感想屋さんへの感想を書いてみました!

みなさんは感想屋さんを知っていますか? 知っていなければわざわざこんなnote記事を読まないと思います。万一知らない場合は自分で調べてみてください。あなたがこの記事を表示させている目の前にある機械を何だと思っているんだ。

結論から入ります。1000円を出してしかもまったく感想(その名に値するものという意味だが)がもらえない作家がかわいそうすぎるので感想を書きます。そんなことしなくても俺に言ってくれれば無料で感想くらい書くので……twitter連携してるんでそこに送ってね。作品の感想を書くついでに感想屋さんへの感想も書きます。殴るからには殴られる覚悟が必要なのでこの記事に対しての感想も書いてかまいません。書いてください。


「ワールドエンドヒーローズ」感想(爆走三輪車熱海)

こんな時だからこそ2008年夏に連載開始された原作版ワールドエンドヒーローズの話がしたいんじゃ」を超える感想、批評、お気持ち表明、過去の回想、作品、祈りetc.を書ける気が一ミリもしないので書かない。存在しない記憶の解像度が高すぎる……。当該記事を読みましょう。

「一連の『ワールドエンドヒーローズ』感想」感想(爆走三輪車熱海)

3000円という価格が単純に高すぎる。設定やシナリオの紹介ではなくて感想を書いてくれ。まあでもこんなことは既に無限に言われているであろうことだし私は口を噤む。ワールドエンドヒーローズは今からちょっとゲームやってみましたで言及できる歴史と感情の総量ではないと考えるからだ。

↓ 流石に3000円支払いは厳しいので伏字感想については読んでいません(投げ銭などで読め! という声があれば読んだ上での感想を書きます)


「ダ!サイクル」感想(爆走三輪車熱海)

ダ!サイクル」(以下:ダ!)というタイトルを聞いて多くのオタクどもの脳裏に去来するのはまず石黒正数『ネムルバカ』に相違あるまい。表記こそ「駄サイクル」とやや異なる様相を呈しているが、『ダ!』の内部で描かれている、美少女が、ゆるいシュールギャグを、ただ漫然と垂れ流している、という構図を「駄サイクル」のそれと重ね合わせるのはそれほど道理のない話ではなかろう。そこには苦しい修行も正式な裁きも恐怖もなく、楽しさと承認と錯覚とがある。しかし作中で描かれる女子高生の世界はそれでよいのかもしれない。人生にはこれから訪れるべき様々な困難が広がり、そのことに気付きあるいは気付かぬまま束の間のモラトリアムを成長を伴わずして無為に楽しむとして、誰に責められるいわれもない。とはいえ、それはわれわれの想像上の世界に住む括弧付きの女子高生、いわば女子高生のある種いびつなイデアにおいての話ではあるが。

そしてこの「ダ!」――そしてそこから惹起されるところの「駄サイクル」――の構造はメタ的な作者の次元にまで敷衍することができるだろう。タイトルからして他作品を思わせる「ダ!」であるが、その内容へと分け入っていくと形式としてはきらら系四コマ作品を思わせ、はたまた最も近いのは「下校時刻の哲学的ゾンビ」だろうか、絵を描かずに漫画作品を作り上げており、そしてその発想も既出のものであり、「ダ!」は一見して様々な作品からの剽窃の集合体であるようにも思える。

しかし、だ。ロラン・バルトいわく「テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物であ」り、また絵が描けないからといって漫画作品が作り上げられないことはないという、ブリコラージュを思わせる手法を用いての「ダ!」という作品、そして作者の行動力素直に賞賛に値する。いかな傑作も完成しなければわれわれの目に触れることはなく、したがってまた傑作ではなかったのだとの帰結に至ることであろう。

さて、実際の内容に入るまでの前置きが思いのほか長くなってしまった。一般に想起されうるところの感想の話をしよう。メインとなるのは小生意気な金髪ツインテちゃんと、しっかりもの茶髪ちゃんと、不思議系黒髪眼鏡ちゃんの三人(名前はついていない、らしい)だ。キャラごとの特徴が見た目、性格ともにはっきりしていて、読んでいて不都合な点はあまりない。また、3Dモデルではあるがポージングや表情などは状況に合ったものが選ばれていてかわいらしい。個人的には第四話三コマ目の金髪ツインテちゃんの表情が最もよいと思う。四コマ目にオチが来るオーソドックスな構成のものが多く、とびぬけて面白いとも言えないが読む価値がないともまた言えない。何より、回を追うごとに作者自身の成長と工夫を見ることができる点がうれしい。第一話においては白い背景に効果線と人物のみを配置していたこの漫画が、着実にポーズを増やし背景を増やしていく過程にわたしは希望を見る。今はまだ試行錯誤の途上にあるのかもしれないがこの先、より面白く、より創意溢れる「絵を描かない漫画作品」を読める可能性は十分にある。

最後にこれは蛇足ですが、四コマ漫画を四ページに分けるのは単純に可読性が下がりやきもきするので一ページに収めるか、毎ページ全コマにオチがある方が読者としてありがたいです。また、照れ隠しかもしれないですが使用しているデバイスを指して「クソゲー使って作りますた。」は①そのゲームは(おそらく)あなたの作ったものではない、②クソゲーとか言うなら使わないでそっとしておいてあげればいいのに、の二点から個人的に好かんです。

「出落ちマンガかと思ったけどこれはこれで新しい漫画の可能性を感じる『ダ!サイクル』感想」感想(爆走三輪車熱海)

