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ムスカ大佐のコスプレ衣装をオーダーした話

■ひょんな事から、“天空の城ラピュタ”に登場する“ムスカ大佐”の格好でゴミ拾いをしたいと思うようになった。

(この “ひょんな” 事は、またnoteなどにまとめたいと思う。
ちなみにゴミ拾いをやってみることによる発見は多く、清々しく、楽しい刺激がある。この新しいライフワークが増えてうれしい限りである。取り急ぎ、当該ツイートはこちら)

作中で登場するムスカ大佐の名言はいくつもあるが、落下する人を見て「見ろ人がゴミのようだ!!ハッハッハッハッ!!」と笑うシーンが、ネットミームにされるほど有名なセリフのひとつだ。

このセリフが、このキャラクターの“人でなし感”を最高潮に高めていて、その後の「目がぁ~目がぁ~!!」の、勧善懲悪なストーリー展開のコントラストを生むコンボが、観ていてとても小気味よい。

目がぁ〜目がぁ〜


そのムスカ大佐がゴミを拾うのだ。

シンプルな所作ではあるが、キャラクター設定の濃さも相まって多大な情報量を発生させるように感じ、思いつくやいなや、ぜひやってみたいと思った。


■ムスカ大佐としてゴミ拾いをするのに必要な服装を考えた。

・コスプレ衣装
・ウィッグ
・色メガネ

*断っておくと、私はこんな訳の分からない事をしているが、ゴミ拾いをするのも初めてだし、コスプレするのも初めて。初めてづくしである。


■最初は「ムスカ コスプレ」で検索してみた。

セットで売っている商品がひとつだけ出てきたが、上下で1万円を切る価格。

パーティー衣装としてはとても高級品の部類だと思うが、はたしてゴミ拾いをする日常動作に耐えられるか、不安を感じた。

ムスカのコスプレ衣装(例)


それならやはり制作しかないかと思い、「コスプレ衣装 制作」といったワードで検索してみた。

検索結果を見ると、その道の長年のプロといった制作会社から、個人の制作者と依頼者をマッチングさせるサービスまで様々に出てきた。アニメコンテンツを現実化させるためのサービスの多さに感心する。

とある会社は、丁寧に相場感も掲載してくれていて、費用は松竹梅の3段階に分かれている。

エコノミープラン3万円、レギュラープラン5万円、プレミアムプラン10万円といった具合である。

一般的にビジネス用のオーダースーツを作るお店でも廉価なものだと3万円に届くお店もある中で、コスプレ制作とはなかなか高単価なサービスのようだ。

見積もり依頼をしようと、問い合わせフォームに必要な情報を打ち込んでいるうちに、はたと手が止まる。

・ダブルのジャケットとパンツ
・イエローのリボンタイ
・カッタウェイのシャツ(市販品でも可)
・サングラス(市販品でも可)

