見出し画像

【ど素人のフェミニズム考察①】レベル0

 ここ最近、フェミニズムの本をよく読んでいる。

 読み始めた明確なきっかけはないけれど、きっと女として歩んできた人生の中で出遭った様々な負のイベントが、フェミニズムというものを呼び寄せたんだと思う。

 とはいえ学生時代にジェンダーについて学んだわけではなく、はっきりと「フェミニズムが私を救ってくれるかもしれない」と思い始めたのも三十歳を過ぎたごくごく最近のことだ。そもそも答えを出してくれるジャンルなのか、そもそものそもそもで、私の中の疑問が答えを出せる類のものなのかもよくわかっていない。よくわからないから、学ぼうと思った。

痴漢と唾吐きホームレス

 
 高校一年生の秋、初めて電車で痴漢に遭った。
 通っていた高校に制服はあったが指定ではなく、自分たちで調達してカスタマイズするも自由、私服で通うも自由という緩やかな校則だった。女の子はみんな、自分の好きな制服を作ろうと必死だった。

 私は当時EAST BOYが好きで、お気に入りの赤と黒のチェックのデザインのプリーツスカートを、腰で巻いて短くしていた。ブラウンのローファーに、レースが付いた膝下までの丈の紺色ソックス。通称紺ソク。今じゃダサいと言われるんだろうけれど、これが私の定番の通学スタイルだった。

 その格好で、痴漢に遭った。

 満員電車で身動きが取れないところを狙われたらしい。もっとも、入り口の端の方にいた私は扉との間に僅かに隙間があったおかげで、思いっきり痴漢の手を掴むことができた。「痴漢!」と叫んだおかげで、近くにいたサラリーマンの人たちも捕まえるのを手伝ってくれた。
 そのまま駅員に犯人を突き出すと、交番まで連行するからついて来るように言われた。

 警察では事情聴取を受けた。母も駆けつけて、一通り起こったことを話した。痴漢を捕まえるのには相当な勇気と体力が必要で、捕まえ終わった後に抗っていた恐怖が反動でやってくる。捕まえた時は自分でも案外堂々としてるもんだと思っていたけれど、たぶんアドレナリンが一生分出ていただけだった。無事に逮捕された後に我慢していた分体が震え、頭もこんがらがってきて、話す言葉も要領を得ない。そんな私を気遣って、その場にいた人たちは全員、最初は親身に話を聞いてくれていた。

 それでも私がだんだん落ち着いてくると、「でもねえ」という相槌が多くなっていった。

「でもねえ、そんなスカート短いと、やっぱり危ない目に遭っちゃうんだよ」
「でもねえ、そんな男の人に媚びるみたいな靴下じゃ、やっぱり駄目なんだよ」
「学生の本分は勉強! おしゃれなんてしなくていいの」

 私は痴漢に遭ったという大きなショックのせいで、ほぼ手放しで「はい」「そうですよね」「すみませんでした」と答えるしかなかった。

 説教の最中も、周りの大人の言うことが正しいと思っていた。
 痴漢をするのは悪いけど、私も、痴漢に遭っても仕方ない格好をしていたんだと思った。


 高校を卒業して、浪人生活に入った。

 その日はワンピースを着ていた。予備校までの道のりを歩く私に、ふと霧雨のようなものが体にかかった。しかしその日は蒸し暑く、天候は晴れ。しかもその雨はなんとなく臭う。

 おや、と思って周りを見ると、半歩ほど近くでこちらを睨むホームレス然とした男性がいた。目があった瞬間、ブッと唾を吹き掛けられた。男は、ブツブツ言いながらその場を歩き去った。

 人に唾を吹き掛けられたことなんて一度もない。パニックになった私は助けを呼ぶこともできず、全速力で予備校に駆け込み、濡れるのも構わずにトイレの洗面台で必死に髪と体と腕を洗った。服だけはどうにもできなかったけれど、蛇口から弾かれる水しぶきでびちゃびちゃになった。パニックになっていることにも、水浸しなことにも気づかれたくなくて、教室の一番後ろで授業を受けた。授業の内容はもちろん頭に入ってこなかった。

 授業が終わる頃にようやく落ち着き、冷静な頭が今度は怒りを覚えだす。予備校から帰った後も興奮冷めやらず、私は母に事の顛末を話した。
 母は、私を怒った。

「受験生のくせに、そんなチャラついた格好してるからそういう目に遭うんだよ。勉強してりゃいいの。シャツとジーパンでいいでしょうが」

 その日私が着ていたのは、浪人でお金もないだろうからと、母が私に譲ってくれたお下がりのワンピースだった。


見過ごしてきたあれこれ


 私の身に起こった出来事は、女の子みんなが経験していることと大差ないと思う。けれど、書き出してみると結構なことをされたんだと気づいた。痴漢にも、警官にも、ホームレスにも、母にも。

