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旅の後の心配事

ここは日本のとある国際空港。この日も夜になると、いろんな国から飛び立った飛行機が、この空港を目指していた。そして東南アジア方面、マレーシアのクアラルンプールからも1機の飛行機が、ほぼ定刻通りに空港の滑走路に駆け込んだ。

「無事に着陸したわ。さあ、日本に戻って来たわね」
「ああ、とりあえずな。だがまだ2つの関門があるんだぜ」
「関門?」
「そう、ひとつは無事に日本に入国できるかどうかだな」
「あの、ごく普通のツアーで、現地で犯罪したわけもない、偽造しているわけでもない、正真正銘の日本のパスポートを持っている日本人である私たちが、入国拒否なんてありえないわ。仮に海外でおかしな事をしたら、むしろ強制送還で日本に戻されるんじゃないの?」
「そうかな、確かに今までは無事に日本からの出国が許され、そしてマレーシアの入出国も問題なかった。そしてペナン島ではシンガポールの動物園の様なコウモリはいなかったが、代わりに観た蝶は良かった。だが楽しみにしていた熱帯魚は中途半端であった。まあ、それでもドリアンは無事に食べられたが。」
「ドリアン! ああ1日ホテルの冷蔵庫に放置して食べた、うまいけど臭い果物!! それよりも、忘れていけないのはレストランと間違えたけど、寺院から見た海の風景が好きだったけどね」
「ああ、夢で見た風景だったな」「夢?」
「いや独り言。それより、最後に変な落とし穴がないか、ちょっと気になっているんだ」
「バカバカしい。本当に心配性なんだから」

夫の妄想に妻が笑っていると、飛行機はターミナルに着いたようであった。気の早い他の乗客は一斉に立ち上がり、スマートフォンを取り出してネットのチェックをしたり、席の上にある荷物を取り出したりし始めた。しかし、この夫婦は席に座ったまま。
「それともう一つは荷物」「へ?」
「最後に税関のチェックがあるだろう。あそこで荷物がいろいろやられるんだよね」
「やられる? な、何も変なもの持ち帰ってないわよ。肉とか生鮮の果物とかも」
「意外に香水がダメだったりするかもね」
「バカなこと言わないの。香水は確か2オンス(58ミリリットル)までは、免税の範囲と言うだけであって、持ち込み禁止じゃないのよ。もちろん今回は友達に頼まれて、さらに私のも買ったから、その範囲は越えているわ。だから後でちゃんとそういう手続するんじゃないの。この心配性! 大丈夫よ」
「そうか、でもその時に支払うお金、これじゃだめかな」
「あ、それマレーシアのお金じゃないの? 日本円への再両替忘れたんだ」「あ、そうかこれ向こうで日本円に再両替すればよかった。これ多分日本では使えないよな。困った、あどのくらいあるんだ」

と言いながら、夫はリンギットと呼ばれるマレーシアの紙幣とコインを取り出し、金額を数えようとする。
「何しているの、もうみんな立ち上がって飛行機から出ようとしているのに! そんなのは後から、早く私たちも機内から出ないと」
「ああ、そうだな。取りあえず飛行機を降りよう。でもこれどうしよう。今度、いつマレーシアに行くかわからないし、マレーシア行きそうな人誰かに交換してもらおうかな。というよりこんな外国のお金、日本で持ったままで大丈夫なのか?」
「本当に心配性ね。大した額じゃないのに。多分、空港でも再両替くらいしてくれるでしょう。そうそう最近は、日本に来る外国人が増えたから、繁華街に行ったら、たしかレートの良い両替屋もあったはず」
「そうか、じゃあ無事に2つの関門を突破して、無事に日本に再入国できたらひとつお願いがある」
「何よ、ていうかこれ帰国でしょ」
「日本円に無事再両替出来たら、その余った日本円はがなかったことということにしてほしい」
「なにそれ、あなたのヘソクリ?」
「いや、明日山口さんの家に行きたいんだ」
「山口さん! プラモデル屋の山口さんね。でもあの人そんなに親しくないから、あの人用のお土産なんか買ってないわよ」
「違う、山口さんの売上に貢献する。プラモデルを買っても良いか?」
「はあ、プラモデル? 飛行機のそれとも熱帯魚のプラモデル?? ま、まさかドリアンとか」
「バカな、飛行機以外はそもそも存在しないぞ。実は○○の新しいシリーズが、先月発売されたんだ。 それがちょっと欲しくなって」
「ふうん、まあ、いいわ。でも、そういえばペナン島でプラモデル屋みなかったわね。ああいう店って日本のオリジナル」
「さあ、それは知らないけど、探せばあるんじゃないか? プラモデルの良さは、お前には到底理解できないかも知れないけど、3次元のものとして造る楽しみと完成した時に感じるうれしさは、2次元にはない何とも言えない至高の素晴らしさだ。視覚としての立体感、そして触感もだ」
「素晴らしさね。2次元と違うのはわかるけど。私からすればプラスチックの部品を接着剤でつけてるだけでしょ。山口さんには悪いけど、あんなのを仕入れて売るだけで、儲けになるプラモデル屋なんで、私からすればなんてなんと楽な商売なんだろうと思うけどね」
「バカなことを言うな! プラモデルはミニ建築物と言っても過言ではない。あの技術が応用されて、恐らくこの飛行機も、そして空港の建物もできているんだ。そんなきっかけを与えてくれるプラモデル屋をバカにすると、俺が許さん!!」
夫の大声に、慌てて思わず周囲を見渡す妻。
「大きな声を出さないで! 前の人こっち見てたわよ。もうその話はわかったから、プラモデル屋の儲けになること、再両替した日本円使ってもいいわ。 で、もしそのお金で足りなかったら、プラモデル屋への貢献をあきらめるの?」
「いや、その時は......。 差額分の補助をお願いします」というと夫は静かに頭を下げる。
それを見る、妻は笑いをこらえながら
「も、もう! 結局それが目的なんでしょ。 いいわよそれくらい、私もマレーシアで、珍しい香水買ってもらったから♪ 」

こうしてこの日も空港では、旅の興奮した気持ちが持続している帰国者たちを温かく迎え入れてくれるのだった。  

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