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「私の青い星~Bluestar~」第九話 創作大賞2024 #恋愛小説部門

第九話


専門学校に入って、市澤祐介と佐々木里奈に出会い、私は本当に笑えていると思う。周りから見たら「お上りさん」の私。もし二人に出会えなければ、ここ東京で、周りに合わせることに必死で打ちのめされていただろうと思う。二人といると、気負わずに話せる。
静岡では標準語で話していると思っていた言葉が方言だったこともあったが、佐々木里奈の話し方を聞いていて、自分も方言で話していることに気づいた時も、それを馬鹿になどされなかった。
 
 秋になり、就職に関する話題が増えてきた。本当は、池袋の近くで焼肉屋を営んでいるはずの黒崎健吾に再会することが目的だったはずだ。
最初のうちは、焼肉屋を見つけると、店員の姿を探したり、その店が個人経営なのかチェーン店なのかを探ったりもしていた。けれど、池袋に近いというのがどこまでの範囲を指すのかわかならかったし、数え切れないほどある焼肉屋から、黒崎健吾の実家を探すことなど出来ないような気がして来ていた。
 
専門学校とアルバイトで過ごす時間が、自分が想像していたよりも遥かに充実しており、本来の状況の目的をわすれかけていた。
シェ中西のオーナー中西守の影響で、自分は西洋料理の道に進むのだという気になっていたが、複雑な調理過程を踏むフレンチよりも、居酒屋とか家庭料理の方が好みではあった。
 就職説明会では、卒業生が何名か来校し、いろいろな選択肢があることを教えてくれた。
実家を継ぐもの、大手食品会社の新商品開発に携わる者、外資系企業で輸入食品の営業をしている者、ホテル・旅館の厨房で働いたり、大手外食チェーンの店長に入社三年で抜擢された者もいた。
その中で興味深かったのが、写真と動画の紹介のみではあったが、海外の日本食レストランで働いている先輩のメッセージだった。
「海外では日本食が人気です。ここオーストラリアでは、寿司が大ブームで回転寿司から高級寿司店まで幅広く人気があります。僕は毎朝、近所の海でサーフィンをして、昼前に出勤、ランチ営業後に一旦帰宅して昼寝をして、波が良ければひと泳ぎ、それから夕方前に夜の出勤。ここでの暮らしは、生きていることを実感できる最高の毎日です。皆さんも、海外での就職を視野に入れて、より自分らしい人生を生きてください。」
というものだった。
少し自分に酔っているようなそのメッセージは、本当に毎日を楽しく暮らしていることが伝わってきた。
 黒崎健吾の実家捜しは諦めつつあるものの、想いまでは消え去ることなどなかった。
オーストラリア。黒崎健吾も世界中をサーフトリップしたいと話していた。オーストラリアにも行ったのだろうか。そう考えると、私も海外に行ってみたくなってきた。
 そこに黒崎健吾はいないかもしれない。けれども、もっと自分らしい人生があるような気がした。
 
 就職説明会がこの時期に開かれるのには理由がある。二年次のコースを明確にさせる為だ。実家が料亭を営んでいたり、入学当初から目標がはっきりと定まっている生徒ばかりではない。
実際、就職先が明確でない生徒がこの就職説明会でコース決めをすることも多い。自分は料理人としてどうなりたいのか、考える時が来ているのだった。
 年が明けて、翌年度の希望コースを決める時がきた。私は、本当のところ、どのコースでも良かった。就職説明会では、和食のプロとして海外で日本食を広めるのも悪くないと思ったけれど、私にそんな度胸があるだろうかと考えた時に、いつも無難な道を選ぶのが私の人生だった。
 
 友人二人に促されて、三人で洋食コースを選択した。シェ中西でのアルバイトで、ある程度のコツは見知ってはいたけれど、いざ自分が包丁を握り、鍋を掴むと、考えていたよりも難しく、心が折れそうなこともあった。
それでも、佐々木里奈と市澤祐介に支えられながら、いくつかの補習授業を重ねて何とか卒業できそうなところまでこぎつけた。
 佐々木里奈は卒業と同時に地元山梨に帰り、実家のホテルの厨房に就職した。
 市澤祐介は、アルバイト先であるシェ中西でのアルバイトを続けながら、時々実家の手伝いに千葉まで帰っている。
 私はというと、大手外食チェーンに就職して、ファミリーレストランの厨房で働いている。
Bluestarとは規模がはるかに異なり、全国展開だから、日本中どこに転勤になるかわからない。希望すれば、数年後に本社の企画部や営業部へいくこともできる。
 神奈川県の小田原市の店舗に配属になり、卒業と同時に小田原に引っ越した。だから、私に「青春時代」を与えてくれた二人とは自然と疎遠になっていた。



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