これ、コスプレというかスーツ屋さんに頼んだほうが良いのではないだろうか。

そしてやりたいのは(というのもなんだかおかしいが)ゴミ拾いである。
動いたり、歩いたり、汗をかいたりする可能性がある。それに耐えられるのだろうか。

コスプレは動きまわることは想定していないかもしれないから、もし襟や袖まわりの可動域などの設計が甘かったりすると非常に作業しづらい。

また、裏地の縫製といった着心地に関する部分がどのくらいのクオリティなのかも分からない。

とはいえ一般的なビジネスオーダーメイドスーツを依頼できるお店に、ムスカ大佐のような形のスーツをオーダーできるか、たずねても断られる可能性が高い。


■ちゃんと着れるスーツで、変わったオーダーができて、動いても大丈夫なスーツか・・。

・・そうだ、お笑い芸人だ。
あの人達はどこでスーツを作っているのだろう。

以前、お笑い芸人の人が着るスーツをよく制作する店が大阪にあると聞いたことがある。
そういったお店は関東にもきっとあるはずだ。

「芸人 スーツ 東京」で検索してみた。
とあるタレントの方が後輩にオーダースーツをプレゼントしてあげる動画が見つかった。

動画を再生したり止めたりしながら、登場する店名を見つけることができた。


■店名を検索して、問い合わせフォームに必要な情報を入力して送信した。

電話ですべてのオーダーを相談するのは先方にとってもストレスだろう、まず要件を送った。


送ったメール


もしかすると問い合わせフォームを見ていない可能性もあるから、その後電話した。
とても落ち着いたトーンの方が電話に出る。

私は電話口で伝える、

「先ほど問い合わせフォームの方からもお送りさせてもらったんですが、オーダーでスーツ制作をお願いしたくて‥

ダブルのジャケットにカッタウェイのシャツで‥黄色いリボンのタイで‥

丈夫な感じにしたくてですね‥
ムスカ大佐ってご存知ですかね、その格好でゴミ拾いしたくて‥

お願いする場合、採寸に伺うことになると思うのですが、どのようにすれば良いでしょうか。」

自分で説明しながら、何を言っているのか分からない感覚になる。なんだムスカ大佐でゴミ拾いって。

店主いわく「まったく同じの再現というのはできないかもしれないが、近いものなら制作可能だと思う。」との優しいお返事をいただいた。

こんな訳の分からないオーダーにもかかわらず、とてもありがたい。


■来店日を伝えて後日、採寸と生地選びのために伺った。

「ムスカ大佐とはこういう格好をしています」というのを伝えるために、アニメのキャプチャや、実際にムスカ大佐のコスプレをしている方の写真を参考に持っていった。

しかし、すでにムスカ大佐のイラストを出力されていた。
さすがプロという心意気を感じた。とてもありがたい!


お店に行ったらムスカ大佐のイラストの出力があった


まずは採寸。体の各所のサイズを測って、似た形のスーツの上下を持ってきて着用して確認してくれる。
細部の調整について話しながら決めていく。


■まずはパンツ。

「パンツはストレートタイプか、それと流行りのスリムなタイプか。」

うーん、おそらくムスカ大佐ならトラディショナルなストレートタイプだろう。
ストレートタイプでお願いする。


■次にジャケット。

ムスカ大佐は、普通のダブルジャケットより重なりが大きいので、重なりの位置の確認。
アニメを見るとパースが誇張されているシーンも多く、やや大げさに重なっているように見える。
着用には支障をきたさず、かつムスカ大佐のコスプレと分かるような、誇張したラインを探る。
ボタンの位置も私の体型に合わせて良い位置を相談して決める。

そして、ムスカ大佐のジャケットの丈は少し長めだ。
設定資料らしきイラストを見ると、そこまで長くは無いように見えるが、作中ではハーフコートより少し短いくらいの長めの丈に見える。

コスプレとして分かりやすいように、ここも誇張気味にやや長めのラインでお願いした。


■いよいよ生地選びである。

依頼する前から悩ましかったのが、ムスカ大佐のスーツは何色かということである。
設定資料ではうす茶色っぽい色をしているが、アニメの中では暗めのシーンが多いためか赤っぽく、エンジ色に表現されている。

ムスカ大佐のコスプレをしている方の衣装を参考にしてみても、うす茶色派と、エンジ色派が存在している。


うす茶色派とエンジ色派のムスカ大佐


うーーーーん、設定資料重視であればうす茶色だが、わたしの記憶の中の印象ではエンジ色である。

うす茶色だとコスプレとしての判別性がよくないようにも思う。
もしかすると「ただのダブルスーツを着た人」がゴミ拾いをしているように見えるかもしれない。
色はエンジ色方面で選ぶことにした。


■生地が貼り付けられた見本帳を受け取る。


表紙には「王侯の装い」と書かれている。

王侯の装い


どうやらこの生地を作っている会社のシリーズ名のようだ。
そこにムスカ大佐の王族たる自意識を垣間見るような気さえした。なんたるシンパシー。私の自我がムスカ大佐に乗っ取られていくようだ。

生地を眺めていると、色だけではなく、糸目や質感もさまざま。
最初は色だけで選べるかと思ったが、糸目や質感を見るうちに、スーツとしての高級感を欠いてしまっては、大佐としてのリアリティに欠けるように思った。

