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夜間警備17

親から子へ受け継がれる遺伝子と言うものは肉体や病気等の情報伝達手段である

肉体の構造から病気まで


私が背が低いのも

胸が小さいのも

癖っ毛なのも

足が短いのも全部遺伝子だ


そしてネチネチと愚痴を飛ばしてしまうのも…


「それはお前の性格であって遺伝じゃねえ」



「明日からまた新しい展示が始まる」

「葛飾北斎…東京人ですね」

「分かりきった事をドヤ顔で言うな。有名な浮世絵師だろうが」

特別展示室に行くとどこかで見たような大波やらお化け…

「初仕事の日にいた幽霊じゃん…」

首から下が皿で出来た幽霊が井戸から出てきてエクトプラズムみたいな?物を吐き出して…

「目が合った!」

「だろうな。何たって天才北斎の浮世絵だからな」

当たり前のように言うな

「てか色んな名前の画家が居ますよ。弟子かなにかですか?」

「全員同一人物だ。北斎は生涯30回名前を変えている。勝川春朗(かつかわ しゅんろう、俵屋宗理(たわらやそうり)、北斎、最終的には画狂老人卍」

「尖った名前ですね。老人になっても中2病」

「だな。本名は川村時太郎で後から鉄蔵に改名している」

「忙しい人ですね」

「引越魔でもあるな。生涯で93回も引越をした。参考までに作家の江戸川乱歩は46回だ」

「うわっ!引越費用が高くつきそうな!」

「だな。北斎の場合は絵を描くだけの生活でゴミ屋敷状態になっていた。家が汚くなったら引越…だ」

「うわっ!そんな人が近所だとやだな~!虫とか湧いてそう」

「俺もやだ」

次のブースに行くといきなり絵画の雰囲気が変わる

「何かおしゃれなデザイン画見たいですね」

影が良い具合に効果を出して、女性の姿が映えている

「ああ、ここからは北斎の娘、葛飾応為(かつしかおうい)だ北斎の三女で北斎の才能を引き継いだ天才だ」

「はー!天才も遺伝するんですね」

西洋画と日本画の美味しいとこ取りのような絵画だ

「それでこの似顔絵は画家ですか?」

悪意を表すようなしゃくれ具合の女性の姿

「応為だ。顎が出ているせいで父親の北斎から『アゴ』と呼ばれていた。彼女は結婚をしていたが、針仕事もろくにしないで旦那の絵を父親と比較して下手だと笑って離婚された」


