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「私の青い星~Bluestar~」第五話 創作大賞2024 #恋愛小説部門

第五話


聞こえていたのかいないのか、黒崎健吾は雨風が吹きすさぶ中、職員専用の遠く離れた駐車場に向かって走って行った。
 私は、閉められたドアに向かって立っていると、自分の身体が緊張して体が震えているように感じた。
父以外の男性が運転する車に乗るのは初めてだと思う。小学生の時に、友達の親戚のお兄さんが運転するトラックに乗せてもらってバーベキューに行ったことがあるが、あの時は二人きりではなかったし、それにまだ異性に対しての緊張感など持ち合わせていなかった。 
 何を話せば良いのだろうか。私は助手席に乗るのか、それとも後部座席に乗るのだろうか。そんなことを考えていると、ブーっとクラクションが長く鳴った。
 裏口のドアを開けると、雨が斜めに強く落ちているのがはっきりと見えた。傘は差さずに畳んだまま黒崎健吾は乗っているであろうクリーム色の車に向かって走った。
 乗りやすいように、助手席のドアを少し開けて、裏口のドアからほんの一メートルくらいの場所まで近づいてくれていた。少し空いた助手席のドアを開けて、「すみません。ありがとうございます。」と言うと、「これで拭きなよ」と濡れた私の頭と肩をそっとこげ茶色のタオルで拭いてくれた。 
黒崎健吾の腕はほんのわずかにニンニクと油のにおいがした。
 「住所、教えてもらえる?」
「え?住所?」私は、いきなりのことに驚いていると、
「そう、僕、この辺の人間ではないから、目印の建物を言われてもよくわからないのでね。こいつに連れて行ってもらうのが一番だよ。」とカーナビを指さした。
「はい。えぇっと。」
私は、とっさに自分の住所がわからなくなっていた。それほどに緊張していた。
 私が何とか思い出して、自宅の住所を番地まで言い終えると、黒崎健吾はナビに入力をし始めた。
「黒崎さんの車なのですか?」
私は、フロントガラスに打ちつける雨の音に負けないように大きな声で尋ねた。
「いや、親戚のおばさんの車だよ。ジョニーのお母さん。僕のお袋の姉さん。」
 風が強く、クリーム色の軽自動車は飛ばされてしまうのではないとさえ思った。
車が走り出すと、黒崎健吾から話しかけられた。
「吉村さん、高二だっけ?」
「はい。」
「それじゃあ、そろそろ進路を決める時期だね。大学は行くの?」
「まだ決めていません。多分、短大に行くと思います。でも、私、将来の夢が無くて。自分でも何をしたいのかがわからないのです。」
自分でもなぜそのようなことを言ったのかわからないけれど、狭い空間に二人きりということもあって黒崎健吾に自然と心を開いているような気がした。
「ふうん。そう。」
黒崎健吾はそっけなく答えた。きっと、社交辞令で私に尋ねただけで、本当は私の進路に興味があるわけではないのだと思った。そして、自分が少し恥ずかしくなった。
 沈黙が続いた。一、二分のような気もしたし、十分のようにも感じた。けれども、車が移動した距離は信号一つ分だからきっと長くても二分位だろう。車を打ち付ける雨の音がより一層大きくなっていた。
 唐突に、黒崎健吾が口を開いた。
「東京を見ておいでよ。」
「え?」
私は、はっきりと聞こえていたにも関わらず、思わず聞き返してしまった。
東京?私が?進路相談では、自宅から通える静岡の短大か専門学校に通いたい旨を両親にも担任にも伝えていた。でも、それは本心ではなくて、特にやりたいことがないので、そう答えただけだった。短大なら英文科か栄養科、専門学校なら外国語か医療秘書のつもりだった。つまり、全然決まっていなかった。
 
「僕さ、東京の喧騒から逃れる為に藤枝の親戚の家の近くの大学を選んだのは話したよね。それで来てみてさ、すごく良い場所だと思うよ、静岡は。でも、良い意味でも悪い意味でも刺激が無さすぎるよ。のんびりしているし、あんまり競争心っていうものが無い。生まれてからずっとこの土地で暮らすという人生を否定はしないよ。でも、選択肢があまりにもなさすぎるよ。ぶっ飛んだ人間もいないし、平和な街だけど、これだけが社会だと思うのは違う気がする。」
「はぁ。」
私は、私の曖昧な選択を見透かされている気がした。




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