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禊の雹(ヒョウ)か祝別の雨か ~ 新総理の応援演説

10月22日朝7時、予定より少し早く着いた羽田空港は人でごった返していました。新型コロナの感染者が激減したことで旅行も少しは増えたのでしょう。自民党総裁選の9月30日頃からだったでしょうか、感染者が減り始めたのは。羽田空港を行きかう人は、ほぼ全員マスクを着けていることを除けば、その風景はコロナ以前の賑わいでした。

私は、岸田総理が北海道に応援演説に入るということで、自民党の苦手な地域の選挙をどうやって応援演説するのかを見に行くことに。自民党は東北から北の寒い地域の選挙に弱いのです。テコ入れで岸田総理を投入し、新総理をひと目見たいと集まる人に演説を通して候補者をアピール。そこで、何とか票の積み上げを狙いたいところ。平日とはいえ、総理大臣が応援に入ることができる選挙区は限られています。衆議院の全289選挙区を選挙期間の12日間で駆け回り、候補者の票の底上げを図る。この日、岸田総理は午前中に苫小牧に入り、その後、札幌市街の中心部、三越前に14時にやってくるということでした。予定の14時の10分前。大通りに横付けされた特大の街宣車には5人の候補者が並び、車上で順に演説をしながら新総理の到着を今か今かと待っていました。
気温は10度。風がなければ薄手のコートでしのげる程度でしたが、総理の到着を待っている間に黒雲が空を覆ってきました。

政党の特大街宣車

ひと目新総理を見ようと立ち止まる人と、警備のSP と政党の職員とで、大通りの広い歩道が人であふれていました。聴衆と歩行者を分けるために黄色いロープを張って作られた急ごしらえの通路。何も知らずに通り過ぎる人も、そこに来るのが新総理だと気が付くと、やはり立ち止まってしまいます。人波は人波を呼び、三越デパートでは上階の窓の中からも、通りの反対側のビルの中からも、総理を待つ人で大賑わいとなっていきました。

来たる!新総理大臣

街宣車の真向かいの歩道の上には、テレビカメラを配置するためにロープで区切られたゾーンがありました。そこでは、各社テレビ局のカメラが、新総理の到着の瞬間をとらえようと、レンズをのぞき込むカメラマンと音声をチェックする音声さん、そして生中継の口上を練習するアナウンサーと、準備万端整っていました。私はその真後ろに陣取り、カメラとマイクの隙間から通り向うで繰り広げられる演説を聞いていました。

予定時刻を20分過ぎ小雨がちらつき始めたとき、駅の向う側からサイレンの音が一瞬響き、短く途切れました。待ちわびた人々の視線が一斉にそのサイレンの聞こえる方向を探します。次の瞬間、そこに現れたのは、前後に数台の車列を従えた新総理の車でした。

「あ!あれ?あの車そうじゃない?!」


誰かが声に出すと、あたり一帯の数百の頭が一斉にその車を探します。一台の車が止まり、そこにSPが駆けつけます。大通りの反対側、車から降り立つ岸田総理が見えました。厳しい表情のSP数人に囲まれ、新総理は5人の候補者の演説が始まっている特大の街宣車に乗り込んでいきました。緊張の瞬間でした。こんなに混雑している人ごみの中で、日々総理大臣を守らなければならないSPの仕事も苦労が多いことだろうと思いました。周囲を見渡すと、周囲には数10人のSPが警戒していました。

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特大の街宣車の上に新総理が現れました。「あーっ!」「あれよね!」。総理大臣の応援演説は、登壇と同時に歓声が上がるものですが、岸田新総理はちょっと違うようでした。盛り上がりはしているものの「きゃーっ!」という黄色い歓声ではなく、「おー!来た来た!」的なザワザワ感でいっぱいになります。公示前の10月17日㈰、私は、日本維新の会の吉村副代表(吉村大阪府知事)が東京の豊洲にアピールで登場されるということでテレビの番組取材で行ったのですが、その日、吉村氏が現れた瞬間、周囲は女性の黄色い歓声とスマホで写真を撮る音で騒然としました。この両者への反応の違いは何なのでしょう。単に、女性受けするルックスとか本人の年齢層の違いなのかもしれませんが。


応援演説

さて、肝心の応援演説です。岸田総理がなぜこの札幌市に来ているか、というと、それは当落ラインのギリギリで踏ん張っている候補者を押し上げるためです。総理大臣が「この人は素晴らしい!」と言っているのだから、総理に応援されたその人に投票しよう!となることが目的。実際、選挙中の総理のスケジュールを検討するとき、ギリギリの当落線上にいる候補者の選挙区をを最優先にはめ込むのが選挙戦術のひとつとなっています。

応援演説は、隣にいる相手をアゲる演説。その人のアピールポイントの中で、候補者本人が自分で言いにくいこと、実績、人柄の良さ、そしてこれまでの苦労話など、その候補者よりも知名度もしくは地位が上の人が言うことで、その話が信頼されやすくなるのです。応援演説の本質的目的は、自分では言いにくい自分の良いところを隣にきた先輩に言ってもらうこと。その応援弁士が、今回は岸田総理なのです。