作品の話をしてあげてくれ……これはもう類する言葉を当てるなら懇願だ。1000円(500円?)も払って何で感想屋さんの3Dモデル観を聞かせられなければいけないんだ……。

ただ全く「ダ!」の話をしていないかと言えばそうでもないのでそのことはちゃんと明記しておく。「ダ!」がシュールギャグであることと、足の構図の話と、時事ネタ。古き良きNAVERまとめ記事を彷彿とさせる丁寧で無味無臭の作品紹介を通して、感想屋さんは3Dモデル全般についての感想をわれわれに読ませてくれています。作品の感想は何処に行った。そもそもここで言われている「新しい漫画の可能性」ってこの作者本人の資質ではなくてテクノロジーの話だし、そのような可能性は少なくとも五年前の「下校時刻の哲学的ゾンビ」の時点で既に切り拓かれているわけだし何かこの作品の感想を出してあげてくださいよ。

いや、でも足の構図と足の会話というリンクは確かに作者も意図していたことであろうし、この部分に関しては首肯しうる感想として供されているのではないか。われわれはそのことをもってヨシとし(CV:現場猫)、あるいは焼肉に、あるいは税金支払いに使われるであろう1000円に対して名残を惜しみつつ別れを告げるべきなのだろうか。そうではないはずだという思いでもって私はオルタナティブとしての感想を書いた、誰に頼まれてもいないのにだ。それではもう既に陳腐化し切ってしまったおなじみのクリシェでこの文章を締めよう。いかがだったでしょうか?

「僕は小説がかけない。」感想(新井十)

(はじめに)

そもそもの話をすると、本作は本来他者が感想を書くべきではない、というより書きようがない作品だと思います。その点で言えば、これから述べる私の感想も、また感想屋さんの感想もある種的外れにならざるを得ないのでしょう。

そのため、私は感想を内容の善し悪しではなくその構造、あるいはメタ的な要素に目を向けて書きました。それでは。

(感想)

まずタイトルが良い。

「〇〇は〇〇ない」というタイトルの語感が良い(『ブギーポップは笑わない』や『ダイヤモンドは砕けない』なんかが良い例だ)のはもちろんだろう。そして非常にシンプルながら「でも、あなたはカクヨムで作品を公開する作家さんじゃん!」というように読者の興味を引き付けるタイトルでもある。それはもちろんそうなのだけど、それ以上に私は、本作はこのタイトルによって完成されたという点で良いのだと思う。

本作はある作家と筆者を中心とする回想録の形式になっている。そこに記されている内容は(もちろん主観的な視点によるものだけれど)すべて実際の出来事であり、そして文章全体としての形式も小説ではない。そう、小説ではないのだ。

つまり、「僕は小説が書けない」というタイトルをこの作品が証明する、という構造がここで出来上がっている。これは非常に美しい。もうこの段階で圧勝。

さて内容はというと、先にも述べた「ある作家」へのラブレターと、それに至るまでの経緯によって構成されている。

本が読めない筆者が、ある作家の作品に出会い、惚れ込んだ。後にその作家が開いた自主企画に参加しようと試みるも、小説が書けなかった。そんな経験を経た筆者は、その「小説が書けない」ということを「傑作が書けない」というその作家に向けてラブレターとしてしたためる。

こんなに簡単にまとめてしまうのは申し訳ない気もするが、本作のおおむねの流れはこうだろう。

その後に劇的な展開は待っていない。仮に小説として読んだとき、そこに面白みはあまりないように感じられた。しかし、それは違うのだ。なぜって、これは小説ではないから。

本作を読んだ後、私は筆者の軌跡を辿った。作中で言及のある自主企画のログを覗き、おそらく「ある作家」であろう人物にも辿り着いた。それは本作をなぞる形で、そこに記された筆者の感情を辿る一種の旅のようだった。

その旅を経て、私は思う。筆者は小説が書けないのかもしれないが、しかし確かに物語を生み出すことはできたのではないか、と。少なくとも私は、本作とそれにまつわる事柄を覗き見ることでようやく、物語を経験することができた。

そうした物語を生み出した筆者は、最後にこう締めくくる。「物語と付き合って生きていくしかないのです。」と。そしてそれもまさに、本作が証明しているのだ。


「公開ラブレターを拝読させていただいてしまった『僕は小説がかけない。』感想」感想(新井十)

先述の通り、この作品に対する感想というのは位置づけが非常に難しいところがあると思う。ただ、個人的には例えば、手紙の形式になっている既存作品(『恋文の技術』など)との比較を行うことで本作の「小説ではない」という側面をよりわかりやすく伝える、といった試みも見てみたかった。感想屋さんはおそらく多くの作品に触れているでしょうから、そういった形で知識を垣間見ることができると感想としての読みごたえが生まれると思う。

おしりに

いかがだったでしょうか? もしも「創作集団 嘴」に興味が出た場合、感想の要請、批判、お気持ち表明、投げ銭、いいねリツイート、晒し上げ、批評、応援など悲喜こもごもの反応をどこかでしていただけるとエゴサなどで捕捉しほくそ笑みます(ほそくとほくそだけに)。

感想が書いてほしい場合は無言で投げてくれれば書きますが投げ銭などした上でですと納期が早まり、また力が入った感想が出力されることになります。

ではでは、直近の予定として「創作集団 嘴」は7月19日(日)に札幌市北区で行われる「novel messe & Novelist reading」というイベントに出展します。みんな、ぜってー来てくれよな!

#感想 #感想屋さん #ワヒロ #ワールドエンドヒーローズ #ダサイクル #僕は小説がかけない

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