パーパスなきところにナラティブはあらず|『ナラティブカンパニー』を読んで

本田事務所・本田哲也さんから新著『ナラティブカンパニー』をご献本いただいた。

本田さんといえば、日本において「戦略PR」を普及させた第一人者。かつてサイロ化していたPRをマーケティングと接続させた点において、彼を超える功労者はいないと言っても過言ではないだろう。

筆者も、彼から受けた影響は計り知れない。PRの道を志した当時、ベールに包まれていたPRエージェンシーの存在を眩しいものにしてくれたお陰で今に至っている。すでに「殿堂入り」した存在であるのに異論のある者はいないはず。

だからこそ、この一冊を著されたのには心底驚かされた。本田氏は今もなお進化を続けている。そんな意欲作を読んでみてのレビューをここに書き留めたい。

「ナラティブ」の定義および「ストーリー」との違い

そもそも「ナラティブ」とは何か?本田氏の答えは以下の通り。

(P.22)
ナラティブとは、「物語的な共創構造」である

ここで多くの読者には疑問が浮かぶはず。なぜなら、すでに「ストーリー」という概念が普及しているからだ。「ストーリーテリング」などのワードと共に、マーケティング・PR業界でも持て囃されてきた。その「ストーリー」といかなる違いがあるのか?これについては筆者もnoteで記事にした。

ここで本田氏は「ナラティブ」と「ストーリー」を対応させ、3つの違いがあると主張する。詳しくは本書をご一読いただきたいが、要するに「企業の都合で定められるものではない」点がナラティブの特徴だろう。

従来用いられてきた「ストーリー」においては演者は企業・ブランド、時間は始まりと終わりが存在する起承転結型、舞台はその企業が属する業界や市場。

一方で「ナラティブ」においては、演者は生活者(あなた)、時間は常に現在進行系で未来の話、舞台は社会全体(P.31)だ。このように書き出してみると、一企業がコントロールできる範疇を超えているように映る。

ちなみに筆者はナラティブにおける演者は生活者に限らないと解釈しているが、本書では便宜上マーケティングコミュニケーションに絞ったものと見るとよいだろう。Public Affairsやコーポレートコミュニケーションにおいては演者もまた異なる。

そして受け手による「誤読」を受け入れる度量がさらに必要となるのが「ナラティブ」であると筆者は理解した。そもそもPRはコントロールできない事象をマネジメントする営み。そのセンスが問われる点で、扱う難易度はさらに高いものになるだろう。

ナラティブの強度を高める正統性

PART1では、ナラティブが求められる理由を考察している。本田氏によればニューノーマルにおける3つの変化に対応する形で要請が大きくなっているという。

(P.77)
1. 「共体験」
2. 「社会的距離」
3. 「自分らしさ」

ここで筆者が注目したのは3の「自分らしさ」だ。広告・PR関連のコンペティションでも「オーセンティシティ」などのワードと共に語られる正統性。そのブランドが裏表なしに、自分らしくあること (P.68)を指す。

筆者も企業にPRのアドバイスをする際に繰り返しているのが、一貫性を保つ重要性だ。これには各施策(部門)における一貫性や時間軸における一貫性も含まれる。あらゆるステークホルダーが主体性のある「演者」となる時代においては、矛盾のない振る舞いであるかが常に問われるのだ。

過去の記事でのインタビュー内容や、生産地とフェアトレードが保たれているかなど、あらゆる観点で厳しくチェックされている。もはやプレスリリースなどの公式発表だけでは十分ではない。企業の「人格」にウソがないか気を配る必要がある。

その点で本書内で印象的な記述があった。コロナ禍において主に北米では「Do Your Part」というワードが盛んに語られたようだ(P.68)。訳すれば、「自分の持ち場でやりなさい」という意味。

企業・ブランドの持ち場で十分な役目を果たせているか、裏を返せば「格好つけたいがためにいっちょ噛みするな」ということだろう。ナラティブは社会を舞台とするために自分の持ち場と距離をとった(ように見える)物語となりがちだからこそ、「Do Your Part」は常に留意したい。

すべてのナラティブはパーパスに通ず

P.80からのPART2では、ナラティブ実践のための5ステップを解説している。ナラティブを活用したことがない場合には、愚直に踏襲すればきっとその要諦が掴めるだろう。

初見であればSTEP3の「ナラティブスクリプトの作成」が気にかかると思うが、筆者が考える最重要項目はSTEP1の「パーパスの設定」だ。本書内でも「ナラティブの起点はパーパス」(P.81)とあるが、パーパスなしにナラティブはありえない。

(P.80)
パーパスとは、企業やブランドの「存在意義」である。

本書の白眉は何よりも先にパーパスを設定すべきと啓発している点だろう。どうしてもナラティブを語るHowが知りたくなってしまうところ、まずは語るに相応しいWhyを持つべきと諭す。「設定」と書くと人工的に作り出すかのような印象だが、実際は内にあるものを「見出す」のが正しいスタンス。

本書内ではパーパス設定のための3つのポイントが掲げられているので自社と照らして検証してみるのをおすすめする。前項で触れた、自社の取り組みが「Do Your Part」であるか否かも、ひとえに強固なパーパスの有無にかかっている。

なお、パーパスについてより深く考えたいという方には『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2020年10月号に掲載されているミリアム・シディベ氏とステファンA.グレイザー氏/マッツ・ウルデ氏の論考が参考になるので、ぜひ参照されたい。

日本で初めてのナラティブに関する著作となった本書『ナラティブカンパニー』。本田氏渾身の一冊として、コミュニケーションに悩む全ての企業・ブランドへの処方箋となるはずだ。ぜひ手にとってご一読を。

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