移行期

映画『時計じかけのオレンジ』で一番印象に残ったシーンは、セックスを高速で撮った数秒間だ。あれだけ信奉されている行為が、高速で写すと呆気なく、ニンゲンが動物そのものになる。あの撮り方すごいなーと思う。

的な速度で、ドイツ語を話された。ルームメイトに。そういえば私にもルームメイトなる存在がいたのだけど、すれ違うときに時々ハローと交わすだけだから、それ以外の文章を投げつけられると大打撃でキョドッてしまう。

アイドンノーと書いてある私の顔を見て、ドイツ人かわからないがとりあえずヨーロッパ風の男性は英語に切り替えてもう一度。
~~moving out?
これも高速なので聞き取れない。引っ越すの?と聞いてきたらしいので、Nein, just cleaning!と威勢良く応える。ドイツ語と英語が混ざる哀しさよ。

それから数秒後、私は笑ってしまいそうになった。つい数週間前に私が引っ越して来たばかりなの、知らんのかな。もう引っ越すってそんなバカな。それどころかカーペットを取り寄せて、これから居座る気満々なのだから。洒落ぶった新品のカーペットを敷くために、床掃除をしていただけだ。

ハロー以外の言葉を彼と交わしたのは、それが最後になった。翌日、共同スペースがピカピカになっていたので、昨日私が掃除しているのに触発されて、moving out?の男性が磨いてくれたのかなーくらいに思っていたら、彼が引っ越して行った。立つ鳥跡を濁さず。

高速で、呆気なく、ちょっと虚しい。そこに言葉の介在する余地はなく、というかそんな関係ですらなく。ただ同じ空間で息をするだけの生き物だった。

若干惹かれる点もなくはなかったのに。居なくなってしまった。彼はなんだか不思議ちゃんだなという印象だけがあった。いなくなる最後の二日間くらいは、音量マックスでボーカルが叫ぶ系の音楽を、そういうのを聴かない私からしたらジャンルもわからないけれど、ガンガン流して歌っていた。

ポールのルームメイトは右側も左側もうるさい人だった、大音量でギリシャ音楽を聴き、夜は友人と大討論会をして…みたいなドイツ語の文章を必死こいて読んでいる私の隣の部屋から凄まじい音楽がダイレクトに流れてきていた。ていうか彼はドアを開けっ放しにするし、なんなら自身もギターをかき鳴らして歌っちゃうのだ。

たまにしっとり、いい音楽。黄昏時に最適なバックミュージック。タレ目で金髪の彼は、何処かへ行った。静寂がやって来た。他のルームメイトは、共同トイレのトイレットペーパーがなくなったら買い換えてくれているような、真面目な人らしい。これもやっぱりハロー程度しか言わないから知らないけれど。

それから、綺麗な髪の女性がやってきた。ドイツ人だそうだ。ハロー以外の会話をしたのでこれは確かな情報。部屋番号を聞いたら、タレ目で不思議な彼が使っていた部屋だった。わずか三日ほどで、前の人が去り、新しいルームメイトへと入れ替わる。

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