この世界から出て行った私たちと

この世界から出て行った私たちと残った彼らの運命

私の名前はクルヨ。現在24歳。今、大学院で「平和学」を学んでいる。

現代の平和を考える上で、絶対に外せない歴史の分岐点が、私が生まれた24年前の2016年に、当時のアメリカ国家に誕生したトランプ政権だろう。

その前後に、事実を重視する者とフェイクやデマを広める者の対立、異なる人々や隣人を受容する者と排他する者の対立、格差・差別・偏見の解消に突き進む者とそれらを容認する者の対立等、様々な二極化とその対立が世界中の先進国で起こった。

2020年代に入ると対立はさらに激化し、アメリカ地区やヨーロッパ地区では銃撃乱射等の様々なヘイトクライムが増え、私が生まれて今も住んでいる日本地区でも、様々な大量殺人事件やテロリズムが2010年代よりもさらに増えた。

これに対して対立する両者を内包する近代国家の政府はもはや成す術もなく、完全に機能不全に陥っていた。


そんな折、ITテクノロジーの更なる発展が、私たちの星に一時的な平和をもたらした。ブロックチェーン技術等により、私たちは自分たちで「電子仮想国家」を作り上げることができるようになり、当時は「エコーチェインバー」と言われていたものが実際に国家のようになっていくのである。

電子仮想国家が力を持つようになると、次第に現実の近代国家に対して様々な権限委譲を求めた。独自に通貨を運用し、独自に年金システムを構築し、独自に教育を行った。

最初はある種の「自治」や「電子特区」のようなものだったが、2030年代に入り、さらに力を持つようになると、最終的には近代国家からハードフォーク(≒独立)し、独自に憲法を持って独自の三権を運用する国も現れた。

つまり、対立する者同士はなるべく不干渉で、似たような価値観の人々しかいない空間で暮らせるようになったのだ。電子上のゲーテッドコミュニティーの登場だ。

当時ネット上で言われていた「○○が嫌なら出て行け!」を、ITテクノロジーが「国家ハードフォーク」という形で本当に実現してしまったと言える。

今ではイニシアティブを失った近代国家は、治安だけを担う「夜警国家」になり、「地区」と言われるようになっている。


そうして2035年、「Great and Beautiful(GB)」と「Fact Inclusion Fairness(FIF)」という二つの電子国家連合が生まれ、ある種のパラレルワールドが完成した。

私が住んでいるのは、事実を重視し、異なる人々を受容し、差別や偏見や格差の解消に突き進む国家連合である「Fact Inclusion Fairness」の一つに所属する電子国家「Forefront of evolution(FE)」だ。

FEは「Fact Inclusion Fairness」の中でも最も進歩的な国の一つで、あらゆる組織が上下関係の一切無い「ホラクラシー」を実現している。資本主義ではなく、共産主義や社会主義とも異なる「労主主義」という全く新しい経済モデルを採用している。

もちろん社会の歪が生まれることもあるが、すぐさま叡智を結集して修正し、常にアップデートを繰り返している。

私自身も未成年の時代は様々な恐怖や生きづらさを感じていたからこそ、今こんなに生きやすい環境を作ってくれた親世代を中心とするこの国のリーダーたちには本当に感謝しかない。

特に私は女性であり、バイレイシャルだ。「国家のハードフォーク」と我が国の誕生がなければ、大人になった今でも女性差別や人種差別に苦しめられていたことだろう。


だが、近年「国家のハードフォーク」への評価が少し見直され初めている。というのも、「Great and Beautiful」の世界が乱れ始めているからだ。

そこは、私たちのような人間を排除し、フェイク、ヘイト、排他主義、差別、偏見、自己責任論等が純化された世界だ。持続可能性があるとは思えない。当然の結末だろう。むしろ5年も続いたことが不思議でしかない。

ただし、いくら別世界の出来事だからと言って、私たちにも他人事では済まされなくなってきた。フェイクやヘイト等があまりに大きくなり過ぎて、もはや統治者がコントロール出来なくなり、治安がさらに悪化、電子上の戦争や内戦が常に起こる事態になった。

そして統治者の不在により、2つのパラレルワールド間で取り決めていたはずの「不干渉による共存協定」を守れないレベルにまで堕ちてしまい、私たち「Fact Inclusion Fairness」の国々もが、そのテロリズムの標的になるようになってしまったのだ。

そう、国家のハードフォークは私たちには絶対に必要不可欠なものだったが、マクロな視点で見ると、人間の醜き部分に向き合うことを先送りしただけで、根本的な「平和」の実現には至ってなかったのだと言える。


そこで、私たちの研究室では、「Great and Beautiful」の世界における様々な歪んだ人間心理と向き合い、それが如実に頭角を現す2016年周辺をしっかりと研究することで、平和の糸口を探ろうとしている。

当時はオピニオンリーダーたちがその必要性を訴え、2020年代には研究もそこそこ盛んだったが、二つの電子国家連合誕生以降、不干渉による共存協定により研究者が「Great and Beautiful」の世界に近づくことが出来なくなり、研究は下火になった。

だが、相手が守れなくなったものを遵守し続ける意味は無い。私たちは再び平和が脅かされる今の事態を打開することが最優先だ。だから私たちの研究室は、国家プロジェクトとして特別に「Great and Beautiful」の世界との接触を許可された。

約1年に渡る調査と研究を行い、今第一次レポートを仕上げている。もし、この研究結果がタイムマシンで過去に送付できるのであれば、そして有力なリーダーが自身の改革案に私たちの研究成果を取り入れてくれるのであれば、もしかしたら国家のハードフォークを行わずして平和を実現出来たかもしれない。もちろん夢物語であるが。

とにかく、私自身まだまだ研究に励む身であるが、今を生きるこの国の全ての人のために、これから私たちの成果を少しずつ発表して行きたいと思う。(まえがき終わり)


※この物語はフィクションです。2019年現在世界に吹き荒れるフェイクやヘイトやミソジニーをこのまま放置すると、どのような世界が待ち受けているか。そのディストピアを垣間見ることによって、歴史の分岐点に立っている今、社会は何をやらなければならないのか、それを問う企画案を考えてみました。

実際に長い連載を始めるにはある程度の収入が必要になるので、もし面白い企画だと思って頂けましたら、是非クラウドファンディングの感覚でサポートを頂戴できると幸いです。あわよくば、いつかは出版という形でも世に問うことができればなと思っています。

現代の新しい社会問題を「言語化」することを得意とし、ジェンダー、働き方、少子非婚化、教育、ネット心理等の分野を主に扱っています。社会がちょっとでも良くなることを願って、今後も発信に力を注いで行こうと思うので、是非サポート頂けると嬉しいです。