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2024.

心地よいヒーリングミュージックがリビングのBOSEから流れでている。
時おりまじる季節外れな鈴虫やひぐらしの鳴き声がまた、私を異世界への揺蕩いに誘う。

四季のある国に生まれたことを光栄におもった。
今朝のニュースによると今週の最高気温は5度ほどで、早朝や夜間は氷点下に至るという。驚くべきかな、これがもうあと6ヶ月ほど経ったなら、人はラフなTシャツと短パンに身を包んで、小型のファンを片手に街を歩くのだろう。

エアコンのフィルター交換が済んでいないからと、冬至を過ぎた今日とて未だスイッチは入れられていない。カビ臭さに耐えきれないという同居人が、昨夜の晩酌で冷えがつのり、一度だけ運転させた切りだった。
芯から冷えるこの寒さ。夏になれば恋しくもなるのだろうか。それは、今のこの不安定な暮らしにも言えることなのだろうか。何も朝一番から厭世的になることもないが、いつまで経ってもこの不安が私の背後に付き纏っているのは否めない。

変わらず、美しい音楽は鳴り続いている。

年末年始の休暇を台湾で過ごして、その余韻が
新年からはや1週間経った今も心地よく脳裏で波打つ。
秋口から定期的にランニングを始めていたのだけれど、熱帯気候に恵まれた南の孤島で過ごす中で暫く絶っていた紙タバコに手を戻し、ランニングの習慣も知らぬ間に消え去ってしまった。

そこで見聞きした日本と台湾、それを取り巻く中国やその他列国のかつての情勢。そして現在の台湾国民と、旅の中で出会う人たちとの会話。旅の同胞との間の心境。
全てが複雑に絡み合った結果なのか、未だないくらいに、健かな心持ちで新年を迎えることができたようにおもう。

そのためか、音楽に心を紛らわすことも、いつの間にか忘れていた。
気がつかないほどに自然に音楽を流し続ける必要はなかったのだ。聴きたいと思うものを、聴きたいと思った時に流せばいいのだった。

美しいものをたくさん見にした。珍しい街並みをたくさん歩いた。国籍や年齢の異なる人とたくさん出会って話をした。
四季も、それから音楽も、これらと同様にそうだった。今もまだ明白な道先が決まっているわけではない。それでも、『I Always Wanna Die』にあるような、絶望的な心境にあるわけでは決してないのだと思う。

2024年のはじまりをこんな気持ちで迎えられているのだ。何かが変わる年になっているのだろう。

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