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平成の終わりに振り返る「私のメイド・執事研究とネットと同人誌」 その4 資料収集と資料の方向性(後編)

ようやく「資料収集と資料の方向性」後編です。

第5期:ネットの利便性の第二期と、当時の政府刊行書など

これまでに列挙してきたもので一定の情報が集まったように見えるものの、まだ触れていない手段と資料の方向性があります。手段としては、ネットの技術発展に伴う「デジタル公開資料の増加」、資料の方向性としては「家事使用人の雇用が社会問題化した際に発行された当時の資料」です。

ここで「家事使用人の雇用が社会問題化」という言葉を使いました。これは第一次世界大戦終了の頃、家事使用人のなり手不足は、英国政府や社会が向き合う課題として認識されました。これまでの参考資料の多くが「家事使用人の成立・職種・仕事内容・個人の生き方」にフォーカスしたのに対して、雇用衰退の時代を扱う資料には、同時代の情報を欠かすことができません。

【手段】

本テキストで言及したい領域に「ネット」が入っており、前編ではネット通販の利便性を取り上げました。次いで、時代の変化によって私が得た大きなメリットはデジタル公開資料の拡充で、(A)(Google Booksなど電子書籍)、(B)デジタル公開資料の拡充(オンライン公開資料・有償サービス)と、(C)遠隔地からのコピーリクエスト、この3点の恩恵を得ました。

●(A)Google Booksなど電子書籍)

Google BooksやInternet Archiveなどには、かつて海外の大学図書館に行かなければアクセスできなかった貴重な「一次資料」が大量に存在しています。200年以上前の本が、読めるのです。

大学図書館の古い書籍がスキャンされて、現地に行かなくてもアクセスできる利便性は素晴らしいものです。あまりに古すぎる資料は流通しておらず、購入することもできませんし、大学図書館などへアクセスする環境にない人間にとっては、恩寵でした。

私が講談社から刊行した、英国の屋敷で働いた家事使用人の資料本『英国メイドの世界』でも、ウェブのリソースをかなり用いました。こちらの[参考資料リスト]家事使用人/マニュアルには、19世紀に刊行された資料を多く掲載していますので、ご参照ください。

Internet Archiveでは、前のテキストで言及した『The servants practical guide : a handbook of duties and rules』もあります。

19世紀はいわば、生活様式を金で買う時代ともいえ、裕福になった人々が「憧れのライフスタイル」を実現するために、商品だけではなく、家政マニュアル本を買って使用人のいる暮らしを実現しようとしました(『ミセス・ビートンの家政読本』など)。料理のレシピや掃除方法に加えて、使用人をどう使うか、何をさせるかもそうした本には掲載されていましたが、これらの本を一定数、ウェブで読むことが可能になっています。

わざわざ本を買う必要もありませんし、誰かに解釈された情報ではなく、生の情報にアクセスできるのです。この環境がより拡大していくと、本に依存する=購入する資金に依存する形で得られた一種のアドバンテージは消えていきますし、私が研究を始めた頃には考えられない「高速道路」が建築されていました。

そして何よりも、一部テキストはデジタル化されているため、本文キーワード検索も可能です。これにより、必要な情報にすぐアクセスできます。

●(B)オンライン公開資料・有償サービス

電子書籍に加えて、今や海外の図書館や美術館が収蔵品をデジタル化して公開していることも珍しくありません(有料サービスも多い)。例えば新聞記事であれば、家事使用人の求人広告を検索することもできます。

英国の新聞などのコレクションへアクセスするためのリスト

https://www.bl.uk/collection-guides/newspapers

英国ナショナルアーカイブス:国勢調査、出国記録、死亡記録、軍属者などのリスト

以下はナショナルアーカイブス内のサンプルで、一般家庭のどういう情報を調べられるか記載されています。

こちらが国勢調査のリンク集です。

以下、「家事使用人」だった人の国勢調査リストを抽出した検索結果を見ることができます(詳細を見るにはお金がかかります)。

屋敷Harewoodが公開した、屋敷で働いた家事使用人データベースというものまであります。

10年前には、The Timesの新聞記事データにアクセスできるぐらいだったと思うのですが、2010年代にはデジタル化が相当に進み、データを掘りやすくなっています。

余談ですが、裁判記録も残っていて、英国の屋敷で起こった殺人事件を題材にした小説『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』の事件についても、犯人名が記載された裁判記録を見つけることができます。

加えて、2010年代に盛り上がっているトレンドでは、「先祖を知りたい」というニーズの高まりを受けて進む、国勢調査のデータベース化があります。以下、英国ナショナルアーカイブスの通販で買える、「家族史を調査を助けるガイドブック」です。数十冊、関連本が出ています。NHKでも、著名人の「家族史」(https://www4.nhk.or.jp/famihis/)が放送していますね。

そのうちの一冊には、家事使用人の総合書を記したパメラ・ホーン氏の『My Ancestor was in Service』という本もあります。

これらを鑑みるに、アクセスできるデータは飛躍的に増大しています。

他に、私が『英国メイドの世界』で参考にしたのが、英国の過去の法律を掲載する政府のサイトです。狩猟を司る使用人・ゲームキーパーの活動は法律で明確に規定されており、その内容を確認できます(以下のリンクは資料リスト)。

