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Kカフェで会いましょう

ふと、頭の中にぼんやりとした映像が浮かんだ。
幼い時に観ていたテレビ番組の記憶なんだけど。

あれは…たしか、ゲームだ。
ゲームを紹介する番組。

あ~この番組名なんだったっけ?

司会は…眼鏡をかけた髭のおじさんで…
ニンテンドーのソフトを紹介する番組かな?
ちがうな?
番組内容がちゃんと思い出せない。
スタジオでスポーツ対決したり、子供の特技を比べっこしたり…変なコーナーばかりが思い出されて、肝心のゲームのコーナーが全然思い出せないぞ。

あれは…なんていう番組だったかな…

とりあえず、『デタデタ』で調べてみようかな。

『デタデタ』とは、『なんでも検索できるデータベース”デタデタ”』という国が用意した検索サイトのこと。

GoogleとかYahoo!とかあるでしょ?ああいうサイトみたいに検索ワード欄に好きな言葉を入れて検索をかければ、ワールドワイドウェブ上に転がっている情報の中から的確な検索結果を表示してくれるというシステム。検索サイトって1994年ころから存在しているシステムらしいけど、今じゃ普段の生活においては欠かせないものになったよね。この『デタデタ』がなければ、わたしたちは路頭に迷うかもしれない。データを常にインプットしておかなければならなくなって、脳のメモリがすぐパンパンになってしまうだろうし。

わたし、ドジだから、ゴミの日や役所に提出するデータの締め切り日をすぐ忘れて、しょっちゅう検索をかけてしまうんだよね。あのカッコいい俳優の名前なんだっけ?とか速攻調べちゃう。でもサーバに負担かけるとアクセス制限がかかってログインもできなくなっちゃうからほどほどにしないとね。

重要なものから些細なものまで、検索すればたいていのことはわかる。でも都合のいいことしか出てこないともいえる。国のシステムだからね。名前はダサいんだけど、便利だよ。あらためて考えるとこれは凄いことだよね…情報はつねに増え続けていくというのに、どうやって管理・収集しているのだろう。どこに巨大なデータセンターがあるの?兎にも角にも、われわれの生活のために24時間365日システムを監視してくれているエンジニアや管理組織には感謝感謝。

さてさて、肝心の検索をいたしましょうね。
検索ワードは…『ゲーム』『テレビ番組』と…

だめだ。検索結果110,000,000 件。
もう少し絞らないと。
だったら、テレビ番組のデータベースにアクセスしてみよう。

テレビ局を選択してくださいときました‥‥放送局はどこだったかな…マニアックな番組やゲームといえばやっぱり『テレビ東京』かな。放送年数を選ぶところもあるけど、リアルタイムでみてたのかなぁ?記録映像を見たのかもしれないし。ちょっと自信がないから空欄で。

あとフリーワードに司会者の特徴も入れてみようかな…
『司会』『メガネ』『ヒゲ』と。

これで絞ってもまだ896,000 件!!
もうちょっと絞るか~。

番組には…レギュラーのおねーちゃんとおにーさんもいたはずなんだ。みんな美男美女だったような気がするんだよ。でもそれだと逆にどんな特徴があったか思い出しにくいんだよねぇ。ず~っと昔にアルファベットと数字のグループ名で可愛い女の子がわーって歌って踊るやつあったでしょ?ああいうグループはみーんな同じ顔に見えちゃって全く名前が覚えられないんだ。

もう…直接脳みそに端子をつないで記憶をアウトプットできる機械が使えたらいいのになぁ。頭にうかぶ映像を言語化するのって難しいよね。普段やらないから。

そうだ。
レギュラーメンバーの中にひとり、黒縁眼鏡をかけたイケメンがいたよ!そのひとが新作のゲームを紹介していて、そこだけがちゃんとゲーム番組だった。そのひとかっこよくて好きだった。司会の人から『ワタナベ』って呼ばれててよくいじられていたっけ。

『黒縁眼鏡』『イケメン』『ワタナベ』検索ワードに追加してみよう。

検索…!

