのやり取りに緊張が走る。と、言う事でトークショーの詳細な中身は留守電にキック皮肉なメカニズムUhバイブル彼女の過激Uhモダンな彼女の刺激、みたいな内容だった、と言うことにしておこう。あんま言わんでね、炎上すっかも、だと。初めて聞く話多くて楽しめた。帰宅し、仮眠し、俺は晩飯に部屋の瓦斯焜炉に火をつけ戦闘飯盒で水蒸気炊飯、レトルトカレーを温め、食した後に、この文章を頭にタオルを巻いたまま書き連ねている。俺がこの文章で言いたい事はただ一つ。

俺は、包茎じゃあ、ない。


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