猿と月

 月に兎を連れた猿は、ぼんやりと煙草を吸いながら眺めるしかないのでした。森には心優しいドラゴンがいました。小柄で非力なドラゴンの瞳はそれに反して大きく美しく、みんなドラゴンのことが大好きでした。
 その夜、森が焼けました。ある者は逃げ、ある者は守り、ある者は火を沈めようとはたらきましたが、二日かかってとうとう森は木々を失い、荒れた野原だけが残りましたが、悲しむ暇もありませんでした。火が起きた夜から、ドラゴンの行方が分からなくなっていたからです。みんな、ドラゴンを夢中になって探しました。ドラゴンのせいで森が焼けたに違いない、そうに決まっている。しかし、いくら探せどドラゴンは見つからず、恥か無気力からか、ほうぼうに散らばりドラゴンを探していた森の仲間たちはひとり、またひとりと姿を消してゆきました。
 ついに誰もいなくなってしまった森に、長の猿だけが残っていました。猿もまた、みなから慕われていましたが、ドラゴン探しに協力しないので避けられてゆき、最後に残った者たちにはこっぴどく蹴られ、殴られ、つつかれたので引っ越す体力も行く先も無かったのです。
 猿はここを山にしたいと思いました。すぐ近くの河原から少しずつ土を運び、積みあげ、水を含ませてはまた積みました。それはおそろしいほど愉快な作業でしたが、水面に映った自分の顔を見るたび、閉じてしまった右目が悲しく歪みました。
 たくさんの季節が過ぎました。美しい四季は火事のせいで荒れていた周りの森たちを少しずつ癒しましたが、猿の森だけには木が一本も生えないのでした。猿はもう目のことを気にしなくなりました。それよりも自分の毛が真っ白になっていることの方が面白かったからです。そのようにしてやっと積みあげた丘に、いつものように土を運びに行くと、どろどろに崩れてしまっていました。呆然としていた猿の前に現れたドラゴンは凶暴に嘶き、その瞳は月のかたちをしていました。

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