でたでた!検索結果。

大竹まことのただいま!PCランド』(おおたけまことのただいま ピーシーランド)は、テレビ東京系列局ほかで放送されたバラエティ番組(ゲーム番組)。テレビ東京系列局では1989年4月4日から1992年3月31日まで、毎週火曜 18:00 - 18:30 (JST) に放送。

デタデタテレビ番組データベース

あ~!そうだそうだ、こんな番組名だった!PCエンジンのゲームを紹介する番組だったんだね。PCエンジン、懐かしいな~!遊んだ!司会のヒゲメガネは大竹まことだったのか。

『デタデタ』にテレビ局から提供された参考映像データもある。ちょっと再生してみよう。

そうそうこの人!黒縁眼鏡をかけたイケメンワタナベさん。
渡辺浩弐さん!
この回観たことあるなぁ。
渡辺さんの肋骨が折れちゃう回だぁ。
渡辺さん、涼しげな顔してるけど、相当痛いよ、これ。

こんなのよく放送できたなぁ。
いまならテレビ出演者ナンタラ協会からクレームで賠償請求もの…
なんだったら放送局が1個なくなるかもしれないよ!

しかし…ふと思ったけど、この番組…途中からちゃんと観てないかも。最終回みたことあったかな?

ああ、番組を放送していた頃…塾に通うようになって、観るのをやめちゃったんだ。ビデオに録画していたような気もしたんだけど、勉強が追いつかなくなってきちゃって、結局ゲームをすることもなくなり、テレビを見ること自体なくなってしまったんだな。受験を控えてて朦朧としていて、毎日ふらふらしながら学校や塾に行ってたことしか記憶にないや。

それはそうと、イケメンワタナベさん、今も元気なのかな。

今もご活躍されているのであれば、人物検索で出てくるよね。
『渡辺浩弐』と

渡辺 浩弐(わたなべ こうじ、1962年10月4日 -)は、福岡県福岡市出身の作家。デジタルメディア評論家株式会社GTV代表取締役 。 作家としても活躍。『1999年のゲームキッズ』などをはじめとする 小説の他、マンガ、アニメ、ゲームの原作も手がける。1999年から中野ブロードウェイにある飲食店「Kカフェ」店主でもある。

デタデタ人物データベース

あ、『1999年のゲームキッズ』って知ってるよ!ゲーム雑誌に載っていたショートショートだ。突然ゲーム雑誌の中に面白い読み物の連載が始まって、すごくハマったんだよ。ちょっと真似したくてわたしも物語を書いたんだけど…うまくいかなかったな。テレビに出てた渡辺さんって、この作品書いてた渡辺さんだったんだ。一致してなかった!調べてみると面白いなぁ。

そして?中野ブロードウェイに『Kカフェ』っていうお店があって、その店主…?中野ブロードウェイにそんな名前のお店あったっけ?

中野ブロードウェイには行ったことあるんだよ。東京都中野区にあるショッピングセンターでしょ。日本初のショッピングセンターと集合住宅が合体した施設で、そこにできた『まんだらけ』というマニア向けのお店が有名になったから、『サブカルチャーの聖地』って認識されるようになったんだよね。

いつだったか、たまたま入った『まんだらけ』で好きなドラマの台本がずらっと並んで売られていたことがあったんだよ!興奮して「ここからここまで全部ください!」って言って買った!お店の人は唖然としてたけど…あれは感動ものだったな。

あそこは凄いよ、お宝グッズや子供のころ買えなかったものが何でも手に入る錯覚に陥るの。見て回るだけで時間が溶ける。

身体の調子が悪くなって、気軽に出歩けなくなってからは行ったことがないね…行った気分になれる通販サイトがあるから、たま~にそれを眺めていたけど…昔の漫画やおもちゃが資産運用の一環としてもてはやされるようになって、手が出せない価格になっちゃったし。いまとなっては、買ってそばに置くのもなんか虚しいし、美術品データベースや、書籍データベースで写真やデータを眺めてるほうが、心とお財布の平和が保たれるってものですよ。

