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無題 (むりやりタイトルを付けるなら:たばこ)

その日、とりわけ用事もない一日で、昼すぎに起きたせいかあっというまに夕方になり、何かに流されるかのようにご飯をたべ、ふと気づいたときにはもうベッドのなかにいた。

ちらちら光るスマホを見ても、追加のラインはとどいていない。やることがなくて、さびしくて、そのさびしさを紛らわすためにスマホを見続ける。誰だかわからない人の動画をみて、すぐに再生ボタンを停止した。

毛布をかぶっても薄らさむくて、エアコンを手にとり、暖房をつけた。抱きまくらがベッドから落ちてしまったが、拾わずにそのまま放置した。

一体、こんなさびしい夜を、ひとはどうやって誤魔化し、乗り越えているんだろう、と思った。天井をみつめた。色のついていない花模様がたくさん描かれている。

ふと、メールを開き、名前も住まいも仕事もよくわからないひとに久々に連絡をした。送った直後、ベッドから出るのがめんどうになり、このまま寝てしまおうとおもったが、どうせ返信がとどいてるに違いないとおもい、メールボックスをひらいた。やっぱり、とどいていた。

僕らはいつものばしょで会い、とりとめのない会話をかわした。

素性がわからないひとだからこそ相談できることもある。ぼくは一見どうでもいい彼にたいして、ほぼ急に、しごく個人的な人生相談をしはじめた。彼はいつもとはちがう変化球にとまどいつつも、うんうんと話をきいてくれて、想定以上のねつりょうで、言葉をかえしてくれた。

そこはうすぐらくて、いまいち相手の顔がわからない。ぼくは目をあわせずに話したし、彼もまた、空中にむかって話しつづけていた。ほんとうにどうでもいい内容すぎて、しかしぼくにとっては確実に解がひつようなことだった。

この世界では、ともだちには話せないこと、話したくないこともあるし、そんなとき、まったく素性がわからないひとに話すのはありだなと思った。ぼくはかれのことをなにもしらないし、かれもまた、ぼくのことをなにもしらない。普段どんなことをかんがえていて、なにを大切にしているのか。なまえや、すきなことや、きらいなこと。なにもかも、お互いにしらない。

そしていつも通り、30分くらいたったあと、じゃあまた、とだけ言い、その場をあとにした。彼はいったいどこにかえるのだろう。普段どんなことをかんがえていて、なにを大切にしているのだろう。

外にでると、つめたい夜の風がおそってきて、おもわず身震いした。口からおおきく息をすうと、むねのおくが、ツンとひえる感覚がした。黒っぽい服装をしていたので、遠目にみたらきっと夜と同化してるんだろうな、とおもった。空をみあげると無数の星がみえて、余計にさびしさが増した。手と足のさきが冷たくて、パーカーのポケットに両手をつっこみながら、コンビニまであるいた。速度超過としかおもえない車たちが後ろから自分を追いこしては消えた。

コンビニでは、ひさびさにたばこを買おうとおもった。もうずっと吸っていないし、たまに友人か一本もらって吸うくらいだったので、じぶんで買うことなんておそらく数年ぶりだった。でも、どうしても一本だけ吸いたかった。一本だけ吸って、あとは捨ててしまおうとおもった。ぐしゃりと足で踏んづけて、そのまま夜のまちに消えてしまおうとかんがえたのだ。

コンビニではメンソールの味がする5mmのたばことライターを買った。大学生のころ、よく吸っていたことをおもいだした。放課後、屋上の喫煙場で、あめの景色をみながら吸うたばこがすきだった。

喫煙場は、そこだけザックりと切り取られた別世界のようだとおもう。ぼくはたいしてたばこが好きなわけでもなかったが、いつの間にかたばこを吸うようになり、いつの間にかあめの中の喫煙場がすきになっていた。もうだいぶむかしの話だ。

感じのわるいコンビニの店員に嫌気をかんじながら、外の喫煙所へとむかった。急ぐわけでも、あせるわけでもなく、たしかな足取りで。車は一台しかとまっていなかった。不必要なほどにひろいその駐車場では、僕以外の人間はだれもいなかった。こんな夜をあと何度こえればいいんだろう、とおもった。

たばこに火をつけると、むせないように、小さくすいこんだ。ゆっくりはきだし、そのまま空をみあげる。星がまばらにひかっていて、どの星が一番かがやいているのだろう、と探した。結局、一番の星はみつからなかった。

そのままタバコをぐしゃりと踏みつけようとおもったとき、一台のくるまが到着した。なんとなくそんな予感はしていたが、そのくるまの持ち主は彼だった。

さっきお別れをしたひととまた会うのは気まずいなとおもい、ぼくは気づかないふりをして、たばこを吸いつづけた。やがて彼も喫煙場にくることを察知し、その1分前にぼくはそこをスルりと離れた。ごく自然に、違和感のないように。

そうしてコンビニの後ろ側にまわり、息をひそめた。もう表からはかえれないなとおもい、裏側からやや遠回りをしてかえることにした。道中ですべてのたばことライターをすてた。すべての家のひかりが消えていたので、そうだ、もうねる時間なんだな、と気づいたのと同時に、たいせつなものを失い、しばらく時間が経ち、そのつめたい現実をその温度感のまま受け入れることを決めた人のような、そんな、据わった目をしたまま家を眺めているじぶんに気づいた。

彼はきっともうたばこを吸い終わり、いまごろ帰路にむかっているだろう。一体、どこに家があり、誰とすごしているのだろうか。

たばこは、ときおり、じぶんのつよい味方になってくれるなとおもう。なにもいわないし、直接的にはいっさい助けてはくれないのだけど、くらやみのなかにそのまま吸い込まれてしまう夜とかに、しずかに、しかし力強く、じぶんの味方になってくれる。

たばこは寿命をへらす行為だといわれているが、実は、だれかの寿命をすこし伸ばしていたりもするんじゃないか、とおもった。少なくともぼくは、よれよれと倒れてしまいそうなほどさびしい夜に、一瞬だけ、すくわれていたことをおもいだした。

ふと、じぶんの口のなかに意識をむけると、たばこ特有の、ほろ苦いあじがした。じゃりじゃりと音のなる足元をみながら、ライターまで捨てなくてもよかったな、と後悔しかけたが、いや、容赦なくライターも捨ててしまってよかった、と思い直した。

あと4時間もすれば朝がくる。光がこのまちを照らしていく。

−ブログやメルマガに書くまでもない話
(by 20代起業家)

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