これも、ウェブにコンテンツがあるおかげです。

●(C)遠隔地からのコピーサービス利用

英国ナショナルアーカイブスでは政府公開資料を検索し、コピーも依頼できます。たとえば、以下は私が取り寄せた1919年刊行の英国復興省の戦後課題をまとめた報告書『Ministry of Reconstruction: Records』のページです。この文献の存在を英書で見つけ、同サイトで検索し、報告書の中にある「22 Domestic Service. 」のコピーを依頼しました。

以下がコピーの実物です。

こうしたコピーサービスは、日本の国会図書館でもようやく始まっています。

こぼれ話として、私がどうしても読みたい絶版英書の検索をしていたら、日本の図書館にあったという体験もありました。これは1925年刊行の英書を、「Google Books内にあった国内図書館の蔵書を記した書籍」の中に見つけ、その図書館のコピーサービスを利用して入手できました。

運が良いことに、刊行の翌年の1926年には、日本の図書館に寄贈されていたのです。日本でも家事使用人問題に関心を持っていた人がいたのでしょう。

【資料の方向性】

●(A)政府報告書(広義に省庁・公的機関によるものとする)

家事使用人の雇用が本格的な社会問題となり(これは現代日本の介護業界の人材不足と構造的課題が重なります)、第一次大戦中から英国政府がこの問題に取り組む「政府報告書」が作られています。

なかでも1916年刊行の家事使用人への聞き取り調査をまとめた『Domestic Service: An Enquiry by the Women's Industrial Council: Report』は、家事使用人の生の声を伝える貴重な資料です。ここには、社会的偏見(見下される、人に職業を知られたくない)や主人たちからの抑圧など、数百の声がまとめられています。

先述した復興省のレポート(1919年)もこうした課題に沿ったものです。こちらの写真の左側は1923年の労働省の報告書の実物を古本で購入したものと思います。右側の写真は「1945年(第二次大戦終戦の年)の資料」をコピーしたもので、20年以上、問題が解決しなかったことが示されています。

こうした報告書では、報告者による(A)現状認識と課題の共有、(B)課題を引き起こす原因の分析、(C)課題を解決する手段の提示があるため、問題を理解するのに役立ちます。

●(B)当時の刊行物

社会問題への取り組みは、政府以外の人々にも機会を与えました。家事使用人のなり手不足問題に関して、政府報告書同様に課題解決の提言を行う本が複数、出版されていました。以下、私が気に入っているものです。

『The Domestic Problem, past, present and future』は待遇や社会的地位の向上を、『The Psychology of the Servant Problem. A study in social relationships』は心理学者でかつ家事使用人経験をした著者によるもので、待遇改善に加えて雇用主の意識を変えることを求めるものでした。結果的に、後者が正しかったと思います。

この後者の『The Psychology of the Servant Problem. A study in social relationships』こそが、先ほど言及した国内図書館に寄贈されていた本です。

独自のアプローチで面白かったのは、「使用人を必要としない家に住もう・生活をしよう」という本『The servantless house』です。家を汚さず、汚れにくい工夫をすることで、掃除の手間を省こうというものです。

1. 待遇を改善する(使用人の我慢の許容度は上がるが、我慢は続く)
2. 働きやすい環境を作る(雇用主も意識・生活を変える必要)
3. そもそも使用人が必要な仕事をしなければよいのでは?(脱使用人生活)

という軸で言えば、1は通じない、2はうまくいかず、3は電気水道ガスの普及での改善もあり、使用人不在でも通じる世の中へと変わっていきました。

ご参考までに、家事使用人に対する女主人の態度と使用人問題を書いたテキストを置いておきます。

まとめ

ここまでで、だいたいの情報へのアクセス手段と、本の情報を書きました。私の情報のベースは基本的に出版物や一次資料であるため、ネットでの情報源はあまり使っていません。この辺りは好みの問題で、精度が高いサイトもあるでしょうし、あくまでも研究者向けになります。

大筋では2010年に書いた「『ウェブで学ぶ』から思うこと」の手段と変わっていませんが、2010年代はデジタル化の範囲がより拡大していて、過去に電子化していなかった情報がアクセスしやすくなっている印象です。

出版に関しても、世界的大ヒットとなったドラマ『ダウントン・アビー』(2010年)と電子書籍の市場の伸びが重なり、英国では過去最大級に家事使用人の自伝や本が出版されるようになっています。データ化が進むことで、今までになかった角度でのアプローチもできるでしょう。

たとえば、Harewood Houseのデータベースから家事使用人の職種別平均在籍期間を出せたり、国勢調査の時系列データを通じて、家事使用人の移動距離、前職使用人からのその後、使用人になる前の職業・状態、ある時点での家事使用人の年齢、地域別の年齢水準など思いつく限りで分析も可能です。

資料編の最後に、「メイド研究のご先祖様」にして「メイドと結婚したヴィクトリア朝の紳士アーサー・マンビー」が残した、これまで上げてきた方向性のどれにも当てはまらない資料を紹介します。

『Faithful Servants: Being Epitaphs and Obituaries Recording Their Names and Services』

これは、様々な地域の墓碑から家事使用人のものだけを抽出した記録です。彼らにどのような言葉が捧げられたのか、どんな名前だったのか、どんな年齢だったのかが墓碑には刻まれており、これも一種のデータとも言えます。そして、それらをデータ化・EXCELに登録してグラフにした同人誌を過去に作ったのを思い出しました。

次回は、「私のメイド・執事研究とネットと同人誌」のタイトルで言及できていないアウトプットの場所としての「ネットと同人誌」について触れようと思います。


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