なになに…『Kカフェ』は開かずのカフェ?
渡辺さんが過去に質問に答えてる。

僕は中野ブロードウェイで喫茶店(「Kカフェ」)を経営していて、いつもここにいるのですが、このお店はほとんど営業していません。自分のためにコーヒーをいれて、自分ひとりで飲みながら、日がな一日ぼんやりとしています。客が一人も来ない喫茶店って、控えめに言って最高です。
もちろんお客さんが来てくれる喫茶店も良いものですから、時々あまりにも寂しくなったらおもむろに営業をはじめます。ただ、別にアナウンスしたり電飾を灯したりするわけではなく、僕が心の中で「はい開店」というだけですので、ほぼ誰にも気づかれることはありません。そのタイミングでたまに奇跡のように来てくださるお客さんがいるんです。

mond より引用 https://mond.how/topics/yst3djrm31zyh3j

ほとんど営業していなくて、たまに営業するのか。面白いお店だなぁ。秘密クラブみたい。あと、お店から生配信したりするんだね。過去のアーカイブが残っているから見てみましょ。

わぁ…渡辺さんっていまもこんなに素敵でダンディなのね!

さすがにカフェだと実際に行くしかないし…その辺はちょっと身体と相談してみないとだけど…でも、渡辺さんがカフェにいるなら、行って、会って、お話ししてみたいなぁ。渡辺さんが淹れる珈琲を飲めるなんて、素敵。

不定期オープン。次の開店日は…来週の金曜日!
来週の金曜日かぁ…ちゃんと移動できるかなぁ。
不安だけど…行ってみようかな。


そうしてわたしは、ひょんなことからイケメン渡辺さんに会いにいくことにした。長い時間をかけて準備し、金曜日、やっとこさっとこ中野についた。健康体だった時と違い、移動だけでも結構疲れる。慣れていない乗り物に乗らなければいけないし…。余裕をもって家を出てきたはずなのに、とっぷり日が暮れていた。

ブロードウェイに入ると、そこはゲームのダンジョンみたいになっている。『Kカフェ』の場所はインプットしてきたんだけど、ちょっとひとりでたどり着く自信がない。移動は大変だし、方向音痴だし…。

インフォメーションセンターに立ち寄って、『Kカフェ』に行きたいって伝えて、4階までサポートしてもらおう。

インフォメーションセンターにいる、陶磁器のような白い肌のお姉さんに希望を伝えると、館内専用のカートのような乗り物に乗せられた。

ブロードウェイの中は人はまばらで、以前のようなにぎやかさは落ち着いていた。どうやらサイトで買い物する人が多くなり、実際に足を運ぶ人は【通】の人だけのようだ。しかし相変わらずマニアックなお店ばっかり。きょろきょろと見回すわたし。おもちゃ屋さん・古本屋さんも多いけど、高級時計店が多いなぁ。
「スマートフォンとかスマートウォッチとか定番化した時代にアナログの時計なんて売れるんですかね?」
サポートしてくれているお姉さんに訊ねると、お姉さんは聞き取りやすい声で教えてくれる。
「最近はアナログの時計がはやっているんデス。ヨソから来られる観光客の方々にも人気なんデスヨ。最近はインフォメーションセンターに立ち寄られる方のほとんどがアナログ時計を買えるお店を案内してほしいとおっしゃられマス」
「そうなんですかぁ…アナログ時計はメンテナンスが大変なのになぁ…スマートウォッチのほうが体調管理してくれたり、機械と連動してリモコンになったりして便利だと思うんですけど」
「ワタクシがこんなこというのも差し出がましいのデスガ…便利さがあたりまえになった世の中で、面倒や不便さなど…アナログな体験から得られる何かに惹かれてしまうんでしょうネ」

なるほどなぁ…確かにわたしがこんなにしてまで渡辺さんに会いたいと思うことや、渡辺さんの淹れた珈琲が飲みたいと思うことも、そういった体験から得られる何かがあると思ったから…かも。

お姉さんと会話しているうちに、4階にたどり着き『Kカフェ』のすぐ近くまでやってきた。

白く細く長い廊下が続いていた。
そして、その先にWEBサイトで観たのと同じ『お店の扉』がある。

「ココをまっすぐ行けばお店に行けますヨ。ご案内はここで終了となりますが…あとはおひとりで大丈夫ですか?」
「はい、あとは大丈夫です~。ありがとうございました」
「お帰りの際は、またお迎えに上がりますので、この発信機のボタンを押してインフォメーションセンターまでご連絡ください。では、ごゆっくり」

