見出し画像

トルコ語の文法概説


トルコ語とその仲間たち

トルコ語はアルタイ諸語の中のテュルク諸語に属する言語です。テュルク諸語はシベリアから中央アジア、東ヨーロッパまで広域に広がっており、ウイグル語やカザフ語、タタール語、トゥバ語、アゼルバイジャン語などを含みます。その中でもトルコ語は最大の話者数を誇っています。トルコ語を勉強すれば、他のテュルク諸語の勉強にも役立つかもしれません。皆さん、是非トルコ語を学びましょう!

トルコ語の文字はどんな文字?

トルコは中東に位置する国で、国民の多くがイスラム教徒です。じゃあトルコ語はアラビア文字で書かれているのか、読みづらくて嫌だなぁ、と思う方もいるかもしれませんが、それは杞憂です。トルコ語はアラビア文字表記ではなく、なんとラテンアルファベット表記なのです。

トルコ語のラテンアルファベット表記は、1928年11月1日にトルコ共和国の議会で承認された「新トルコ文字の承認と適用に関する法」により、正式に使用され始めました。それ以前はオスマン帝国の時代から続いてきたアラビア文字が使用されていたのです。文字が変わった経緯については、章末に詳しく書いてあるので、ぜひ読んでみて下さい(特に歴史好きな方にオススメです!)。

さて、この記事では上記の法律に従い、というのは冗談で、現在トルコ語は基本的にトルコ語アルファベットで書かれているので、これで説明します。

はじめに

これからトルコ語の文法説明を始めます。この説明は多くの場合に当てはまりますが、例外も存在します。その点はご了承ください。

音韻

発音

トルコ語のアルファベットに対応する音声は以下の通りです。文字と音が完全に対応するため、英語のように発音に悩まされることはありません。ただし、アラビア語やペルシア語由来の単語の発音を表すために「◌̂」(サーカムフレックス)が「a」「i」「u」につくことがあります。その場合は、標準より長く柔らかく発音しましょう。

子音 b, c, ç, d, f, g, ğ, h, j, k, l, m, n, p, r, s, ş, t, v, y, z
母音 a, e, ı, i, o, ö, u, ü

文字と音声の対応

母音調和

トルコ語学習の最初の要は母音調和です。トルコ語は格語尾や接尾辞をつける際に母音調和により形を変えることがあります。そのため、母音調和は確実に理解しなければなりません。難しくはないので頑張りましょう。
以下、母音を3種類の対立で分けて並べた図です

先行母音によって後続母音が制限を受けます。接尾辞は以下の表に従います。

子音の有声化と無声化

子音は前や後にくる語によって音が変化することがあります。無声子音が有声子音になることを「有声化」、その逆を「無声化」といいます。

  1. 子音の有声化
    無声子音〈-ç,-k,-p,-t〉で終わる語に母音で始まる接尾辞がつくと、語末の〈-ç,-k,-p,-t〉は有声化して〈-c-,-ğ-,-b-,-d-〉となります。ただし〈-nk〉で終わる語は〈-ng-〉となります。

  2. 子音の無声化
    無声子音〈-ç,-f,-h,-k,-p,-s,-ş,-t〉で終わる語に c-,d-,g- で始まる接尾辞がつくと、 c-,d-,g- は前の無声子音に同化して -ç,-t,-k となります。

アクセント

トルコ語のアクセントは強弱アクセントと高低アクセントの両方の特徴をもちます。アクセントが置かれる音節は強く高く発音されます。アクセントは原則、語の最終音節にあります。
※1 接尾辞にはアクセントをとるものととらないものとがあるため注意が必要です。
※2 地名・親族名詞・生物名・外来語には、最終音節以外にアクセントをもつ語があります。
※3 副詞は原則、第一音節にアクセントがあります。

  • çocuk「子ども」

  • çocuğum「私の子ども」(-umは所有接尾辞で有アクセント)(kがğになるのは子音の有声化のため)

  • çocuğum「私は子どもです」(-umは連辞で無アクセント)

  • İstanbul「イスタンブル」

  • şimdi「今」

人称と連辞

人称

人称代名詞は以下の表の通りです。主語は動詞の人称語尾により明確になるので、人称代名詞は省略されることが多いです。
二人称複数形の siz は二人称単数形の敬称丁寧体「あなた」として使われることもあります。

連辞

  • 連辞にはアクセントがおかれません。

  • ーは前の単語につなげて書かれ、......は前の単語と分かち書きされます。()は前の単語が母音で終わっている場合につける介入子音です。

  • []は通常省略され、特に口語ではその傾向が強いです。

  • 連辞は母音調和することがあります。

  • Ben gencım. Sen de genç misin? 私は若い。君も若いか?
    Ben:私 genç:若い gencım:若い(ımは一人称単数肯定形の連辞。ç→cは子音の有声化) misin:~か(二人称単数疑問形の連辞)

