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トラウマ・センシティブ・ヨガ

トラウマ・センター・トラウマ・センシティブ・ヨガ (TCTSY) 

トラウマ・センター・トラウマ・センシティブ・ヨガ (Trauma Center Trauma Sensitive Yoga: TCTSY)は、マサチューセッツ州ブルックラインにあるトラウマ・センターにて、「トラウマをヨーガで克服する」の著者であるDavid Emerson と、「身体はトラウマを記録する」の著者であり精神科医でもあるBessel van der Kolkを中心に開発されました。複雑性トラウマ治療のための心理療法を補うものとして使用されるエビデンスベースのヨガのです。

2020年から2021年にかけて、私はアメリカからオンラインで、トラウマ・センター・トラウマ・センシティブ・ヨガの300時間コースを受講し、トラウマ・センター・トラウマ・センシティブ・ヨガの認定ファシリテータ(TCTSY-F)になりました。

トラウマ・センシティブ・ヨガ (TCTSY) で行っていること

TCTSYでは、その人がどう感じているかを、自分の体験を通し探求しながら、自分に合ったやり方を、自分で選択することで、主体性 (Agency) を取り戻していく練習をします。それは、トラウマになるような経験のある人は、往々にして、「自分」という感覚がわからなくなってしまっていることがあるからです。

デカルトは、「我思うゆえに、我あり (I think therefore I am) 」と言いましたが、神経科学者であるアントニオ・ダマシオが「デカルトの誤り」と表現するように、人は思考で自分を認識するのではなく、「感じること」で「自分とは何か」という感覚を、養っていきます(内受容感覚・島皮質):「我感じる故に、我あり (I feel therefore I am!)」。

でも、人によっては体に意識を向けることや、感じることが、脅威になることもあるため、そんな時は、「今は感じない」「今はやめておく」という選択をしたりします。TCTSYでは、「正しいやり方」「間違ったやり方」というものはなく、自分に合ったことを自分で選び探求をします。

そのためにTCTSYは、以下の5つの要素を大切にしています。

  • 招き入れるような言葉がけ / Invitational Language

  • 強制しない / Non-Coericion

  • 選択肢を提供する / Choice Making

  • 今の体験 / Present Moment Experience

  • 独自の体験の共有(内受容感覚)/ Shared Authentic Experience (Interoception)

言語や社会背景や、その他色々なことを考慮しながら、置かれた状況の中で、その人がそのままのその人であれるためには、まず、私がそのままの私であること(authentcity) が大切であり、私の「私らしさ」も消し去ることなく、互いの体験を尊重する場を、提供できたら良いなと感じています。それはトラウマ・センシティブ・ヨガに限らず、他のヨガの種類でも、マインドフルネスの練習の時も、人生全般においても、そうれあれたら良いなと、思うのです。


私が行っていることたち

2024年から新たにオンラインでのトラウマ・センシティブ・ヨガのクラスを開始しました。詳細は上のリンクをご覧ください。

TCTSYのファシリテーターのページは以下です。


TCTSY 認定プログラム: 300時間オンラインコース

トラウマ・センシティブ・ヨガの300時間トレーニングを受けての私の感想も、ここに書いてみようと思います。今後このコースを受講したい方の参考になると良いかと思います。

このコースは私が今まで受けたヨガのトレーニングの中で、一番勉強を頑張ったコースでした。同時進行でカナダの医師、Gabor Mateが開発したとサイコセラピー、Compassionate Inquiryをカナダからオンラインで受けていたため、トラウマ理論や愛着理論、神経科学など、同じようなことを重複して学んだ年でもありました(2020-2021)。

TCTSYのトレーニングはすべて英語で行われるので、英語ができないと受講が難しいと思いがちですが、コース中の私のパートナーは、英語ができない韓国人女性でした。彼女は毎回通訳を連れてミーテイングに来ていたり、実技を動画で提出する際には韓国語でトラウマ・センシティブ・ヨガのガイドを行い、それに英語で字幕を付けていました。

トレーニングのスーパーバイザーは、様々な国からの参加する人たちの、異なる言語や文化の違いにも、繊細に配慮をしています。時差もあるため、時差を踏まえて地域毎にグループ分けされていて、日本や韓国は、オーストラリアのグループ(Cohort)に入ります。コースを進める上で人種間で不公平にならないようにという気遣いはされていますが、コースの内容自体はアメリカ社会がベースになっているので、日本や韓国ではピンと来ないことも、正直、無きにしも非ずでした。

TCTSYはヨガをガイドする際、どんな言葉掛けをするかをとても大切にするのだけれど、英語でそれができたとしても、日本語でまったく同じことをするのは、文法や言葉のニュアンスが違い過ぎて、結構悩みました。例えばTCTSYでは、「腕を上げる」ではなく「"あなたの"腕を上げる」のように、必ず体の部位を表す単語の前に、"あなたの (your)" という言葉を付けたり、「形容詞は使ってはいけない」など、結構細かいルールがあります。トレーニング中はそれを英語でマスターしても、それをそのまま日本語で行うとなると、日本語が変な感じになるというのは、否めませんでした。