そういってサポートのお姉さんは発信機をわたしに取り付け、笑顔で一礼すると、スーッとカートで帰っていった。

ひとりになったとたん、すごく緊張してきた。
胸がドキドキしているような気がする。

ゆっくり、お店の扉に近づいてみる。

扉が少し開いていた。
その隙間から、光が漏れている。

ガリガリガリガリ…

中から、コーヒー豆をひいているらしき音もする。

ちょっと中をのぞいた。

黒いシャツの男性が、お店の準備をしている。
わたしは思いきって声をかけてみた。

「あのーすみません…」
「はいっ」

突然ドアの隙間から声が聞こえたので、黒いシャツの男性はやや驚いていたが、こちらに気付き、ドアのところまで歩いてくる。そしてわたしの目の高さまで降りてきた。

まぎれもなく渡辺浩弐さんその人だった。

憧れの人が、目の前にいる。
急接近。
緊張を抑えつつ、必死で声を発した。

「お店…初めて来たんですけど…今日あけますよ…ね?」
「あ、はいっ。でもいま準備中で…まだ掃除もちゃんとしてないんですよ…ごめんなさい」
「早く来ちゃってすみません。わたし、また後から来ます」

その場から離れようとしたわたしに、渡辺さんは気を遣ってくれた。

「あ、いや…時間つぶしてくるのは大変でしょう?あと1時間くらいでオープンするので、とりあえずお店に入ってください」
「いいんですか。ありがとうございます」

渡辺さんに誘導されてお店の隅に移動したわたし。白を基調としたおしゃれな店内を見まわす。

「ちょっとがたがたしてて…ゴメンナサイね」
「こちらこそ、オープン前にすみません。」

お店の開店準備で忙しそう…なんだけど沈黙が続くのもなんだか怖い。お邪魔にならない程度に、今日ここに来たいきさつを説明した。

「あの…渡辺さんのこと、小さい時にテレビで見て…いまして…ふと、先週その番組のことを思い出して、いろいろ調べたら、渡辺さんのお店の情報をみつけて…今日、勇気を出してきてみました!」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「お店からの配信動画も観ましたけど、渡辺さん、今も昔も雰囲気がお変わりなくて…びっくり!」

嬉しくて、まくし立てるように早口になってしまう自分がわかる。恥ずかしい。そんなわたしの様子を見て渡辺さんはふふっと微笑んで言った。

「ああ…配信…ここだけの秘密ですけどね、実は時々、実験的にAI生成映像を使ったりしてるんですよ。」
「え!?そうなんですか?」
「昔の映像をソースにしたりしてずるしてますね。必殺”AI若作り”。あと、身体をあちこちメンテナンスしてましてね。」
「だから印象が変わらないのかもしれないですね。全然昔と変わらないです!かっこいいです!」
「あはは、そうですか?」

渡辺さんはそう言って少し照れたあと、わたしの方に視線を向けた。

「何か飲み物出しますか?そこのメニューから選んでいただければ…」
「お気遣いすみません…ではここはやはり渡辺さんのこだわりの珈琲を…」
と、注文しかけたわたし、重要なことに気が付いた。
「あ!!」
「どうしましたか?」
「わたし、珈琲飲めないんでした!物理的に!!やだなぁ‥カフェに何しに来たんだろう…」
バツが悪い…申し訳なくて恥ずかしい。
「それを忘れちゃうくらい、この店に惹かれたってことかな?」
渡辺さんは微笑みながら続けた。
「ちょっと味を確認したり、香りを確認することはできないの?」
「あ、それは少しならできると思います」
「じゃあ、珈琲淹れますね。一緒に楽しみましょう」
「ありがとうございます。本当にわたし、昔からドジで…」

