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「私の青い星~Bluestar~」第一話 創作大賞2024 #恋愛小説部門

「私の青い星~Bluestar~」

あらすじ


主人公の吉村幸子は、高校2年生。
初めてのアルバイトでBluestarと名のついたレストランでウェイトレスとして働き始める。
そこで知り合った大学生の黒崎健吾に想いを寄せるが、伝えられないまま時が過ぎる。
健吾を追いかけて、東京への進路を選ぶが、大都会で出会えるはずもなく時間だけが流れていく。
ようやく再会した時、現れた健吾は・・・。
純粋な女子高生から大人の女性へと変わっていく幸子の揺れ動く心を描いた恋の物語。
 
 
 

 第一話


それは、私の人生を揺るがす最大の転機となる一言だった。

 「東京を見ておいでよ。」
 
 高校2年生の夏休み。
私は、初めてのアルバイトをすることになった。
どうしても欲しい財布があったからだ。それは、雑誌で見た読者モデルの女の子が愛用しているというブランドの新作だった。  
 7月の初旬、私には高嶺の花だと思っていたその財布を、高校のクラスメイトが持っていたことが、アルバイトを始めるきっかけになった。
 「そのお財布、可愛い。」
私は、あまり会話をしたことのなかったバスケットボール部のクラスメイトに思い切って声をかけてみた。その子は、私に声をかけられて少し驚いていた様子だったが、
「これ、可愛いでしょう?アルバイトをして買ったの。でも、半分は親のお金。今年と来年の誕生日プレゼントをまとめて、足りない分を出してもらったってわけ。横浜の直営店で買ったの。一人でお店に入る時、ドキドキしちゃった。まだ高校生なのに、会計の時に駐車券はお持ちでしょうか?なんて聞かれたの。私、大人に見えるのかなと思ったら嬉しかった。」
矢継ぎ早に話す彼女は目がキラキラと輝いていた。夢を叶えた彼女は、少し上気しているように見えた。
 彼女が話し終えるのを待って、私は尋ねた。「アルバイトをしているの?バスケットボール部って忙しいでしょう?」
私がそう尋ねると、彼女は悪だくみがばれた時のような笑みを見せた。
「吉村さん、ここだけの秘密にしてね。土曜日の夜だけアルバイトをしているの。部活は午後までだから。駅前の焼肉屋の皿洗いだから、表に出ることはないの。成績をキープして部活も休まない約束で、親もOKしてくれた。お店は結構忙しいのだけど、賄いが食べられるから最高なの。ほら、バスケットボール部でお腹が空くでしょう。吉村さん、部活入っている?」
「美術部。月曜日と木曜日の午後だけ。」
「それなら、あとの日は暇でしょう?アルバイトしたら?かっこいい先輩もいるし、いろんな人と友達になれるから大人になった気がして楽しいよ。アルバイト代でブランドの財布だって買えるしね。もし良かったら店長に紹介しようか?」
「ありがとう。でも、うちの親は厳しいから無理だと思う。お財布のこと、教えてくれてありがとう。」
 それから後の授業はずっと、アルバイトをして財布を買うことばかり考えていた。値段は確か5万円くらいだったと思う。時給が千円として、一日3時間。週に4日働いたら一か月で手に入るという計算をして、興奮していた。
 
 その日の夜、夕食の支度をする母に、恐る恐る尋ねてみた。
「お母さん、私、アルバイトをしてみたいの。」
 母は驚いて振り返って、
「欲しいものでもあるの?」
と尋ねた。
「うん。お財布。ブランド物の。」
それだけでは、正当な理由にならないような気がして咄嗟に付け加えた。
「それに私、お母さんみたいに料理上手になりたいから、レストランとかお弁当屋さんでアルバイトをして料理を覚えたいと思っているの。」
唐突に褒められた母は、
「そうねぇ。幸子ももうすぐ一七歳ですものね。欲しい物もあるわよね。それに、レストランで料理の手伝いをするのも悪くないわね。玉ねぎの皮むきとか食器洗いとか、そういう雑用ばかりだと思うけど、そろそろ社会勉強をしてみても良いわね。もうすぐ夏休みだから、とりあえず夏休みの間だけでもアルバイトしてみたら良いと思うわ。この前の試験の結果も良かったことだし。お母さんは良いと思うけど、きちんとお父さんの了解も得てからにしてね。」
と、案外あっさりと、アルバイトをする許可をもらえて拍子抜けした。
 本当は、ガソリンスタンドでも本屋でも良かったのだが、口をついて出たのがレストランだったから、こうなったら飲食店で探すしかない。
 
 私の名前は吉村幸子。幸せな子になるようにと安易な理由で、祖父がつけてくれたのだが、どう考えても流行りの名前ではない。クラスメイトは絵里奈とか舞香とか、可愛らしい名前が多い。名前に「子」がつくのは私一人だ。
 周りから見て、私は幸せそうに見えているだろうか。中学生の頃、男子からは「うちのおばあちゃんと同じ名前だから、吉村は幸子ばあちゃんだ」とからかわれたことがある。それ以来、私は私の名前があまり好きではない。
 
 夜遅く帰宅する父の了解は、土曜日の朝になり、ようやく得ることができた。父には、ブランドの財布のことよりも、料理を覚えたいという理由を主にして訴えた。渋々ではあったが、母の了解を得ているということに加えて、花嫁修業にもなるからという点が納得するのに良い口実だったようだ。
 
 善は急げ。早速月曜日の放課後、高校から少し遠回りになるけれど、駅前のコンビニでもらってきた無料の求人誌を広げて「高校生可」の飲食店を探していく。いくつかある中で、ひときわ目を引いたのが、私の家から自転車で二十分位のところにあるBlueStarというファミリーレストランだ。
 「皿洗いと調理補助。高校生可。一日3時間から。週2日以上。時間応相談。夏休みのみの短期可能。」
と、まるで私のことを呼んでいるかのような求人内容だった。電話連絡をして、翌日の夕方面接に行くと、その場ですぐに採用された。
 
 そうして、夏休みが始まるとともに、私の初めてのアルバイト生活が始まった。
 仕事内容は単純で簡単だった。基本的には皿洗いが中心だが、ディッシュウォッシャーと言う冷蔵庫ほどの大きさの自動皿洗い機がほとんどの作業をしてくれる。
 私は、蛇口のシャワーで皿についた汚れを流し、ディッシュウォッシャーに並べて置いていく。ある程度皿が溜まったら、上からレバーを下げて蓋をしてスタートボタンを押す。すると、機械が上から下から勢いよく水を当て、洗剤をかけてまた水を流し洗い上げてくれる。終了の合図が聞こえたら、レバーを上げて蒸気が上がる熱い皿を取り出し、布巾で拭き並べていく。それを調理しているスタッフの邪魔にならないように、食器棚に戻していくというのが一連の流れだ。
 洗い物が少ない時には、にんじんの皮をむいたり、きのこスープに使うしめじやえのきの石づきを切り落とし、ばらしていったり、料理の下準備をする。
 最初のうちは、十一時から十七時の間でシフトを組んでもらっていたのだが、どうしても人が足りない日があるということで、十七時から二十一時の勤務を頼まれた。
 私は、夜遅くに自転車で帰宅することに不安があったので、念のため家に連絡をして、母の了解を得てから店長に返答をすることにした。
母は反対するだろうと思っていたが、お世話になっているアルバイト先なのだから、どうしても人が足りない時だけということなら使ってもらいなさいと了承してくれた。



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