二年半前の自分を慰めに行きたい。あのとき、大好きになった光景をずっと独りで見ていて、ああ死ぬんだなと思った。何もなかった。苦しかった。孤独はずっと続くよ。でも今幸せだ。大切な人が、あのとき見ていた光景を、ドイツまで、飛んできてくれるって。今度こそ一緒にいれるよ。


それまで君はずっと淋しいよ。初めて同性を好きだと自認して、一年間現実に向き合えずにいて、それでも色々な場所へ体当たりして、踠いて、最後に告白します。結果なんて知っていたけど。その日から、君は壊れたように人目を憚らずどこでも泣くようになります。友達に散々迷惑をかけます。一人で立っていられない日々は続きます。


その過去を擦り消してくれるような人と出逢います。あんまり好き過ぎて、けれどもまた同性なんだな、自分は未熟で、彼女の側にはいられないことを知ります。もはや大学も離れるしかないと考えます。休学届けを検討し、本気で性転換しようかと苦しみます。通っていた新宿二丁目には、そういう事情を汲み取って、他より性転換の事情をでっち上げてくれる医者の知り合いがいるだとか、とにかく情報と選択肢が欲しかった。大学にいてさえ雨を浴びながら泣いています。惨めです。


さらにそんな風に人を好きになるのと同時期に、また別の人をも好きになります。この人はセクシャルマイノリティーのサークルで一度だけ出逢った人でした。一年前にたった一回、5分だけ話して、そのとき交換したどうでもいいような連絡先がなぜだかいつまでも消せなかったのです。その人とは人生で初めて、あれほど激しく決裂することになります。君があまりに自分の感情に支配されていて、幸福の総体を忘却の彼方へ投げ捨てていたからだよ。君は、好きだった人を傷つけたのです。それがようやくわかったとき、誰よりも傷つくのは君自身です。


サークルをすべて辞めました。東京を離れました。所属を呪いたかった。生きていることが不可解で気持ち悪いものになりました。やがて、生への執着が消えました。自分は死ぬけれど、死に場所は日本なんかではなくドイツだろうなとわかっていました。だからドイツへ行くまでは生きなきゃならない。


自分の幸福などどうでもよくなりました。だからせめて、汚れなく頑張るひとりの後輩を、純粋に応援したいと思いました。その瞳を見守るうちに、自分の幸福など最初から切り離していたから、彼女の幸福を願うようになりました。私はまもなく死ぬけれど、彼女は幸福に生きるべき人間だと思ったのです。


苦しみを溶かしたのは、その人でした。休学していたら、早くに留学していたら、死んでいたら、出会わなかった相手です。彼女がすべてを引き取ってくれました。好きだった人に言われて一生忘れられないと思った、心に引っかかっていつも行動を妨げられていた、常に私の鼓動を突き刺した言葉を、私はすっかり忘れることができました。代わりに、その人から受けた幸福で包まれていました。


ときには慣れない幸福の方が怖くなり、愛しいその人に抱きしめられながら、私は、恐怖でその人を突き放したくもなりました。ドイツ留学への旅立ちは決まっていたから彼女とは別れなきゃならない、その状況がむしろ好ましくもありました。私はそれ以上の幸福をどうしていいかわからなかった。延長はないだろう。死んだら鳥に生まれ変わって帰ってくるよ。最高のバードフィーダーはあなただから。


「生きていてほしい」


死ぬなんて馬鹿だ。死ぬなんて馬鹿だ。君は馬鹿だった。落雷が君の中に居座る鳥の魂を撃ち落とし、まだもう少し、地に足つけて、それでも無理せず自然に、生きていくことを学びます。性、幸福、愛、自分、相手、すべてをぶっ壊し、再構築し、新たに創造しなければならない。君は生きて、大切な人の側にいられるようになるのだ。


大丈夫、永遠に一色の幸福なんてないから、どう進んでも君は苦しむ、孤独であるだろう。それでも幸せだ。距離も年も性も所属も過去も超えて、愛し合えるひとがいます。君は、幸せになっていいんだよ。


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