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「私の青い星~Bluestar~」第十話 創作大賞2024 #恋愛小説部門

第十話

 
 
 季節が廻り、卒業して初めての冬、佐々木里奈から手紙が届いた。結婚式の招待状だった。地元の先輩と結婚して、婿養子をもらうのだと書いてあった。
結婚式はだいぶ先の日程だったから、土日で休みをもらって参加できそうだった。会場は、佐々木里奈の実家であるホテルだった。自分ができる目いっぱいのお洒落をして自分の名札が置かれているテーブルを探すと、
「おーい、こっちこっち。」
と手招きをする懐かしい顔があった。市澤祐介だ。卒業した頃と何も変わらないその笑顔は、見知らぬ場所で小さく縮こまった心を柔らかくほぐしてくれた。
 「久しぶり。元気?」
私は嬉しい気持ちを隠しながら、市澤祐介の隣の席に座った。
「俺は相変わらず元気だよ。さっちゃんは今、小田原だっけ?卒業して随分きれいになったな。やっぱり俺の読みは的中したわけだ。」
そう言われて恥ずかしくなった。
「そう。今は小田原にいるの。」
「今度遊びに行くよ。」
という市澤祐介の言葉に少しどきりとした。
 
披露宴が始まり、新郎新婦が入場してきて驚いた。里奈のお腹は置物の狸のように膨れていたからだ。
色白の里奈の微笑みは、既に母親の貫禄があった。新郎の腕を優しく掴みながら、反対側の手で会場のゲストに手を振り、時折大きくなった腹をさすっていた。
 「妊娠しているの、知らなかった。」
私は市澤祐介に耳打ちした。
「そうか。俺は里奈と結構連絡を取っていたから、聞いていたけど。」
それは初耳だった。
佐々木里奈は市澤祐介のことを好きだったと思う。けれども、今は別の男の子を身ごもり、片想いしていた市澤祐介をゲストに呼んでいる。それを知っている自分に、何とも居心地の悪い気がした。
 山梨県内でも有名なホテルの子孫である佐々木里奈の披露宴ともなると、親族や友人以外の関係者が多く、最後まで里奈に話しかけるタイミングは無かった。
 披露宴が終わり、一旦新郎新婦が退場し、次にゲストを見送る時になりようやく再会を果たせた。
 「おめでとう。」
と私が言うと、「ありがとう」と言いながら佐々木里奈は私に抱きついてきた。そうして耳元で「祐介君のこと、よろしくね。」と確かに言った。
私は「え?」と聞き返したが、私の後ろに並んでいた女性3人組が高校時代の同級生らしく「里奈かわいい」だの「赤ちゃんは男の子、女の子どっち?」だのと囲まれて質問攻めにされていて、それ以上話しかけるのは無理だと思った。
 
 会場を後にして、
「今日は泊まっていくのだろう?」と言われた。
 佐々木里奈の計らいで、遠方からのゲストには一人一部屋無料で部屋を貸し出されていた。
「うん、私は泊まらせてもらうことにした。祐介君は?」
「俺も、せっかくだから里奈が継ぐこのホテルに泊まることにしたよ。温泉も出るらしいよ。」
「私もお風呂が楽しみ」
そう答えて、市澤祐介の部屋はどこだろうと考えた。まさか隣室ではないだろう。
「ちょっと散歩しない?」
そう言われて、ホテルの庭園を歩くことにした。
 「小田原はどう?」
「うん、海が近くて良いところ。東京よりも暖かいし、空気もきれい。静岡にも近いし。」
「そうか。それは良かった。」
「中西さんは元気?」
「うん、相変わらずだよ。」
「千葉の実家はどう?」
「お陰様で夏はサーファーや観光客で大繁盛。でもそれ以外か閑古鳥かな。」
「そうなの?」
「俺が店を立て直すなんて大きいこと言っていたけど、もう無理かもな。」
「そうなの?」
「さっちゃんはさ、都会が苦手なのにどうして東京に来たの?」
「それは」
私が言い淀んでいると、
「男?」
と尋ねられた。
「そう。」
「やっぱりな。」
「どうして?」
「それは何となく気づいていたかな。さっちゃん、外を歩く時にはいつも誰かを探しているみたいにきょろきょろしていたし。」
市澤祐介に見抜かれていたとは、考えもしなかった。
「高校の時にね、アルバイトをしていたの。」
「静岡にしかないファミレスだっけ?」
「そう。」
「そこで、東京から来た大学生に言われたの。」
「なんて?」
「東京を見ておいでよって。いろんな人がいるからって。それで、単純な私は、そうするのが良いのかなと思って上京したってわけ。」
「その男のこと好きだったの?」
「うん。多分。」
本当は、心臓を雷が突き抜けるほどに強く恋心を抱いていたにも関わらず、あまりに黒崎健吾のことを知らな過ぎて、恋と呼べるのか自信がなかった。
「その男と付き合っていたわけではないのか。」
「全然。連絡先も知らない。実家が池袋の近くの焼肉屋さんっていうことしか知らない。」
「それだけの理由であの学校にきたの?」
「うん。」
市澤祐介は目を丸くして驚いていた。付き合っていた恋人を追いかけて上京したのならまだしも、片想いで何も知らない男を追いかけていた私に意外性を見出していたようだった。
「それで、その彼には会えたの?」
「ううん。」
「本気で探していた?」
「ううん。」
「そうか、それならそんなに好きじゃなかったんだな。」
「そういうことになるのかな。学校が楽しくて、それどころじゃなくなったっていうところかな。毎日彼のことを考えてはいたけど、結局探していなかった。」
「今からでも、その人のことを探さないの?」
「もういい。私、専門学校で過ごした二年間が本当に楽しかったの。青春を謳歌していたっていう感じ。祐介君、優しいし、里奈ちゃんといると楽だし。」
「そうか。それはどうしてかわかる?」
「どうしてか?わからないけど波長が合うからなのかな。」
 市澤祐介は、池を泳ぐ鯉を眺めて小さな声で呟いた。
「俺がさっちゃんを好きだったからだよ。」
私は言葉が詰まってしまった。
「里奈が俺のことを好きだったのは気づいていただろう?」
「うん、何となくは。」
「卒業する前も後も、里奈に何回も告白されたよ。でもその度に断った。」
「そうなの?」
私は、里奈がそんなに積極的だったことに驚いた。里奈は一方的に市澤祐介のことが好きで、それを伝えているとは信じられなかった。
 今度は遠くの空を眺めて、
「それで、言ったんだよ。卒業式の直前に、俺はさっちゃんのことが好きだから里奈とは付き合えないって。」
「ふうん。」
「そうしたら、あいつわかったって言ってしばらく連絡寄越さなかったんだ。その後、地元に彼氏が出来ましたってメールが来てまた連絡するようになったんだ。それで、彼氏との間に子どもに出来たから結婚するって聞いたんだ。まだ若いし、実家のホテルの厨房のコック長になるって言っていたから、驚いたけど、旦那さん優しそうだし、良かったと思うよ。」
「そうなの。」
「何事も勢いって大切だね。いずれにしても、俺にはこんなに大きいホテルの令嬢を背負えないよ。」
そう言って二人で笑った。



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