珈琲のいい香りが、店に広がる。
渡辺さんはじっくりゆっくり珈琲を淹れてくれた。

「はい、お待たせしました」

わたしの前に淹れたての珈琲がやってきた。
いい香り。いつぶりだろう。ほんものの珈琲の香り。
ちょっとだけ味見する。フルーティな酸味…とか言ってみたいけどよくわからない。子供の味覚を恨む。でもおいしいのはわかる。

「おいしいです」
「そうですか。それはよかった。今日は金曜日だけど、お客さんはもう少し遅い時間に来ると思うから…ゆっくりしていってください」

渡辺さんはわたしの隣に座った。

「あなたは…えーっと。そうだ、お名前聴いてもいいですか?」
「レイカといいます」
「レイカさんね。レイカさんは、その、学生さんですか?制服…高校生?」
「これは中学の時の…」
「よくできてるね…これ…AI生成ホログラム?」
「はい。そうなんです」

こんな話を、誰かに話すなんて思ってもいなかったけど、せっかくだから、渡辺さんだから、話してみることにした。

「わたし、高校受験に行く途中で事故にあったらしいんですね。勉強しすぎでふらふらしていて…打ち所が悪かったみたいでそこからずーっと目覚めなかったそうなんです」
「その頃の姿を元にしているんだね。ホログラムは」
「そうなんです。投影サイズが小さくてすみません」
「いやいや、小さいのもかわいいですよ。レイカさんの意識が戻った時には今の姿だったの?」
「はい。ずーっと眠り続けてる間に、医療技術が進み生体維持装置の技術ができたんで、親族が手続きしてくれたんです。本当はちゃんとした人間のいれものに入れたかったみたいなんですけど、事故の相手はお金払えない人だったらしいし…生体維持認定の”等級”が低くて、あまり保険金も補助金ももらえなかったものですから…この姿がやっと…親族には相当無理をさせました」
「そっかぁ。いろいろ大変な思いをしたんだね」

重たい空気が流れた。普段あまり人に自分のことを話すことなんかないし、ましてや自分の姿を受け入れられることなんて稀だから、ただ純粋に話をきいてくれる状況に泣きそうになる。脳がざわざわする。

沈黙を破ったのは渡辺さんだった。

「さっき、メンテナンスしてるって言ったけど…僕もね、実は生体維持システムで身体を直してましてね」
「そうなんですか?」
「昔テレビ番組で、肋骨折ったり、怪我したりしてたでしょ」
「ああ…あの時の…」
「もともと格闘技はやっていたんだけど、体が強いわけじゃなかったから、怪我が多くてね。歳を重ねていく毎にあちこちガタが来てしんどいものだから生体維持システムを利用して部分的にメンテナンスしてたんです」
「そうだったんですね」
「だけど手間と時間がかかって大変でしょ…まだまだやりたいこともあるし、書きたい物語もあるから時間を有効に使いたかった。そんな時、ある企業に声をかけられたんですよ。身体を全部機械に変えてみませんか?って。テストモニターだったんですけど、面白そうだからやっちゃえって。もはや銀河鉄道999の世界だね…ってスリーナインわかるかな?」
「見た目は中学生ですが、中身は1981年生まれなので、かろうじて」
「久しぶりだなぁ。こういう話の通じるお客さんが店に来たのは。この店に来るお客さんはね、僕の存在をどこかで知ったゲーマーや読書好き、2020年ころのSNSのログを見てたどり着く人が多いんですよ。あとは昔の常連さんのお孫さんとか…だから、昔の話はほとんど通じないね。いや、違うな。ぼくたちが生きているはずのない時代で勝手に生きているだけか」

そういって、渡辺さんは笑った。

「僕ね、時代が変わっても、人の流れや町の空気が変わっても、この店だけは何も変わらない…そういう風にしたいんですよ。時空がねじれちゃってるみたいで面白いでしょ。科学や技術の発展にはとても興味がある。だけど、変わらないものもあったほうがいいなと思ってこの店を続けてるんです。ずっとかわらないカフェがある。そこにデータじゃわからない面白いことや、ネットで調べても感じることのできない香りや味がある。そして僕とお客さんとの刹那的な会話がある。これって結構幸せなことだと思うんですよ」