  • Hayır, ben genç değil, yaşlıyım. いいえ、私は若くなく、歳をとっている。
    Hayır:いいえ değil:~でない(一人称単数否定形) yaşlıyım:歳をとっている(yımは一人称単数肯定形の連辞)

性、数、格

トルコ語には性にあたる概念は存在しません。ご安心を。

  • 単数形と複数形があります。

  • 単数形に複数形を示す接尾辞“-ler”(母音調和によって“-lar”になることも)をつけると複数形になります。

  • 例:「家」ev→evler,「猫」kedi→kediler ,「トルコ人」Türk→Türkler ,「日本人」Japon→Japonlar ,「リンゴ」elma→elmalar

  • 日本語と同じように格語尾をつけます。

  • 格は6種類あります。主格・対格・属格・与格・位格・奪格です。

  • 前の単語が母音で終わる場合、介入子音(下の表の()内の子音)を入れます。

  • /があるものについては、前の単語が有声子音で終わる場合はdで始まるものを、前の単語が無声子音で終わる場合はtで始まるものを選びます。

  • 固有名詞と格語尾の間には ' を入れます。

例文

  • Kedi geldi. →猫が来た。〈主格:主語〉

  • O Kediyi gördü. →彼(彼女)は猫を見た。〈対格:直接目的語〉

  • Selim'in kızı →セリムの娘 〈属格:所有関係〉

  • O Kediye süt verdi. →彼(彼女)は猫にミルクを与えた。〈与格:間接目的語〉

  • Kedi evde. →猫は家にいる。〈位格:場所〉

  • O Selim'den genç. →彼(彼女)はセリムより若い。〈奪格:比較〉
    使用単語:kedi→猫 Selim→セリム(人名) kızı→娘   süt→ミルク  ev→家 geldi→来た(三人称単数形) gördü→見た(三人称単数形) verdi→与えた(三人称単数形) genç→若い

所有接尾辞

所有接尾辞は格語尾の一つですが、数と人称によって形がそれぞれ変わります。さらに母音調和もします。

  • (i)は前の単語が子音で終わるときにつけます。

  • (s)は前の単語が母音で終わるときにつけます。

  • 所有を表す表現は、属格を使うものと所有接尾辞を使うものとがあります。

  • 所有接尾辞の後ろに他の格語尾をつけることができます。

  • evimde 私の家で (imは所有接尾辞の一人称単数形、deは位格の格語尾)

  • evine 君の家へ(inは所有接尾辞の二人称単数形、eは与格の格語尾)

  • eviden 彼(彼女)の家から(iは所有接尾辞の三人称単数形、denは奪格の格語尾)

  • evlerimizde 私たちの家(複数)で(lerは複数語尾、imizは所有接尾辞の一人称複数形、deは位格の格語尾)

  • evleri 彼らの家(単数) (leriは所有接尾辞の三人称複数形)

  • *evlerleri→evleri 彼らの家(複数) (lerは複数語尾、leriは所有接尾辞の三人称複数形。この場合lerが重なるので複数語尾のlerは省略される)

語順

基本語順はSOV(主語ー目的語ー述語)ですが、順番を入れ替えることも可能です。主語は省略されることが多々あります。

  • Ben elma yedim. 私はリンゴを食べた。
    Ben「私」〈主語〉、 elma「リンゴ」〈非限定目的語〉、 yedim「食べる」(diは過去形の接尾辞、mは一人称単数の人称語尾)

  • Pazardan elma aldım. (私は)市場でリンゴを買った。
    Pazardan「市場で」(danは奪格の格語尾〈~から、~で〉)、aldım「買った」(dıは過去の接尾辞diが母音調和したもの、mは一人称単数の人称語尾)

動詞の使い方

トルコ語の基本的な動詞の使い方は以下の通りです。
動詞語幹+(-me〈否定〉) +時制・相・法の接尾辞+人称語尾
この公式に当てはめれば基本的な動詞は作れます。

  • 動詞語幹とは、動詞の不定形から -mek/-mek を取り外したものです。

  • -me〈否定〉も、時制・相・法の接尾辞も、人称語尾も、全て母音調和や子音の有声化/無声化の影響を受けます。

人称語尾は以下の表の通りです(例外あり)。

時制・相・法の接尾辞は以下の表の通りです。

  • トルコ語の時制は過去か非過去の区別しかありません。

  • 相・法性の接尾辞と過去時制・間接性の接尾辞を組み合わせることができます(もちろん単独でも使えます)。

  • 組み合わせる場合は、相・法性の接尾辞→過去時制・間接性の接尾辞、の順番です。

  • 意向性の接尾辞はほとんど一人称でしか使われません。また、単独で使われることがほとんどです。

  • 進行相 -iyor は i のみ母音調和します。また、動詞語幹末の音により複雑な変化をします。

実践!トルコ語の文を作ろう

ここまで読んでくださった皆様、お疲れさまでした。せっかくなので実際にトルコ語の文章を作ってみましょう。

動詞(不定形)単語集:gelmek→来る、görmek→見る、gitmek→行く、vermek→与える、almak→取る・買う
名詞単語集:kedi→猫、Mustafa→ムスタファ(人名)、kızı→娘、ev→家、elma→リンゴ、pazar→市場

