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ヘルプマークと人は見かけによらないこと

私はウロストミーという。人工膀胱保持者である。

右腎と膀胱がなくなって、おしっこは、おへその右側から、回腸導管という方法で排泄している。

6年前から、4級ではあるが障害者で、福祉のほうから、ウロ用の袋代を補助してもらっている。

私はガン患者で、最初の手術からは、もう10年以上。
抗がん剤治療をして、禿げたり、事故で偶然、初期の物が見つかったりの患者で、最後の手術からはまだ3年なので、目下経過観察中である。

ガンは、突然やってくる。
私の印象では、何らかの嗜好品を嗜む程度、または、何かを信仰したりしなかったり、誰かや何かを憎んだり悪い考えを持ったくらいで、ガンになったりはしない。
(まあ、煙草は悪い、と医学的根拠が書いてあるので、発がん性物質なのだと思います。)

ガンは、たまたまであり、いつの時点で見つかるかも、いくつになって罹患するかも、たまたまで、ひとそれぞれだ。

話がそれた。
私は、普段、地元では車に乗っている。
免疫、抵抗力にやや、不安がある。

それ以外はどうということもなく、遊びも旅行も行く。
できることをやっている。出来ないことはできない。

障害者になったと言っても、手足が不自由なわけではなく、内臓の一部に欠損があるだけなので、少し不自由で、緊急時に多機能トイレが要るかな?レベル。
お風呂も、大きいお風呂も温泉もふつうに入れる。

毎月遠征しても、自分のペースでちょっとゆっくりになったりはした。
お友達と一緒のペースで出来ないこともある。調子悪くてはやく帰ったりする。
装具を預かってもらったりもしている。

いつも最後までいなくて、付き合い悪い。ごめんなさいね~。
でも、友人には理解してもらってると信じている。
勝手なやつとは、思われてもいいのだ。
それは、病気や障害に関係なく、私だからだ。

私は、遊びに行くよ、いけなくなるまで。

例えば、障害者は外に出るなとか、邪魔にならない時間帯に電車に乗れと言われることはある。見かけが問題なければ、それはまず、言われない。

反対に、腕を骨折してギプスしたり、手術後に吊っていたりしたら、分かりやすく親切にしてもらえた。

見た目は大事だ、だが、それ以上に、人は見かけによらない。

私は、ヘルプマークをつけている。
つけていないこともある。

元気そうな若者がヘルプマークをつけていることもある。
もしつけていなかったら、ちょっと判りづらい身体の不調などは、全く、判らない。

本人も、知られたくない、説明しにくいときもある。

ヘルプマーク をつけている人は、若くても元気そうに見えても、男性でも女性でも、「何かある人」だと思ったら良い。

大阪も駅に電車に、ヘルプマークのポスター貼る所が増えたね。

私は、ヘルプマークをカバンに見えるようにつけてる時と、しまっているときがある。
大丈夫なときは、「ナンでもないよ」とすましてるのも、マナーなんじゃないかなと思う、マイルール。

自分より、優先させなきゃまずい人がいるかもしれない。
自分が元気な時は、普通にしてたらいい。

最近は、いろんな場面で、ゆずってもらえることが多くなったけど、それでも、もっとしんどそうなひとには、ゆずれるだけの余裕を持っていたいものだ。

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