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「どっかそのへん」の眼前

「眼前」という言葉に、どきっとする。

道を歩いているとき。机上で考え事をしているとき。ぼうっとタバコを吸っているとき。
その時、一体全体わたしはどこを見つめているんだろうか。

目はその時、じつはカメラのように働いている。

どの場所ともいえない場所に、習慣と身体の構造から自然に身についた場所にフォーカスポイントを据えている。
それは『どっかこのへん』としか言いようのない場所で、でもそれは決まってメートル単位なんかで言い表せられるような明確な距離で。

辞書に記された「眼前」とは、個々人の視覚に委ねられた『そのへん』なのだ。あなたとそのフォーカスポイントまでを結ぶ二点間の距離こそが、じつは今までの経験と選択とを決定づけているようにも思える。
わたしの生き方も、その普段目にする『そのへん』の範疇からは決して逃れられないも、それがずっとずっと連続性を保ちながら揺蕩い々々い変遷を経ていくのだ思う。

この敷衍のしかたはいささか飛躍が過ぎるだろうか。いや、そんなことはない。毎日見る眼前の『そのへん』は、常にフォーカスを変えることなく連続しながらふっと気がつくとどこか知らない国へ移り変わっているかもしれないのだから。

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