岸田新総理の応援演説

さて、実際の応援演説はどうだったかというと、ヘタではないのですが高得点とは言いにくいと思いました。

まず、岸田総理は、元気は良いのです。でも言葉を区切ることなくブレスを入れずに喋り続けるので、内容が聞き取りにくい。それと、候補者の名前やキャリアを紹介するとき、詳細が書かれている手元のペーパーに目を落とし、それをずっと読み上げているのです。間違えてはいけないと思ってとのことだとは判るのですが、この下を向いてメモを読まれると悪いことが二つあります。一つは、聴衆に「この候補者とは親しいわけではないんだ」と思わせてしまうこと。親しい人なら、そんなメモを見なくてもスラスラ話せるでしょうから。

そしてもうひとつは、菅総理を思い出させることです任期中、失敗を回避しようと、とにかくペーパーを読むことに徹していた菅総理の姿は、答えをはぐらかし誤魔化す言いわけだと批判を呼んでしまいました。この天下分け目の選挙のさなかに、退陣に追い込まれた菅総理と印象を被らせるのは得策とは言えないでしょう。自民党の総裁が変わったということは「雇われ店長を入れ替えただけ」と批判の矢が飛んでくるのも仕方がないことかもしれません。名前くらいはメモを見なくても呼んで紹介してあげられたなら、もっと親しさや信頼が増したのではないかと思いました。

応援演説の名手は、自民党最年少議員、鈴木貴子

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応援演説というと、私はこの方の応援演説が聞きたくて、予定を調べまくり、同じ日の夜彼女が来るというこの場所に向かったのでした。

鈴木たか子氏です。

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彼女の応援演説は、演説テクニックを習得しているというのとは本質的に違う魅力があります。もちろん、基本のテクニックは完全に体得しています。演説自体が身体にしみこんでいるので、自然体で話ができます。その上で、彼女の応援演説の魅力は、聞いていると心が温かくなることにあるのです。

相手が日々の活動の中で大切にしている思いや心情を、永田町の中での具体的なエピソードを交えながら、厳しく、温かく、ちょっとクスっとしながらゆっくりとガツンと伝えるのです。

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そして、演説が全て終了した後は、この候補を宜しくお願いしますと、聴衆ひとりひとりに歩み寄り、目を見て言葉をかけてグータッチ。隅の方で静かにたたずんでいる人も見逃しません。そこにいる人の温度感に合わせて、声のトーンも笑顔も抑えながら

「寒くなかったですか?最後までありがとうございました!」
「この応援グッズ、いつも持ってくる?かっこいい!!」
「あー!また会えましたね!」
「○○候補を宜しくお願いします!」

私は、この光景を見ていて、胸に迫るものがありました。鈴木たか子氏は、鈴木宗男氏のご長女です。父親が国会議員というだけで一般の家庭とは違う環境にいたわけですが、その父親が逮捕されたり、公民権をはく奪されたり。娘として悔しいことも苦しいこともたくさんあったことでしょう。

それなのに、彼女は濁らない。恨みや妬みとは無関係。いつもその場にスックと立っている。そんな清々しさがあるのです。

彼女が初めて立候補したとき、その演説を聞いてブッたまげたのが、私が鈴木たか子氏を覚えた最初の出来事でした。

え?新人でしょ・・・。

門前の小僧習わぬ経を読む、とは申しますが、これか!と思いました。鈴木宗男氏の演説がピカイチなのはよく知られているところ。でも、彼女はこの演説を子守歌に育ったのでしょう。気負わない言葉の滑らかさは、聴衆の心の扉をゆっくりと開いてゆく魅力があります。くじけそうになった時、彼女に応援演説してもらうと元気が出るだろうなと思った札幌の夜でした。

雹が降ってきた

さて、総理の演説も終盤。人だかりは通路もふさぐ勢いとなっていました。そして、総理が到着した頃に降り始めていた小雨は、どんどん激しさを増し、演説中盤では雹(ひょう)になってたたきつけるように降っていました。傘も持たずに薄手のコート一枚だった私は、スマホを持つ指先も寒さで痺れていたせいか、演説の内容より、寒かったことの印象ばかりが残ってしまいました。

スマホのメモに残っていたのはこんな言葉でした。

みなさんこんにちは!内閣総理大臣、自民党総裁、岸田文雄だございます!この札幌、に駆け付けさせていただきました!大切な候補者、なんとしても皆様にお力添えいただきたい!このお願いに上がらせていただきました!心は感謝を申し上げながら、この選挙、大切な選挙、この選挙においてこの5人の仲間とともに新しい日本をしっかりと切り開いてゆきたい。


遠目にも品の良い総理大臣でした。でも、何だかちょっと物足りないのは何でしょう。総理の重さというか、堂々とした頼もしい印象というか、もっとズシンと心に響くイメージが残ったなら人気も上がるのではないでしょうか。リベラルといわれる「良い人」はこんな風に少し輪郭がぼやけ映り易いのかもしれません。

長く感じた総理の応援演説が終わりました。拍手が鳴り響く中で、雨がスッと上がりました。それに気が付いたカメラマンや音声の方々が一斉に苦笑します。

「今、上がるかw」
「終わった途端雨が上がるってw」
「持ってんのか持ってないのかw」

雨は洗礼の水とも言われます。禊の水、癒しの水、命の水。これはどんな意味があったのでしょう。いえ、関係ないのでしょうけれどね。


総理の車が出て行ったあと、大通り公園にはきれいな青空が広がっていました。さて、この新政権の国政選挙は、苦手な北国を制するものとなるのでしょうか。

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選挙ウォッチ、まだまだ続きます!

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