「そうですね…!素敵な場所ですね、ここ」

初めて来たのに…そう思えない居心地の良さ。わたしは、渡辺さんの思いと懐の深さに感動した。できることならずっとここにいたいくらい…

そんなことを思ったとき、生体維持システムと連動しているスマートウォッチからアラート音が鳴り響いた。

「大変!」
「どうしましたか」
「生体維持液の濾過がうまくいってないっていうシステムのアラートが…あと2時間以内に液の取り換えが必要…だと」
「大丈夫?」
「仕方ないです…ちょっとお財布が痛いけど、医療タクシーを呼んで、病院までぶっと飛ばしてもらいます!」
とり急ぎわたしは、渡辺さんに発信機のボタンを押してもらった。5分以内にインフォメーションセンターから迎えが来るらしい。

「最初から最後までお騒がせしてすみませんでした」
「次、いつ店をあけるかわからないけど、また来てくださいね」
「はい」
「じゃあ握手代わりに」

そういって渡辺さんは、わたしの「本体」が入ったいれものに手を当てた。

とてもやさしく。

わたしは、顔が熱くなっていくのを感じた。いや、熱くないか…そもそも今のわたしには顔がないのだ。けれど、脳が刺激され、かつて身体があった時のように反応をしているのがわかった。

「結構、あたたかいですね。生体維持液ってあたたかいんだ?」
素敵な声でささやかれ、脳がしびれる。
「お医者様が言うには、羊水の温度と同じらしいんですけど」
「気持ちよさそうですね」
「そうですか?」
「揺蕩っていて、お風呂に入っているような、気持ちよさそうな感じに見えるんですけど…実際はどんな感じなんですか?」
「そんなこと訊かれたのは初めてです…」
「物書きの性です。気になっちゃって。気分を害したならごめんなさい」
「大丈夫です。感覚は…ふわっとするけど、お風呂って感じではないかな…それくらい気持ちよかったら毎日しんどくなくていいんですけど」

普段、男のひとにいれものを触れられたり、「本体」をじっくり見られたりすることがないから、恥ずかしいような照れくさいような…なんとも言えない気分になる。そそくさとお会計を済ませると、ちょうどお迎えのカートが来た。

「ありがとうございました。また来ます」
「気を付けてね」

白く細く長い廊下を自走して、インフォメーションセンターのお姉さんのもとに辿り着くわたし。振り向くと、渡辺さんはこちらに手を振っていた。だからわたしも力いっぱい手を振った。でも小さいホログラムだから見えなかったかもしれない。


こうしてわたしの大冒険は終わった。カフェを後にし、病院へすっ飛んで行ってシステムを診察してもらい、液をとりかえ、事なきを得た。ただ、経済的なダメージは大きかった。補助を受けているとはいえ結構な額だった。
まぁ、古いバージョンの生体維持システムを使っている宿命というか…。

でも、『Kカフェ』で過ごした時間、渡辺さんとお話しした時間は何物にも代えがたい、プライスレスなものとしてわたしの記憶に残ったよ。この後も何回かお店に遊びにいきました。渡辺さんとのお話しは楽しくて…表に出せない話もあったりするけど…でもそこがスリリング。ただただ静かに過ごすこともあるし…いろんな楽しみ方がある。何回か通ううちにほかのお客さんとの交流もできたし…これからも、無理のない範囲で年に数回は顔を出せたらって思ってるんだ…!

今、これを読んでいるあなたは、どんな時代の、どんな人?

たまたま『デタデタ』で検索していてヒットした人?わたしのように『ただいま!PCランド』を調べていた人かな?それとも『渡辺浩弐さん』や『Kカフェ』のことを調べてたどり着いた人?

もし、この記事を読んで『Kカフェ』が気になったら、一度勇気を出してお店をたずねてみて。中野ブロードウェイ4階にあるからね。お店が開いているかはその時の運だけど…データを検索して、WEB記事を読んで何かをわかった気になるよりも、ずっと素敵で心に残る体験ができるよ。

そして、もし、その時にわたしがお店にいたら声をかけてみてね。
きっと、観た瞬間、わかるはずだから。

「いつか、Kカフェで会いましょう」

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