「あー父親が基準なファザコンですか」

「北斎との合作もあるぞ」

父親としては嬉しいだろうな

「因みに北斎は88で死ぬまで画家であることを望んだ。死んだ後もだ」

先輩の視線の先

無心で絵を書き続ける老人

「また出た…」

こちらに背を向けた老人は聞こえていないのか振り向きもしない

「無視されると逆に寂しいものがありますね」

お化けに襲われる危険性がないのは良いことだが

「欲しがりやめ」

呆れた先輩の隣に女性が現れる

「うちの父がすみません」

申し訳無さそうに挨拶する女性の顎につい注目しそうになって視線をそらす

「あの人夢中になると何も見えなくなるんです」

老人…もとい北斎の頭を叩こうとするのを止める

「それより何か御用ですか?」

先輩が質問すると応為は

「ちょっとお買い物に行きたいのです。この間発売された新作パウダー…」

「お客様お目が高い!このパウダーを作ったメーカーの化粧品は私も愛用しています」

チラシを見せるお客様に思わずマーケティングを行う

「今回発売されたパウダーのカバー力は今までのシリーズ1と言っても過言ではなく…」

「オイコラ元美容部員。お客様のお時間がなくなるじゃねーか」

「あ、すみません。お気を付けて」

お見送りしているとお客様が振り向いて

「それと申し訳ないのですが、父が1時間おきに『おーい』と呼ぶのでそれに答えてやってください」

「はい。かしこまりました」

「大体は物を取って欲しい、等の些細な物です。わがままを言ったら遠慮なく殴ってください」

「いや出来ません」

「それと1時間おきの返事は必ず行ってください。罵声でも何でも良いので。無視して返事をしなかった場合大変な事になります」

くれぐれもお気を付けて

と意味深な台詞を残してお客様は出掛けていった

「1時間おきってきっちり1時間なんでしょうか?」

「さあ。取り敢えずここで張るか。飲食便所は交代だな」

展示室にある椅子を持ってこようとすると

「おーい」

「あ、はーい!」

早速呼ばれた

「どうしました?」

「そこに朱の染料をいれた皿がないか?」

「あ、これですか?」

「そうそう」

背を向けたまま受け取り、そのまま作業をする

「こっから1時間ですね」

「ああ。今のうちに水分とか要るなら行っとけよ」

もしもの時に備え交代しながら北斎を見張る

描いている物は人物、生き物、風景

絵はここの博物館や受付さん

学芸員

作業服の人達

更に

「何で私達の絵まであるの?」

ずっと目を合わせていない私達の姿まであった

「おーい」

「はーい」

「そこの湯飲み取ってくれ」

「ハイハイ」

「はいは一回!」

「すみません」

北斎が私達を呼ぶタイミングはきっちりと1時間ではなくまちまちで

頼み事も物を取って欲しいとか背中をかいて欲しい等

たまに世間話

「もっと長生きできれば絵の技能は上がると思っていたが案外上手くならねーな」

「十分うまいですよ」

時に雑用、時に話し相手

「普通におじいさんのお世話係ですね」

5回ほど繰り返すと慣れてきた

「だな。ただ返事をして雑用だけだし。ただ怪談話に良くある話だと無視すると襲ってくると言うのもあるからな」

「脅かさないで下さいよ。死人が呼んでくるんですか?」

「ああ。俺達みたいに返事を頼まれて返事をする。途中で飽きて返事をしなくなったら死体が襲いかかってくる。とか色んなシチュエーションがある」

先輩が説明していると

「おーい」

1時間もたっていないのに呼ばれた

「はーい。てかまだ30分しか経ってませんよ?」

不思議に思い、聞いてみるも返事はなく

「おーい」

とまた呼んでくる

「おーい」

「はーい」

「おーい」

「はーい」

間隔はドンドン短くなっていき

「おーい」

「おーい」

「おーい」

返事をする暇すらなくなってきた

「ちょっ!返事が…」

「おーい」

「出来な…」

「おーい」

「おーい」

「おぃ…これって不味くないか?」

焦った先輩が私を出口に促そうとするも出口は渦巻きのような龍が大口を開けて威嚇する

「北斎の龍図か」

逃げ場のない私達に

「お前達は何者だ?娘を何処にやった?」

背中を向けていた北斎がゆっくりとこちらに振り向く

これはヤバい

何か知らないけど暑くもないのに汗が吹き出る

身体の震えも止まらず、ガチガチと鳴る自分の歯の音が遠くで聞こえる

「娘をぉ~」

顔が見えそうになった

「父ちゃん!人様に何やってんの!」

威勢の良い声と共に飛び込んできた人影が北斎に駆け寄り、往復ビンタをかます

「良い音立てるな」

「父ちゃん!あんたまた介護士さんを困らせたね!」

襟首をつかんで叱りつける

「俺はお前がいないから…」

ゴニョゴニョと言い訳する北斎の横顔は何処にでもいるおじいさんで

心なしか小さくなっている

「この気性は誰に似たんだか…」

ブツブツと呟く北斎を応為が再度ひっぱたく

「父ちゃんが人様に迷惑をかけなきゃあたしは仏か観音様だよ!」

再度叱りつけ、拳骨を食らわせ後私達に向き直る

「すみません。私が遅くなったせいで介護士さん達にご迷惑をかけました」

「あ、大丈夫です。てか俺達警備員」

「ほら父ちゃんも謝って!」

「すまんかった」

娘から叱られてかなり小さくなった北斎が謝罪する

「そう言えば素朴な疑問なんですけど、もしも返事をわざとしなかったら八つ裂きにされるとかだったんですか?」

少し気になって聞いてみた

「ああ、もしも返事をわざとしなかったらお父ちゃんの絵に閉じ込められるか、龍に喰われるか…です」

お土産を渡しながら笑う応為に

「ちょっとトイレ…」

先輩にお土産を渡しトイレにダッシュした



絶対に辞めてやる



終わり


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