(改めて言いたいがゴミ拾いをするためのコスプレ作業着である。)

生地を見ると糸目が気になってくる


私も仕事でスーツは着るが、良いスーツは糸目が細かく風合いがある。

遠目から見れば一色に見えても、近くで見れば光の加減で表面の風合いが変わって見えて、細部にこだわりが込められていたりする。

いろいろな生地を眺めていて、ムスカ大佐ならどの生地を選ぶだろうかと考えながら、そしてムスカ大佐のコスプレならどれが分かりやすいかを考えていた。

分かりやすさで言えば、やや派手なカラーや、メタリックな照りが分かりやすいものであろう。

メタリックな王侯の装い


エンジ色と言わず、赤に近いくらいの派手な色や、メタリックな反射があるスーツだと、誰の目から見てもコスプレと認識されやすい。

とはいえ一方でチープな衣装という印象は否めない。

かといって、色が落ち着きすぎたものを選んでしまうと、ただのダブルスーツに近くなってしまい、ムスカ大佐らしさが薄くなるかもしれない。

つまりこれはアニメの中では描かれていないムスカ大佐を、現実で認識できるように解像度を上げていく作業なのであると思う。

わたしにとって初めてのことであるが、世のコスプレイヤーはみんなこんな事を考えているんだろうと想像する。みんなすごいなぁ。


■色々な生地をみて考えあぐねた結果、

ウールとシルクの混紡、エンジ色の糸でヘリンボーンの模様が刻まれた生地にしようと思った。

ムスカ大佐は諜報員(スパイ)という隠密な立場でありながら、派手なイエローのリボンタイをつけるほどにドレッシーさを我慢できないタイプであろうから、離れて見れば一色でも、近くでみれば生地目に趣向をこらしたものを選ぶような気がした。

ドレッシーを我慢できない大佐クラスが着用しそうな生地


偉い人から「ムスカ君、諜報員なのだからあまり派手な服装は・・」と言われても、いう事を聞かない人が選ぶ生地である。最初はもっと派手だったが、だんだん地味になったのがこの服装なのだと勝手に想像する。


■そしてゴミ拾いをするなら暑くなって上着を脱ぐこともあるだろう。

ムスカ大佐が上着を脱いだシーンは描かれていないようだが、おそらくトラディショナルな方向性、とするとサスペンダーかスリーピースのように思う。

上着を脱いでもリボンタイのドレッシーな印象を保つならスリーピース(ベスト付)であつらえるのが正解に思った。
きっとムスカ大佐も脱いだらスリーピースであると信じた。

*もう一度言うがこれを着てゴミ拾いをやろうとしている。


■「この生地でスリーピースのダブルジャケットでお願いします」と伝えた。

選ぶ生地としては、やや珍しかったのか「おお、それですか、ちょっと高いですよ。」と伝えられる。

「なるほどー、いくらくらいでしょうか」と聞くと、なんと、税込13万円ちょい。

どうしよう、これがTwitterなら「目がー目がー」とか冗談を言ってるところだが、シリアスな悩みには冗談も出てこない。思わず息を呑む。そして考え込む。

うーーーーー・・ん、コスプレとしての分かりやすさなら、もう少し安くて派手な生地でもいいかもしれない。

しかし、安めの生地を使ってもある程度制作費はかかってしまうのだ。

オーダーしてまで後悔するものを作るより、ムスカ大佐らしさとしてのリアリティを取るなら、自分としてはこの生地以外に選択肢はなかった。

「これでお願いします」

「お、大丈夫ですかね」

「はい、大丈夫です!」

だいじょばない

何が大丈夫なのか自分でも分からない。
だがここで引き下がる訳にはいかない、訳の分からない熱い想いがある。

お会計をして店をあとにした。

*余談だが仕事柄スーツを着ることも多いが、オーダーメイドスーツを作ったのは生まれて初めてである。
そしてこんな費用でスーツを買ったのも初めてだ。
いつもスーツの量販店で売っているセットの3万円くらいの既製品を着ている。最近は家で洗えるものも多くて便利。