例題

問1.私は家から市場に行った。
問2.ムスタファの娘がリンゴを買うべきだった。
問3.彼女は私たちの猫にリンゴを与えるだろう。

模範解答

問1.(Ben) evden pazara gittim.
問2.Mustafa'nın kızı elmayı almalıydı.
問3.O kedimize elmayı verecek.

トルコ語小噺

何故トルコでは文字改革が行われたのか?

現在、トルコ語はラテンアルファベットをもとに作られたトルコ語アルファベットで表記されますが、かつてはアラビア文字で書かれていました。1928年に「文字改革」が行われるまでのことです。では、何故文字が変えられたのでしょうか?「文字改革」にはどのような意味があったのでしょうか?この謎を解くカギが「近代化」です。

1922年、スルタン制が廃止され、600年余り続いたオスマン帝国は滅亡しました。そして1923年、トルコ共和国がムスタファ・ケマルによって建国されます。ムスタファ・ケマルはトルコの近代化を推し進め、トルコを世俗化(宗教権力の力を弱めること)させ、「トルコ人」という国民意識を創出しようとしました。その一環として行われたのが文字改革でした。

トルコに関わらず、近代化の過程で各国政府は言語政策を行っています。言語は国民国家創設の道具として非常に有効だったためです。西欧諸国は言語標準化過程において、造語などの語彙への関与や方言形態の統一、正書法の改正などを行いました。しかし、非西欧諸国の場合は文字そのものを改革の対象とすることがありました。なぜなら、伝統的な文字体系は遅れていて近代化を妨げるものだとされ、印刷をはじめとする近代技術への対応、識字率上昇による国力増進のためにラテン文字の導入が求められたからです。

トルコの場合、伝統的にアラビア文字が使われていましたが、アラビア文字は語頭・語中・語尾で形が変化したり、語内で連結したりするため、西洋式の印刷には不向きでした。また、アラビア文字では母音を表記しないことなどがあり、トルコ語の音韻体系に合っていませんでした。そして何よりも、アラビア文字はイスラーム教徒としての宗教的アイデンティティを可視化する目印としての意味がきわめて大きかったため、世俗化のためにアラビア文字を廃止することはムスタファ・ケマルにとって喫緊の課題でした。イスラームの象徴であるアラビア文字の廃止は「トルコ人」としてのナショナル・アイデンティティ形成に重要な意味をもったのです。

このような事情から、1928年5月にラテン文字導入の適切性を判断する調査委員会の創設が行われ、委員会ではどの音を「トルコ語の音」とするかが議論されました。そして、最終的にトルコ語彙だけを基準にした文字セットの導入が提言されました。これは、アラブ・ペルシア語由来の語彙が使われにくくなるという点で、後のトルコ語の変容につながる重要な決定でした。同年の11月1日に大国民議会で「新トルコ文字の承認と適用に関する法」の法案が承認され、トルコ語アルファベットの使用が始まりました。

現在、トルコではトルコ語アルファベットが使われています。しかし近年、保守層を中心にアラビア文字表記の伝統を取り戻そうとする機運が高まっており、2012年には右派の国会議員によって、高校での「オスマン語」必修化を求める議案が提出されました。今も昔も、トルコにおいて文字はイデオロギー対立に密接に関わるものであり、「文字改革」はトルコに文化的・政治的な影響を与え続けているのです。

参考資料

  • アブドゥルラッハマン・ギュルベヤズ.(2016).『しっかり学ぶトルコ語』,ベレ出版.

  • 大川博.(2018).『ニューエクスプレスプラス トルコ語』, 白水社.

  • 勝田茂.(2010).『トルコ語文法読本』, 大学書林.

  • 穐山裕子. (2019). 「第二章 国民創出イベントとしての文字革命」,『トルコ共和国 国民の創成とその変容』 (小笠原弘幸,編.). 九州大学出版会.

  • 東京外国語大学. (2023/5/7閲覧). トルコ語. 東京外国語大学言語モジュール. http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/tr/

  • 東京外国語大学 トルコ語専攻,編.(2007).『トルコ語 文法の基礎(新版)』,東京外国語大学生活協同組合出版部

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?