 けれど、それらが当時、私をジェンダーの道に進ませることはなかった。こんなことは日常茶飯事で、「女だったらみんなが経験していることだから」。みんなが経験していることで嫌な思いをしても、騒ぎ立ててはいけないと思っていたから。いや、思っていたかどうかも怪しい。それが普通だった。疑問に思わなければ、答えを欲しもしない。その考えがおかしいということに、当時はまったく気づかなかった。

 話は少し跳んで、最近目にするようになったネット上の意見も、私がもっとフェミニズムを学びたいと思わせる一つの理由になった。

 ちょっとずつフェミニズムやジェンダーに触れる日々の中で、ある意見が目に入った。トランス女性が女性専用トイレや更衣室に入ることの是非だ。ちゃんと引用はしていないけれど、その意見の言いたいことはこういうもの。

「トランス女性が本当にトランス女性か、シス女性にはわからない。性愛の対象が女性のトランス女性もいるし、トランス女性と偽っているシス男性かもしれない。そういう人が女性専用トイレや更衣室に入ってきて、もし危害を加えられたらどうするんだ」

 こういった意見には、結構な数の「いいね」がついて、リツイートもされている。

 正直、私は最初にこの意見を見て納得してしまった。被害に遭う側になるのは怖い。私を女だからという理由で傷つけてきたのは、そのほとんどがシス男性、もしくはシス男性の側につきたいシス女性だったから。

 しかし最近、疑問に思う。「だったから」、なんなんだ?

 私が女だからという理由で傷つけてきたのがシス男性だったとして、「だから」トランス女性が私を傷つけるっていうのか?

「この人はトランス女性かわからないから(=見た目にはシス男性と変わりないから)、もしかしたらシス女性に危害を加えるのではないか」。この意見は、「男性を誘惑するような格好をしている女性だから、痴漢をされても仕方がない」という言い分とパラレルに考えられるのではないか。すなわち、「トランス女性だったとしてもシス男性の見た目をしているんだから、排除されても仕方がない」と言えてしまわないか?

 おしゃれをした女性が悪いんじゃなく、痴漢をする方が悪いんじゃないのか。
 トランス女性が悪いんじゃなく、女性に危害を加える人間が悪いんじゃないのか。

 私は、私がやられて嫌だったことを、特定の人々に対してしようとしてはいないだろうか。


まだレベル0、問いを用意することから


 遅ればせながら、私はようやくスタート地点に立っただけなんだと思う。もしかして、私が抱く疑問のいくつかにはもう答えが出ていて、私がまだそういう意見や文献に行き着いていないだけなのかもしれない。

 いろいろなことにおいて非効率な私にとってこのレベル上げは、亀より遅い、遅々とした進みになると思う。でも、「どこかに答えがあるだろうからあっちが来てくれるまで待とう」というのは、どうしても私の性分に合わなかった。考えるより先に手が出る質だ、伸ばした手はフェミニズムの本棚に突っ込みたい。

 突っ込んだ先で、頭の中に浮かぶいくつもの疑問が、少しずつ氷解され、少しずつ解決されていくといい。

 突っ込んだ先で開いた本がまた新たな疑問を抱かせたとしても、その回答を探してまたレベルアップしていきたい。

 非効率な私はまず、進むべき方向を決めるところから始めたい。道に迷わないためには、探求する疑問が必要だ。

① 女性として男性に魅力的に思われたいという欲望は、フェミニズムにとって悪なのか?
② おしゃれをしている女性が、性被害に遭うのが当然なのか?
③ ある特定の年齢を超えたあたりから、周りから「女を捨てた女」として見られ、本人もそう振る舞う傾向があるのはなぜ?
④ フェミニストは、男性の権利を強奪したいのか? 女性の権利を守ることと、男性の権利を守ることは両立しないのか?
⑤ トランス女性とシス女性は共存できないのか?

 その他にもいろんなことがわからなすぎてしんどいのだが、今まとめられるものはだいたいこのあたり。

 とはいえ疑問を打ち立てたとしても寄り道する可能性は大だ。「ここに答えがあるかも!?」と思ってちょっと脇道に逸れたりするだろう。答えはなかったがお宝が見つかるかもと思ったら立ち寄らざるを得ない。これは考えるより先に足が出るパターン。それでもここに書いた以上、何らかの意見や答えは手に入れたい。

 今日はもう遅いのでこの辺で。
 次回からは細々と、自分が体験した負のイベントや、打ち立てた疑問を道しるべに、フェミニズムの本やそこから得た考察などを書いていこうと思う。

この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?