■帰路の中で、これで良かったのか、何か自分は暴走してしまっているのか、ぐるぐると考えが巡った。

自分でも心の整理がつかないが、初めてのことだらけで分からない領域を走るのは楽しいという、アドレナリンだけでここまで来ているのは確かだ。

これで良かった、何か意味があると思うしか無い。何より楽しくもあるが、それより財布がヒリヒリする。ちょっと動揺していた。

そういえば、お店に「インターネットにあげてもいいですか」と聞くのを緊張からすっかり忘れていた。

どうしようか迷って「そうだ、何人かの芸人さんがお店を紹介しているブログなどが見つかれば、インターネット掲載に対してやや寛容かもしれない。検索してそういったページを探してから問い合わせよう。」と思った。


■改めて検索して驚いた。

検索結果に出てきたいくつかの記事を見ると、このお店は芸人さんだけでなく、名だたるミュージシャンの舞台衣装やモッズスーツを手掛けたオーダースーツの名店だった。最初に見た動画だけでよく知らずに注文していた。

中でも私が10代の頃に、CDが擦り切れるほど聞いたミッシェル・ガン・エレファントも衣装を作った店だと書かれている。 えっ? なんだって?

アドレナリンが、よくわからないところから、脳からシュワー!っと吹き出すような感覚に襲われる。頭がカーッと熱くなる。

私が採寸されたあの場所で、チバユウスケさんもきっと採寸されたのだ。

もうそれだけで金額などどうでも良いような気持ちになった。(良くはない

そして、その瞬間に10代の頃の回想が頭の中でめぐり、ミッシェル・ガン・エレファントの「世界の終わり」という曲のPVで、メンバーが渋いブラックスーツに身を包んだまま、ラフな所作でミートスパゲティーを食べるのが最高にかっこいいと感じたあの頃の記憶がよみがえった。

おそらく、ミッシェル・ガン・エレファントをはじめ、ミュージシャンがスーツを着て演じるのにもたどっていけば系譜があって、そのオリジンのひとつはモッズであったりする。(詳細は割愛する)

今になればそれも分かるのだが、若かった当時は「スーツ着てラフに生活してるのってなんかかっこいい」と、ルーツへの理解もなにもなく思ったのだ。

目指すべきはモッズであったかもしれないが、理解が薄い状態であこがれた私は、当時上下で9千円というビビるくらいやすいブラックスーツを大阪のアメリカ村で買い、それを着て脱がずにソファで寝たり、起きてそのまま出かけたりした。むろん周りの友達は普通の私服である。

ある日、それを見たやや年上の知り合いに「スーツ、シワシワやん、なんでそんな恰好なん」と言われ、ハッと私は「スーツはパリッとしてこそかっこいい」という、ラフな所作との矛盾を自分で強く感じてしまい、そして急に恥ずかしくなってしまい、このラフなスーツ生活は終焉を迎えた。


■今のいままで、かつてそんなパッションを持っていたことすら忘れていたのだ。

それが、ムスカ大佐のスーツのオーダーをお願いしたお店が、あの頃あこがれたミッシェル・ガン・エレファントも仕立てた店だと知って、脳の中で訳の分からない記憶と回路が縦横無尽につながれていく感覚に襲われた。

あ、あ、あ、過去の意味不明な行動と、現在の意味不明な行動がつながっていく。こんにちは意味不明な私。

そうか、あの頃からおよそ20年、私はミッシェル・ガン・エレファントがスーツを仕立てた店でスーツを作り、それを着て、あの頃あこがれたような、“スーツでラフな所作の日常を送ること”を実現できるのだ。

その奇妙な偶然がつむいだ事実に感激したことが、このスーツ制作での一番の収穫であった。

でもゴミ拾いという形で。大丈夫かな。

スーツは8月に完成するそうなので、また報告したいと思う。

*これがその曲、今聞いてもかっこいいよ!

thee michelle gun elephant 世界の終わり

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