スプラトゥーンを傑作にした「アイディアの育て方」

先日発売されたスプラトゥーン3の勢いが凄まじい。数日間であっさりと売り上げ300万本を超え、累計で100万本も売れれば景気が良いと言われる日本のゲーム市場で異彩を放っている。

ネット上で話題が尽きない中、個人的に印象的なのはプレイヤーのポジティブな感想だ。単純にただただ「スプラトゥーン面白い」と興奮気味に語る人をネットでよく見かける。話題になっていたから買ってみたけど想像以上に楽しい...そんな新規ユーザーが多いイメージだ。
 思えば7年前、初代スプラトゥーンが世に出た時もそうだった。斬新なゲーム性に触れたプレイヤーが口々に魅力を語り、ゼロからのスタートにもかかわらず異例の大ヒットを記録した。口コミを起こす理由はあれこれ分析できるものの、シンプルに面白いから売れる作品なのは間違いない。

スプラトゥーンの異質な所は、完全新規タイトルでありながら最初から高い次元で土台が確立されていた所だろう。3作目に至っても大きくゲームシステムが変わっていないのは任天堂の自信の表れとも言える。
 不安定になりがちな新しいアイディアを高い精度で仕上げることができたのは何故か。ヒントは初代スプラトゥーンが発売された当時の開発者インタビューにある。

スプラトゥーンは既存のゲームの続編や派生ではなく、最初から「全く新しいゲームを作ろう」と決めてプロジェクトが動いている。まず行われたのは膨大な数のアイディア出しだ。

野上
はい。もちろん、ここにいる以外にも
メンバーがいたんですけど、
毎日のようにみんなで集まって、
新しいゲームのアイデアを出しあっていました。
数で言うと50以上は・・・。

井上
70個はありましたね。

期間は半年に及んだと言う。土台となる案を決める時点でなかなかの人数と時間を掛けており、まずアイディアの出し方・選び方からして気合が入っているのが分かる。

最終的にスプラトゥーンの元になるアイディアが選ばれた理由は、プログラマーが作った試作品にあるようだ。実際にインクを撒き散らして対戦できる仕組みが既に実装され、早い段階で具体的な手応えを得ていた。
 ゲーム業界ではしばしば、確実に売れる商品にしようと厳しい企画審査を経て、ようやく試作に至ったものの思ったように面白さが出せず行き詰まる...といったケースがあるらしい。最初に試作で面白さを確かめたスプラトゥーンは根本的に流れが違うように見える。
 このチームにも企画審査はあったようだが、全く新しい遊びを作るなら自ずと試作が重要になるものだ。任天堂が時間に余裕を持たせ、実験的な試行錯誤を許容していたからこそとも考えられる。

ただ、アイディアの概要が決まってからすんなり開発が進んだ訳でもないようだ。「インクを撃ち出すキャラクター」をどうデザインし、どうゲーム性と一体化させるのかで相当悩んだらしい。このあたりの苦労はインタビューに詳細に書かれている。
 最終的にヒト型とイカ型のキャラクターを切り替えて遊ぶ仕組みが確立され、ヒトでインクを撃ちイカでインクに潜るという使い分けによりゲームデザインが整理された。個性的でキャッチーなキャラクターの外見もこの時固まったものだ。

天野
その時、自分たちは
“強いちから”を手に入れたように思いました。
このゲームには大きな柱が立ったので、
もうそこに何を入れても大丈夫だろうと。

その後はスタッフの好みが反映されたファッションがイカを彩ったり、自分たちが良いと思う音楽をどんどん詰め込んだり、土台の安定感のおかげでゲームが一気に拡張されていった。優れたゲームシステムは世界観も力強く牽引するものだ。

長い間もがいた挙句迷走していくゲーム開発は決して珍しくない。最初に選んだアイディアが良くても、最後は地道にゲームデザインを整理する粘り強さが物を言う。
 スプラトゥーンが壁を破って強いちからを得るに至ったのは、チームそのものの地盤作りが功を奏したからではないか。開発が始まる前の準備の重要性が次の発言から読み取れる。

阪口
今回のスタッフはみんな
自分で一生懸命、いちから企画を考えて、
関係者の前でプレゼンをして、
「それ、ホンマにおもろいんか?」
と、即座に否定されるような経験を
少なくとも一度はしているんですが、
みんながそういう試練に
一度はさらされているからこそ、
人の意見に対しても真剣に耳を傾けるし、
自分の意見を問われたときも
「こういう理由で、こうするべきだ」と
ちゃんと言えるような関係性が生まれて、
その結果、それぞれのアイデアを
ロジカルに考えて積み上げることができたんです。

新しいアイディアを出すのは想像以上に難しいもの。自分の頭の中では素晴らしく思えた案が、人前に出してみたら穴だらけだったと気づくことは多い。
 例え良い案を出せても、それを周囲に真剣に聞いてもらうのはさらに難しい。他人の頭の中にある価値は理解しにくく、深く考えずにアイディアの種を潰してしまうチームもざらにあるだろう。

スプラトゥーンの開発チームは全員で70ものアイディアを模索し、基礎となる発想力と理解力を高め合っていた。だからこそ何度行き詰まっても、みんなで少しずつ壁を破っていけるのだろう。
 他のインタビューなどを読んでいると分かるが、元々任天堂はチーム全員でアイディアを出し合う主義だ。年齢や役職に関係なく意見を言える風通しの良さが窺える。

かくしてスプラトゥーンのゲーム性が完成し、最初に公開されたのが2014年のE3でのPVだ(ソフト発売は2015年)。インタビューによるとこの時点ではまだゲームの完成度は低く、その後に武器をたくさん増やすなど製品として作り込む過程があったようだ。
 つまりボリュームを付けるのは後回しで、この時までひたすらゲームの土台を磨いていたことになる。どうやら2013年あたりから始まったプロジェクトらしいので、アイディア出しも含めると少なくとも一年以上は掛かっているはず。
 土台が中途半端なゲームをどうにかしようと、武器やステージを増やしてボリュームでごまかそうとする作り手も非常に多い。スプラトゥーンの面白さは、ただただアイディアと向き合い続けた粘り強さが生み出したものとも言える。

先に述べた通り、スプラトゥーンは3作目になってもゲームシステムが大きく変わっていない。これ自体は優秀さの証でもあるが、僕としては初めてスプラトゥーンに出会った時の衝撃が今でも忘れられない。
 次回作があるならそろそろ革新が見たいし、あるいは任天堂の全く新しい挑戦をもっと見たい気持ちもある。スプラトゥーンの大ヒットは単なる偶然ではなく、斬新なアイディアを模索する気風がもっとゲーム業界に広まってほしいと切に願っている。


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