それでも、コミュニケーションとは、「何をいかに言うか」ということだけではなく、「声のトーン」や「話すスピード」や、「どんな気持ちでそれを話しているか」、そしてその人が話しながら「どんな表情をしているか」なども含まれてくるわけなので(社会交流システム)、今の私は、「何をいかに言うか」ということだけが大事なのではないという風に、理解しています。

そんなTCTSYのコースは難しかったですが、居心地良く最後まで受講することができました。トレーニングの全体像としては、前半は隔週ごとに英語で短いレポートの提出がありました(250ワード程度)。発達障害とトラウマの関係や、愛着理論、神経科学、文化社会的な問題等、沢山の研究論文を読んだり動画を見たりしながら理解し、真剣に考え、書かなくてはならない課題ばかりでした。後半は、トラウマ・センシティブ・ヨガをガイドしている動画を8本撮影し、提出する課題に変わりました。私は日本人なのだから、4本は英語で、残りの4本は日本語でガイドし英語の字幕を付けるように提案されました。

300時間トレーニングの最終プロジェクトは論文でした。内容はコースで学んだことに関連している物であれば何でも良いことになっていました。日本語でTCTSYを行うことを考えれば考えるほど、まずは日本文化と言語について学び書かないと先に進めないと感じ、私の論文のテーマは、"Facilitating TCTSY in Japanese in Japan" (日本で日本語にてトラウマセンシティブヨガを提供すること)になりました。

「甘えの構造」(土居健郎)や河合隼雄先生の文献に沢山助けてもらいながら、主語を省く特徴のある日本語が、自我や自己の構造に与える影響を探求する機会となり、興味深かったです。「菊と刀」や「言葉と文化」、日本の「縦社会」についてなど、目がショボショボになりながら、英語と日本語で本を読んでいたのを思い出します。

ある程度、APAのガイドラインに従って書くことを求められたので、レファレンス(参考文書)を書くことだけでも、私にとっては大変な作業でした。でも、このコースを受けたことで、のちにイギリスの大学院でマインドフルネスを学び論文を書く自信がついたと思うので、TCTSYのトレーニングは私に多くを与えてくれる経験でした。


補足情報

Bessel van der Kolkは2018年にトラウマ・センターから解雇されており、その理由が、彼のパワーハラスメントだったというのは衝撃的でしたが、その頃ネット上で、「そんなことはなかった」という反論も多く出ていました。

2017年に#Me Too movement がスタートし、 その頃から北米では社会正義活動 (Social Justice Movement) が盛んになっており、「中年の白人男性」がパワーハラスメントの加害者として訴えられるケースも増えたので、もしかするとBessel van der Kolkも、そんな社会正義活動のターゲットになったのかもしれないし、あるいは、本当に解雇されるほどのパワハラだったのかもしれないし、真実のところは、もちろん私にはわかりません。

トラウマ・センターはBessel van der Kolkの解雇の後、クローズしています。現在のトラウマ・センター・トラウマ・センシティブ・ヨガ (TCTSY)は、Center for Trauma and Embodiment at Justice Resource Instituteのプログラムになっていますが、今でも「トラウマ・センター・トラウマ・センシティブ・ヨガ (TCTSY)」という名前を使っています。

今の時代、白人の中年以上の男性が、自分よりも立場が下の人たちに無神経な発言をしたりすると、そこに生じる力関係のために、即座に仕事を首になったり、訴えられたりします。「キャンセル・カルチャー」という言葉があるように、社会的に不適切な発言や行動すると、その人は社会から排除されてしまいうというのは、人種や年齢などを問わず誰にでも起こり得ることですが、過去に迫害する側にあった白人男性は、特に神経質にならざるを得ない立場です。

私がこのコースを受けようと思った理由は、Bessel van der Kolkの「身体はトラウマを記録する」を読んだからだったので、彼が解雇されていたことを受講直前まで知らなくて、正直ちょっとショックでした。

Bessel van der Kolkは今でもトラウマ治療のスペシャリストとして大活躍をしているし、トラウマ・センターでの解雇の出来事は、今となっては話題になることはありません。

2023年12月時点でのTCTSYのサイトを見ると、「トラウマ・センシティブ・ヨガは、David Emersonとその他の人々によって開発されてきたヨガ」と書いてあり、Bessel van der Kolkの名前は書いてありません。

現在もTCTSYはエビデンスベースのヨガと認識されているように、彼等は活発に研究を重ね、定期的に信頼性のある調査論文も出しています。


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